第3話 錬装重兵
イザベルが快復するのを待って、三人は市外へ旅立つ。市内の関門近くにある宿駅で乗合馬車を利用した。
街道沿いを進むこと数日。最寄りの宿駅で下車し、人類と魔族それぞれの領土の境界にまたがる山岳、その麓に広がる樹海へ徒歩で辿り着いた。
イザベルが音頭を取るようにふたりへ話しかける。
「指定された素材を登山しながら採取していきましょう」
ここからは険しい道のりになる。
「正直おふたりに手伝っていただけるのは助かります。人間は魔族と違い、空間を揺るがして隙間を生み、そこに物を収納するなんて赤属性魔術は不可能ですから」
イザベルが背嚢を後ろ手にポンポンと叩いた。あくまでアロンソたちには荷物持ちの役割しか期待していないようだ。
虚空に道具類を収納できない以上、持ち運べる量は人数に比例する。そのためアロンソたちも背嚢を背負わされていた。
三人は裾野の傾斜を登っていく。整備された道ではないので、行く手をふさぐ枝葉や草を押しのけての行軍だった。
「うわ、サイアクなんだけどー! 虫が引っついてんじゃん!」
アロンソは早々にブー垂れるサンチャをたしなめる。
「あらかじめ分かっていたことだろ。それより索敵をおこたるな」
「ハイハイ、リョーカイ!」
サンチャが【神器】を生み出し前奏曲を弾く。勢いの抑えられた曲調。あたりに潜む脅威が顕在化するような予感を抱かせた。
「風火混合――【審識吹渡】!」
風属性元素により周辺の生物を感知し、火属性元素によってその生物がどんな性質を持つかを識別する――【探知】と【鑑定】の合わせ技、広範囲の索敵法術が解き放たれた。収集した情報が術者の頭に送り込まれていく。
「……ん、いるね。下級魔族の群れが。内訳は擬樹怪に擬犬妖、有翼鹿」
サンチャが緊張の面持ちで魔族どもの位置を指差していく。
「わざわざすみませんサンチャさん」
イザベルがアロンソとサンチャを下がらせる。
「ここは私に任せてください。まず私の力、【錬装重兵】の戦いをお見せしましょう――私の【神器】は錬金釜です」
イザベルの眼前に金属製の巨大釜が鎮座した。
これでどうやって戦うのだろうか。まさか持ち上げて鈍器にするわけでもあるまい。
「自律可変式錬装・変形――大砲形態!」
そんなアロンソの疑問を根こそぎ吹き飛ばすような事態が起こる。イザベルのするどい発声に呼応し、錬金釜がひとりでに形を変えていく。粘土のようにうごめいて、長く太く伸びた大筒――大砲へと変貌を遂げた。
「はあ!? ソレのどこがレンキンガマだっつーの!」
アロンソの心中を代弁するように、サンチャが叫んだ。
イザベルが照れくさそうに鼻をかく。
「えへへ、この錬金釜には複数の術式を仕込んであります。法術祭具の特性として、詠唱なしで形状変化を可能とするのですよ」
革帯にブラ下がる小物袋を取り外した。それを差し出すや、大砲が獣のように口を開けて呑み込んでしまう。
「いま取り込ませたのは火薬の粉末です。そうすれば――」
イザベルが大砲を構えた直後、砲口が勝手に火を吹いた。轟音をともない放たれた巨大質量が木に擬態した魔族へあやまたず命中し、何もさせないまま粉砕してしまう。
「飛び道具は弓兵や法術師だけの特権ではありません。万物の変化をうながす風属性は錬金術の基礎となる元素です。火薬は『爆発』という性質を内包しています。それを引き出してあげれば、ホラこの通り。
砲身に弾と火薬をつめる、閉鎖機をしめる、導火線に着火する――通常の砲兵に必要な手順を省略できて使い勝手がいい。目まぐるしい戦局の変遷にも対応できます」
イザベルが長広舌を振るいながらも手を止めない。機械じみた精密さで魔族どもを次々に砲撃していく。
「ちなみに、【神器】を構成する金属を砲弾に変えて射出しています。【神器】そのものを削りながら発射していくわけですから当然、その体積が減少していきます。そこで着弾と同時に砲弾の具現化を解除し、ふたたび【神器】の大本に繋ぎ直すプロセスが必要になるわけですね」
「すっげー……戦いながら喋ってんのにゼンゼン噛まねージャン」
「そこか!? お前が気になってるのはそこなのか!?」
後手に回らされている現状を厭ったか、魔族のいくつかが羽を広げて飛び立つ。木々にまぎれながら接近し、イザベルを討たんとしていた。
「鈍重な魔族には大砲形態で事足りますが、飛行型とは相性が悪いですね」
イザベルが目を細める。
「変形――銃軍形態!」
その【神器】が新たな姿へ。無数に分裂し、燧発式の拳銃に変形した。さらに神器の一部がイザベル本体に纏わりつき、背中から義手を幾本も生やした。イザベル自身の手と連動し、周囲の拳銃を握りしめる。
「威力も射程も落ちますが、チョコマカ近付いてくる相手には最適です」
銃口が一斉に火を吹き、飛行する魔族どもを蜂の巣にしていった。
「――先輩!」
イザベルへと伸びる赤い糸を確認し、アロンソは注意を促した。
飛行する魔族どもを相手にしている隙、伏兵どもが四肢を躍動させてイザベルに接近しつつある。
しかしイザベルが余裕を崩さない。
「問題ありません。白兵戦も想定済みです。変形――特火点形態!」
千変万化のごとく、今度は【神器】がイザベルを取り囲んで堅固な簡易要塞と化した。魔族どもの爪牙をものともしない。
「これで詰みです」
内部に立てこもったイザベルがくり抜かれた銃眼から拳銃を出して残党を仕留めきった。