第13話 ひとりめ
「お前……どうして!?」
アロンソの心中に収まりきらない動揺と疑問が口をついて出た。
サンチャが舌を出して頭に手を当てる。
「いやー、来ちゃった!」
「ふざけてる場合か!? お前は――」
「ぶっちゃけ今でも怖いよ。ホラ、足が震えてるっしょ?」
よく観察すると、サンチャが真っ青な顔をしていた。
「でもパイセンが知らないトコで死んじゃうのはもっと怖い! 今までもらったぶんを返せねーまま、いなくなるなんてマヂでイヤ!」
下級の【法術師】から中級の【演奏術師】へクラスアップした際に変化した【神器】――弓で弾く弦楽器を構える。
フィドルの尻を肩に預けて顎で支えた。左手で指板ごと四本の弦をおさえる。右手に握った弓を弦にあてがった。
「チキンでヘタレなウチだけど――」
サンチャが深呼吸をひとつ、恐るべき怪物を決然と見据える。
「――パイセンのためにガンバレねーならジブンでジブンを許せないし!」
奏でられたのは叙情曲の甘美な律動。
「火風混合――【快療域】!」
アロンソは心地よさに目を細めた。体内に湧き上がる熱が負傷を回復させていく。火属性によって自己治癒力を高め、風属性によりその範囲を拡大する法術がアロンソを優しい音色とともに包み込んだ。
「お次は強化をいっちょモリモリで!」
サンチャが繊細かつ猛然たる手つきで円舞曲を弾いていく。
アロンソはその軽快なテンポにたまらない高揚を覚えた。身体が本当に軽くなっていく。
「パイセン、アゲアゲでいこーぜーっ! 火風混合――【夢遊身圏】!」
距離の離れた仲間の身体能力を強化する火と風の混合属性法術。
サンチャは曲の演奏によって法術を発動させる。文字通り、音楽に力を宿らせる【演奏術師】だ。
「……ありがとう。ともにあいつを倒そう!」
あの覚悟の現れを垣間見ておきながらサンチャを案じるのは失礼だ。アロンソは背中を預けて駆け出す。伸び足の鋭さが違う。みずからの霊力と法術による多重身体強化の効果はテキメンだった。
「これなら負ける気が、しない――!」
地を強く蹴立ててザラタクローロのもとへ。
「HRYGYWW――!」
ザラタクーロが警戒もあらわに咆哮した。攻撃のリソースをアロンソに注ぎ込む。
しかしアロンソはこれまで苦戦していた物量をものともしない。押し寄せる怒涛の攻勢を受け流し、あるいは速力で置き去りにした。
「サンチャ!」
「おっけ! ブッ放すわ!」
サンチャが端的な呼びかけの意図を当意即妙に理解してくれた。場を彩るは諧謔曲。内なる闘志を反映させたかのように苛烈な曲調が空気を張りつめさせる。
アロンソは再度ザラタクーロへ肉薄した。
「転の型、初伝――【刃鰭鞠】!」
地表を前転しながら足元を抜ける、側面から反対側へと宙返りで飛び越える――どちらにも斬撃を付随させて。さながら球のように回転する切断機械と化し、ザラタクーロの甲羅をたしかに切り裂いた。
「GWYHYWWW――ッ!」
翻弄されっぱなしのザラタクーロが苦鳴をもらした。
とはいえ、敵の傷は浅いし、こちらの剣の刀身にヒビが走っている。刃筋は立っていたが、いかんせんアロンソの剣は【神器】でもなければ、法術で硬化させてもいない。性能と強度が足りなかった。
しかし構わない。アロンソは陽動にすぎないのだから。
「パイセン、離れて! いっくぜーい! 火風混合――【鳴鯨漣】!」
詠唱を終えたサンチャが本命の攻撃を繰り出した。
アロンソは先んじて離脱している。
「GYFYWWYッ!」
直後、なんの予兆もなしにザラタクーロが激しく吐血した。
「まだまだっ! 出血サービスの大盤振る舞い、喰らっとけ!」
サンチャが追撃を加えていく。なにが起きた訳でもないのに、ザラタクーロが見る見るうち弱っていった。
これぞ【演奏術師】の本領。火属性が増幅した振動を風属性を介して敵へと射出する法術だ。
音波が体表を透過して体内を高速振動によって破壊する。防御力に自信のある魔族にとって天敵といえよう。
また、破砕音波には指向性があるため、攻撃の気配が周囲に気取られることはない。無音で敵を殺す不可視の力だ。
それでもなお、ザラタクーロの多脚は力を失うことなく岩床を踏みしめている。脚爪で演奏しながら身の内で魔力を繰る。
「へー。ウチにデュエット勝負を挑もうっての? ジョートーじゃん!」
サンチャが不敵に笑み、スケルツォを再演していく。
発現したのは、さらなる魔術。霧に包まれたかのごとく、あたりが水滴に満ちていく。それらが収束してうねりを打つ水流となった。
水流に接触した岩がジュウという壮絶な音を立てて融解する。おそらく万物に宿る熱量を抑え、結合させる水属性元素の働きを反転させた結果だろう。燃えるように熱く、触れたモノを分解する魔水を、白属性の忌力でアロンソたちへ解き放った。
サンチャが音波で魔水蛇を弾き飛ばす。
アロンソはなるべく攻撃がサンチャに及ばないよう敵の注意を引いた。ザラタクーロの懸命な抵抗には疲労が色濃く浮き出ているものの、それはこちらも同じ。過剰な身体強化は身体に負荷をかけている。
「これで終曲だし!」
サンチャが渾身の音波を解き放たんとしている。
ザラタクーロが進退窮まり、手近なアロンソへと触手を差し向けた。
アロンソはなんなく触手を切り払う――ことができなかった。
「……っ!?」
剣が中ほどから折れてしまったからだ。全身に巻きつかれて持ち上げられてしまう。
ザラタクーロが音波の射線上にアロンソをかざした。アロンソに拘束を振りほどく余力は残されていない。
「パイセン!?」
サンチャが法術の発動を中断した。アロンソはサンチャに吠える。
「構うな! 俺ごと撃て!」
ザラタクーロは人質をとったつもりだろうが、かえって仇になる。
「は!? ナニ言って――」
「俺なら大丈夫だ! 信じろ!」
避ける必要はない。サンチャから伸びた赤い糸がアロンソもろともザラタクーロに絡みついている。
そして半分ほどになった刀身はまだ切れる。
「……ああもうッ! 死んだら許さないかんねっ!」
サンチャがやけくそ気味に音波を解き放つ。
その寸前、アロンソは身じろぎして絞めつけの隙間から腕を出す。その手の内にある剣で断った――自分に絡んだ因果の糸のみを。
アロンソだけを器用に避けた音波がザラタクーロの全身を揺さぶった。
「AWYGYWWWWWwwww――ッ!」
耳を刺す断末魔が空洞に木霊した。内側から爆ぜて血華を咲かせる。
アロンソは力を失った触手から脱し、まとわりつく肉片を払った。
「いや、死ぬなっつったけどさ……なんで生きてんの!?」
「お前が望むなら、おいおい説明させてもらう――それより彼らは?」
おそるおそる近付いてくるサンチャに顎でしゃくった。
「さ、サンチャ……どうして……」
振り向いた先、サンチャの元仲間たちがなんともいえない顔をしていた。生き残れたことへの歓喜、ダンジョンに赴いた迂闊さへの羞恥、手酷く扱ったサンチャに助けられたことへの驚愕――それらが複雑に入り混じっているように見受けられる。
「この際だ。キッチリ話をつけてきたほうがいい」
サンチャが素直に従った。彼らのもとへ歩を進める。
「アンタら、無事? ……そっか。悪運強いねー」
「すまない……君のことが妬ましかったんだ……」
「俺たちがバカだったよ……いろいろ悪かった……」
「アンタに負けたくなかったの……それでこのザマ。笑えるよね」
「ま、もういいし……ウチのほうこそ色々ヒドいコト言って、ゴメン」
対話を済ませたサンチャが戻ってきた。
「もう、いいのか?」
「うん! スッキリしたし!」
サンチャの笑顔がじつに晴れやかで、アロンソも釣られてしまう。
「これで見事に神童の復活だな。ようやく元の鞘におさま――」
「ナニ言ってんの? 戻るワケないじゃん」
「……え?」
「さっきも言ったけどさ、ウチはパイセンがそばにいないと戦えない……ちょうどパーティの設立申請してるんしょ? だったらウチを入れなよ。見ての通り、役に立ってみせるし!」
サンチャが目を丸くするアロンソにまくし立てた。
「いや、申し出はありがたいが……仮にお前が加入してくれたとしても設立の目途が立たないし、お前の力を存分に活かすには俺じゃ――」
「ナニ、文句あんの? ……それとも、ウチなんか入れたくない?」
言い募ってアロンソを黙らせたかと思いきや一転、うるんだ上目遣いに。
「い、いやそんなつもりは――」
「あんだけウチの心を弄んどいて! パイセンなしじゃ生きられないカラダにしたクセに!」
しまいにはうつむいて両手で顔を覆ってしまう。
「いやいやいやいや! そんなつもりはもっとない! 語弊のある言い方はやめろ!」
アロンソはあたふたすることしかできない。
「……なーんて、ね!」
しかし上向けたサンチャの顔には涙の跡など一筋もうかがえなかった。
「お、お前……からかったな!」
「ニシシ! 騙されてやーんの! パイセンってばウブですなー」
見事にしてやられ、アロンソは嘆息する。
「……本当に、いいのか?」
愚問とばかり、サンチャがアロンソの問いかけを黙殺した。
「あらためて……これからヨロシク、パイセン!」
かくしてアロンソはひとりめの仲間を迎えたのだった。
第2章完結!
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