第4話 一対の魔猿
イザベルが【神器】を消してこちらに向き直る。
「不細工な戦いでした。お目汚し、失礼いたしました」
アロンソとイザベルはそれに拍手で応えた。
「とんでもない! 洗練された立ち回りでした!」
「ビックリしたわー。錬金術師なのにマヂで戦えんだね!」
イザベルが居心地悪そうに胸の前で両手の指先を突き合わせる。
「そ、そんなっ! 褒めていただくほどの代物では……」
登山を再開する。途中で植物の群生地や浅い洞穴の鉱床に立ち寄り、各種薬草や鉱石などを回収していく。
採取の分野に関しては素人なのでイザベルに任せ、付近の哨戒に努めた。
イザベルが丁寧に素材を採取し、小瓶や布袋におさめていく。
道中なにごともなく、というわけにはいかない。またもや邪魔者と遭遇した。
アロンソは逸る気持ちのまま剣を抜く。先ほどのイザベルの戦いぶりがいい刺激になった。なんのために出しゃばって随行しているのかと
自らを鼓舞する。
「サンチャ! 今度は俺も前に出る。サポートを頼んだ」
言うが速いか、サンチャがアロンソに身体強化を施していた。
アロンソは颶風と化して手近な獲物に踊りかかる。
ソイツ――猿型の魔族が背後に飛んで刃から逃れた。そのまま木の枝を掴んでぶら下がる。
「キキギィ――!」
体躯を柔軟にしならせ木々の間を移動していく。周囲を縦横無尽に駆け巡ってアロンソを翻弄、不意討たんとしている。
しかしアロンソには通用しない。本命の攻撃がどこから迫るか、赤い糸を見れば分かる。背後、猿型魔族が上空から掴みかからんとした。
アロンソはそれを横に旋回することで回避する。そのまま【荒独楽】を叩き込もうと――
「チッ……!」
別方向から新たな因果の糸が伸びてくるのを確かめ、アロンソは身を引く。
直後、もう一体――同種の魔族がアロンソの元いた空間を爪で切り裂いた。虚空を掴まされたことに苛立っているようでキーキーわめく。
そこから二体が比翼のような連携を見せた。一体がアロンソを攻めると、もう一体がアロンソに反撃させぬよう投石で相棒をカバーする。
一対の魔猿が攻めと補助をめまぐるしく入れ替える。
アロンソは攻めあぐねた。戦局の決定的な転換点が必要。アロンソは肉薄してくる一体を限界まで引きつけた。
その爪に首筋をさらけ出す――寸前、アロンソは魔猿の爪から自身の首まで伸びる糸を引きちぎった。
「ウギ……っ!?」
なぜか魔猿が体勢を崩し、みずからアロンソを避けた。
アロンソはすれ違いざま、魔猿の首めがけて剣を横に薙ぐ。
魔猿がとっさに長大な爪で首をかばうも、アロンソはそれも読んでいた。剣の高さを落として振りぬき、魔猿の手首を切り飛ばす。
「オウギャ!」
魔猿がもう片方の手で手首を抑えて悲鳴を上げた。
おっとり刀で、もう一体が石を投げる。アロンソの剣の横腹に当て、その手元から取り落とさせる。
アロンソは剣を弾き飛ばされた勢いを殺さず、その場で旋回。同時に懐から第二の武装、短剣を取り出す。
切っ先を下げた短剣を隠すよう半身になり、隻手の魔猿と向かい合う。こちらが無手のままだと警戒のうすいソイツめがけて跳躍とともに切り上げる。
「運の型、初伝――【秘高波】!」
アロンソはその頭部を左右に分割した。
「キギィ……キギギガァアアアア!」
相棒の死を目の当たりにしてか、もう一体が悲しげに鳴いた。一転、烈火の眼差しをアロンソにそそぐ。正面から突っ込んできた。こちらは間合いのせまい短剣ひとつ、相手取るのは容易いと踏んだのかもしれない。
しかしアロンソはそれに付き合わず、後退していく。なぜならば――
「よく持ち堪えてくれました!」
ほかの魔族どもを掃討し終えたイザベルがこちらにおびただしい銃口を向けていることを読んでいたから。
銃弾の雨が魔猿を打ちのめしていく。頑丈なようで第一波を耐えしのぐも、つづく第二波、第三波を前にあえなく絶命した。
アロンソはそれを確認して肩の力を抜く――と同時、己の不甲斐なさに歯ぎしりした。