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天眼のソードダンサー  作者: 大中英夫
第3章 錬装重兵の受難編
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第5話 山中の停泊地にて

 山峰のほど近くに差しかかった頃には日も暮れていた。あれほど鬱陶しかった樹木や茂みがバッタリ途絶え、武骨な岩肌がのぞいている。


「ひと通り採取は完了しました。このあたりで一泊し、明朝に下山いたしましょう」


 両手に広げた文書――集める素材のリストや山の地図とにらめっこしていたイザベルが業務の終了を告げた。


「この先は魔族側の領土です。決して踏み込まぬように」


 一行は荒涼地帯と森林地帯の境目、頭上をさえぎる巨木のそばに天幕を設置した。上空から目立たないようにする配慮だ。


「簡易ですが、隠形の結界を張っておきましたよ」


 イザベルの一言を合図に、いこいの時間がはじまる。


「疲れたー。しばらく山はカンベンだしー」


 サンチャがたき火に当たりながら脱力していた。敷物の上でだらしなくあぐらをかいて、たき火の上でグツグツ煮えたぎる鍋を食い入るように見つめている。


 イザベルが手際よく鍋を深皿へよそっていく。


「おふたりとも、お疲れさまでした。さあ召し上がれ!」


 サンチャが深皿をひったくった。そのままガツガツかき込んでいく。


「ん゛――っ!? あ゛あああァぅ!」


 しまいには食材を喉に詰まらせて悶絶しはじめた。


 アロンソはため息交じりにサンチャを介抱する。


「……まったく、みっともない」

「あはは、いい食べっぷりですね! 作った甲斐がありました。にぎやかなのは素敵だと思います」


 せき込むサンチャとその背をさするアロンソ――ふたりの様子をながめ、イザベルが目尻をさげた。


「ははは、うるさいのが取り柄ですから。無聊のなぐさめになったのであれば、なによりです――が、はたして労っていただく資格があるのかどうか」


 今回の旅路でアロンソが役立っていたか、はなはだ疑わしい。


「息巻いて飛び入り参加したはいいものの、先輩おひとりで十分対処できたでしょう。俺は余計な口出しを――」

「そんなことはありませんっ!」


 イザベルがアロンソの口上を強引にさえぎった。


「アロンソくんはよくやってくれました! サンチャさんもです!」


 普段の様子からは考えられない語気の強さ。アロンソは目を見張る。


 イザベルがサンチャを見つめる。


「私ひとりでも法術祭具を用いれば索敵も可能です――が、本職には敵いません。あらかじめ決められた動作しかできないので応用性にも乏しい」


 ついでアロンソに視線を移した。


「あの二体一組の魔族は下級とは思えない魔力量でした。中級へのクラスアップが近い個体だったのでしょう。足止めどころか、一体を仕留めてみせたのは十分な戦果です! 最後の場面で引いてくださったのも素晴らしい判断でした。私の射線をちゃんと把握していなければ出来ない芸当です!」


 切実な響きの訴えかけがアロンソの胸を撃ちぬく。


「貴方たちが善意で手伝ってくださったことは分かっています! たとえ戦力にならなかったとしても! 私なんか・・・に手を差し伸べてくださるような方がご自分を卑下しないでくださいっ! その誠実さは必ず私以外・・・のどなたかの助けになるはずですっ!」


 イザベルがひと息に言い終え、肩を上下に揺すっていた。


「……ごめんなさい。せっかくの食事を台無しにしてしまいました」


 アロンソは頭を下げるイザベルにもどかしい思いを抱く。


「――ベルっちパイセンってさ、謝ってばっかだよね」

 それをどう伝えるべきか言いあぐねている内、サンチャが先に切り出していた。こういうとき、考えるより速く口に出すバカの存在が頼もしい。


「え?」

「なんか距離とられてるカンジがしてヤキモキするっつーか……どうせなら謝罪より感謝のほうがお互いホッコリしね?」


 アロンソも追随する。


「謝るのはこちらです。無粋なことを申し上げました。俺は先輩の役に立てた。先輩は俺を助けてくださった――それでいかがでしょう?」


 めずらしく茶目っ気を出し、手を前に差し出した。


 イザベルがクスリと吹き出す。


「そう、ですね……ありがとうございました!」


 うやうやしく一礼してアロンソの手を取った。


「こちらこそ。勉強させていただきました!」


 アロンソはイザベルと至近距離で見つめ合う。その瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚えた。


「ウェーイ! アゲてくんで、ふたりで踊っちゃって!」


 サンチャが空気を読んで演奏をはじめた。


 とたんイザベルが口をモゴモゴさせる。


「え、えぇ!? で、ですが私……舞踊の心得が――」

「僭越ながら俺がリードさせていただきます」


 アロンソは場の空気に酔い、らしくもなくイザベルの腰に手を回す。社交ダンスは実家で学んでいた。離れて久しいが、『剣舞術』の動きを応用すれば体裁くらいは取り繕えるだろう。


「まずはステップを刻みましょう」

「こ、こうでしょうか……?」

「その調子です」


 かがり火に照らし出され、ふたりの影が長く伸びる。妙なる旋律が底知れない夜闇を吹き払っていく。


「はい、そこでターン……いいですね。呑み込みが早い」


 アロンソは体温を間近に感じてイザベルを強く意識させられる。いま初めて、放っておけないからではなく、彼女自身に興味を抱いた。

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