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天眼のソードダンサー  作者: 大中英夫
第3章 錬装重兵の受難編
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第2話 提案

 生徒たちの寄宿舎は訓練校の敷地内に設けられている。漆喰しっくいの塗り込められた左右対称、一対の木造建築だ。


 アロンソとサンチャは足早に、並び立つ片方――女子寮館へ踏み入る。談話用の広間でくつろいでいた三年生からイザベルの部屋の位置を聞き出し、軋む階段をのぼった。


 アロンソはアロンソは蹴破るような勢いで扉を開ける。背嚢を床に下ろし、イザベルの身を寝台に横たえる。


「これでよし――サンチャ!」

「ほいほーい!」


 サンチャが回復の法術をイザベルに注ぎ込んだ。


 すると、土気色だったイザベルの肌が血色を取り戻す。毛布のかけられた胸部が規則ただしく上下しはじめた。


 アロンソは安堵の吐息をつくと同時、気まずさを覚える。


「女子寮にお邪魔しているかと思うと……居たたまれなくなってくるな」 

「パイセーン、クローゼットの中とか覗くなよー」

「するかバカ!」


 ジロジロ観察するのは失礼だと承知しつつも、自然とあたりに視線を巡らせてしまう。

 簡素かつ実用本位の内装だった。部屋主の几帳面さを表すかのように整理整頓されている。


「うへー……こんなトコにいんの、ウチなら一日で根を上げるわ」

「お前もすこしは見習え」

「パイセンさー、ウチがそんな殊勝なオンナに見えるー?」


 書架に載せられているのは学術書ばかり。薬品棚も配置されているところは、いかにも錬金術師然としている。文机に隣り合う実験台。

 こじゃれたインテリアなど、生活の遊びやこだわりが見受けられなかった。最低限の衣食住を整える空間といった無機質さがただよう。


「あの薬品棚、術式が刻まれているな……法術で内部の湿度や温度を最適に保たせている。直下の霊脈から霊力を汲み上げることで常時自立稼働させているのか。さすがは錬金術師」

「パイセン、前衛のクセに術式の解読とかデキんの?」

「このくらい常識の範疇だろ。お前は基礎知識をおろそかに――」

「う、うっさい! ウチは理論より実践派だし!」


 アロンソたちに見守られる中、イザベルのまゆがピクリと揺れる。


「……う、ぅんっ」


 意図せずだろうが、色気のあるうめきをもらした。


「え!? アロンソくん……っ!?」


 意識を取り戻して早々、イザベルが仮面のスリットの奥で目をしばたたく。気を失う直前の記憶が飛んでしまっているようだ。


 アロンソは身を乗り出してイザベルに問う。


「先輩、具合はいかがですか?」

「……ああ、そうでしたね。ご迷惑をおかけしました」


 ようやく状況を呑み込めたのだろう。イザベルが上半身を起こしてペコリと頭を下げた。


「いえ、それより……ご希望通り、先輩の私室に運ばせていただきました。そこのサンチャに法術で癒してもらいましたが、本格的な治療を受けず本当によかったのですか? なんなら今から――」

「構いません。あとは私の錬成した祭具とポーションで事足ります」


 イザベルが冷静ながら断固たる口調でアロンソの提案をはねのけた。


 アロンソは二の句が継げなくなってしまう。


「……いったい何があったのですか? おひとりで市外に?」


 気を取り直して別の問いを投げた。


「はい。テオルス教官のご命令で錬金素材の採取を行っておりました……消耗が予想以上に激しく、おふたかたにお手間をとらせたことは不徳の致す限りですが……」


 アロンソは怪訝に思う。


「それにしても、なぜおひとりで? ほんらい戦闘に不向きな錬金術師系の【天職】の中において、先輩のそれが例外的に・・・・戦闘も可能なことはうかがっておりますが、あまりに危険では……?」

「私はパーティに加入しておりません。戦闘も採取も、すべて単独でこなすべし――それが師匠のご意向ですから」

「はあ!? ナニソレ!」


 アロンソより速く、サンチャが叫んだ。アロンソを押しのけて前に出る。


「えっとさ、イザベルパイセン……だっけ。いくら【申し子】が常人より強いっつってもソロなんて無謀だし! テオルスセンセはナニ考えてンの!? イヤならイヤってハッキリ言いなよ!」


 その勢いに押され、イザベルが固まっていた。


 アロンソはサンチャの腕を引いて下がらせる。


「病み上がりの相手に、乱暴に絡むんじゃない……失礼いたしました。後輩バカに代わって謝罪いたします――が、俺も同意見です。どうにか教官を説得できないのでしょうか?」


 うつむいたイザベルの様子を見るに、無理そうだった。


「ご心配をおかけしてしまい申し訳ありません。はこのような不覚をとらぬよう細心の注意を払います」


 痛い目を遭ってなお、イザベルはまたひとりで市外に繰り出すつもりなのか。いつ魔族が現れるかもしれないのに。

 アロンソは歯噛みする。境遇を知ってしまったからには黙っていられない。


「……分かりました。それなら俺たちも付き合わせていただきます」

「えっ……!?」


 イザベルが顔を上げた。


「お気持ちはありがたいのですが……これ以上、ご負担をおかけするのは――」

「お気になさらず。俺たちが勝手につき纏うだけですから」

「しかし――」

「ダイジョブダイジョブ! ウチは天才だし、ロニーパイセンだってこう見えて役に立つかんね!」


 アロンソを援護するように、サンチャも話に乗ってくれた。


 困惑したのか、イザベルが目を泳がせる。


「教官に無断でそのようなマネをしては、貴方たちの評価が下がってしまいます。やはり――」

「ご安心を。すでに俺たちの評価は底辺を這っております。正式なパーティと認められておりませんので、任務を与えられることもない。時間の余裕はあります」


 アロンソは外堀を埋めてしまおうとまくし立てた。


 イザベルがつけ入る隙を見つけられず黙ってしまう。


 アロンソはもう一押しと口を開く。


「この際ですから腹蔵なく申し上げます。この提案は先輩をおもんぱかってのことではありません。俺たちの都合と打算を含んでおります。

 パーティの設立を認めさせるには手っ取り早く実績を出す必要がありますよね。とはいえ、一年と二年のふたりだけで実戦に出向くのはためらわれる。そこで経験豊富な三年のご助力を得ることができればな、と。俺たちにとって先輩の事情は渡りに船だったのです」


 どうやらイザベルは他人の手を借りるのが苦手なようだ。そこで「こちらも利用してやるつもりだから気兼ねは不要」という形に話を持っていった。


「どうかご了承いただけないでしょうか? 俺たちを助けると思って」

「そこまで仰るのなら……分かりました。よろしく頼みます」


 イザベルがとうとう折れて、ふたたび低頭した。

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