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天眼のソードダンサー  作者: 大中英夫
第1章 開眼編
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第3話 惨敗

 戦局は当初の想定通り、こちらが終始有利に進んでいった。


 魔族どもは総崩れ。ことごとく前衛兵装型の【神器】の錆となっていた。

 対する二年生たちにさほどの負傷も見受けられない。


 アロンソは後方からそれを確かめ、戦闘の終了が近いことを悟った。背後に話しかける。


「ほら、言った通りだったろう?」

「……うん」


 サンチャがか細い声を絞り出した。手の震えがおさまりつつある。


「さて、ツラいだろうが、切り替えてほしい。そろそろ撤収の準備を――」

 アロンソがそう切り出そうとした時だった。うなじに氷が滑り落ちるような悪寒が走る。

「――っ!」


 かつての勇者が所有していた万能の才覚、その一端を宿した人間のことを【勇者の申し子】という。曰く、神々の祝福、勇者の恩寵。


 アロンソは【申し子】として落第である。霊力を含む身体能力の向上、それぞれの【天職】に応じた【神器】と物覚えの良さ――普通の【申し子】ならば当たり前のモノを持っていない。

 しかしひとつだけ。あまり役に立たない能を宿している。危機が間近に迫りつつあることを悪寒という形で察知できるのだ。


「すまない!」


 アロンソはサンチャの手を振りほどいて駆け出した。


「あっ……」


 サンチャが呆けたように呟いた。


「ちょ、ま……待ってよ! またいつものアレ!?」

「そうだ! 様子を見てくる」

「いやいやいやいや! パイセンが行ってもイミないっしょ!?」

「……そう、かもしれない。けど、できることがあるかもしれない。指を咥えて見ているばかりの、無力な傍観者にはなりたくないんだ!」


 そうしなければ今度こそ・・・・自分で自分を許せなくなるから。

 アロンソは振り返りつつサンチャに訴えかける。


「だれでもいい! 戦える人を呼んできてくれ!」


 サンチャは優秀な【申し子】である。本来はアロンソなどより、よほど戦力になるのだが、とある事情・・・・・があって戦力にはならない。

 去り際、サンチャの手が所在なさげに虚空を掴んでいるのを視界の端に捉えた。


 アロンソは予感に従って天幕の下へ急ぐ。


「ひ! い、いやああああぁぁぁ!」


 進行方向から甲高い悲鳴。視線の先でおさげ髪の少女が尻餅をついている。アロンソと同じく、二年生を補佐する雑用として招集された一年生だろう。


 おさげ髪の後輩の前に一体の異形が立ちはだかっていた。

 ツルリとした禿頭に二腕二足。分厚い皮と筋肉に覆われる立ち姿。緑色の肌と額からまっすぐに突き出た一本角、唇からはみ出す異様に肥大化した乱杭歯が明確に人外であることを示していた。


「下級魔族の擬人鬼オーガ種! 討ち漏らしがこちらまで流れてきたのか!?」


 アロンソは愛剣の柄を掴んで腰の革帯に吊るされた鞘から抜き放つ。

 専用の【神器】を持たないアロンソは人間の手で鍛造されたショートソードを主兵装としている。当然、性能は劣るし、自己修復機能がなく、必要に応じて具現化もできない。

 常時武装を強いられるのは【申し子】の中でもアロンソだけだろう。


 間に割って入り、切っ先をオーガに向ける。


「立てるかい? できれば速く逃げてくれ」

「え、えぅ……」


 後輩がアロンソに呼びかけられて呻いた。


「グィギアア!」


 オーガが闖入者を睨みつける。その血走った目からは中級以上の魔族と違って知性がカケラもうかがえない。主人まおうの遺した指令――人類に対する無条件の敵意を忠実に守るばかり。

 二年生との交戦を経て、全身が傷だらけになっている。肩で息をする満身創痍ぶりだが、アロンソにとっては脅威だ。


「果たして、どのくらい持たせられるか、なァ――っ!」


 アロンソは先んじて口火を切った。鋭く呼気を吐き出してオーガに切りかかる。


 オーガが手にした岩の棍棒――荒く削り出した鈍器とも呼べない代物――を振り上げる。


「ゴ、アルウウッ!」


 アロンソめがけ無造作に振り下ろした。


「がぉ、はっ!」


 アロンソは受け流すことも避けることもできずに吹き飛ばされる。もんどりうって地面に叩きつけられた。

 よろよろと身を起こし、全身をあらためる。さいわいにも四肢は砕けておらず、再起はできそうだ。なけなしの霊力による身体強化と制服に込められた法術の防護がなければ、グズグズの肉塊と化していたろうが。


 またしても、うなじがピリピリと疼く。本能にせっつかれて立ち上がり、横に身を逃がす。


 直後、棍棒が至近を擦過した。


「くっ……まだまだ!」


 アロンソは怯懦にすくみそうな足を踏んばってオーガに挑みかかる。


 そこからも一方的な展開が続いた。

 打ちのめされ、懐に飛び込むことすらできない。危機察知能力がなければ、いくども死んでいた。


「ギャギギギギ!」


 オーガがあざけるように目を細める。


「こ、の! 舐めてくれて!」


 悔しさをバネに立ち向かおうと、実力差はいかんともしがたい。


 予想外のしぶとさに焦れたのか、オーガが強引な攻めに転じる。被弾覚悟で正面から突っ込んできた。


 とっさに突き出したアロンソの剣がオーガの腹部に命中する。皮をわずかに裂くに留まり、表面を滑って弾かれた。

 アロンソは目を見開く。


 オーガがよろめいたアロンソにのしかかって引き倒した。そのまま馬乗りになって無防備なアロンソの頭部に棍棒を突き下ろさんとする。


「ゲルルルル!」


 必殺を確信したのか、見下ろすオーガの眼光に優越感がにじみ出ていた。


「ぐぅっ!」


 アロンソは目をつぶって両腕でかばった。胸に絶望感があふれる。

 それは決してオーガに対するモノではない。かつて遭遇したあの魔族・・・・からほとばしる鬼気に比べれば、オーガなど小火にすぎない。


(――「去れ、戦士の矜持をけがすつもりはない。キサマたちはあの男の献身に救われたのだ。それをゆめゆめ忘れるな」――)


 結局、自分はあの時・・・のままなのだと思い知らされたから。


 不甲斐なさを呪い嘲笑って一瞬のちの絶命を待ち受ける。

「――ロニー!」

 しかし予期していた痛みも衝撃もいっこうに訪れない。直前によく知る・・・・声を耳にした気がする。


 アロンソはおそるおそる目を開ける。乱入者の繰り出した突撃槍ランスに棍棒ごと貫かれて事切れたオーガの姿が視界に広がった。



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