第12話 中級魔族
「正面から生えた無数の触手、小山のような甲羅に覆われた胴体、亀とも甲殻類ともつかない容貌――触腕爬虫甲種だな」
中級魔族ザラタクーロが触手をムチのようにしならせ、アロンソへ一斉に差し向ける。
アロンソは赤い糸にグルグル巻かれながら冷静に状況を検分する。触手の一発一発は矢よりも速いが、今の自分ならば回避できる。
しかし多勢に無勢。何発かをしのいでいるうち、ほかにメッタ打ちされるだろう。そこで【天眼】の新たな力の使用を決意する。
アロンソは剣を振るった。触手――ではなく、そこから伸びる糸に対して。柔そうな見た目に反し、そこそこ硬い。針金に切りつけたかのような感触。
「でも断てないほどじゃ、ない――っ!」
ひと息に数回、剣閃を放って糸をすべて切断した。
触手の群れが棒立ちのアロンソへ殺到し、けたたましい岩床の破砕音を響かせた。
「URYWWWWww!?」
ザラタクーロが金属のこすれるような怪音を発した。驚愕の叫びらしい。
因果の糸を千切ると、因果そのものがゆがむ。どれだけ命中精度の高い攻撃だろうと、なぜか狙った対象に当たらないという結果になる。
無傷のアロンソは『縮地』を発動させ、すでに小石の舞い散る粉塵煙を突っ切っていた。
ザラタクーロが多脚を駆使してその巨体を方向転換するより速く、アロンソは横合いに回り込み接近、その首もとで跳躍した。
「運の型、初伝――【垂鷹爪】!」
タカが獲物に奇襲を仕掛けるがごとく、垂直降下して剣を振り下ろす。
柔軟な首筋に刃が通る――寸前、ザラタクーロが首を甲羅に引っ込めた。亀頭のウロコをいちぶ裂くに留まる。
「GRYWWWW――ッ!」
ザラタクーロが怒気をたぎらせ、肩と首の継ぎ目に生えた触手の乱打を見舞う。
アロンソは足元を這い回り、避けていった。
ザラタクーロが躍起になって堅固な多脚まで動員し、アロンソを追い詰めていく。
アロンソは先読みと『因果断ち』を駆使して猛攻をいなしていく。
鉤のように巨大かつ尖った脚爪が地面を叩き、甲高い音を打ち鳴らした。
アロンソは神経を研ぎ澄まし防戦に徹する。
「……音が」
ふと、違和感を抱いた。脚爪の騒音が一定の旋律になっていることに気付く。
「これは、魔術の詠唱か!」
直後、ザラタクーロの足元に術式が浮かび上がった。
詠唱とは、なにも抑揚と声調の整った言葉の羅列のみを指すのではない。打楽器を奏でることでも代用できる。
ザラタクーロは見境が無くなっている――フリをして、狡猾に虎視眈々と戦闘中に詠唱を終えたようだ。
周囲にいくつもの光球が湧き出る。細長く伸びて光線と化すや、魚のように中空で回遊をはじめた。
直線状に撃つことしかできない光熱を歪曲させて操作している。黒属性魔術の干渉により、理をゆがめられたがゆえだ。そこに白属性を混ぜれば、飛び道具にもなる。
触手と脚爪に引き続き、光線までも――とてもではないが、足元に貼りつく余裕などなくなった。アロンソはためらいを振り切って距離をとる。
ふたたび中遠距離の攻防へと移り変わった。ザラタクーロがこちらを近寄らせまいと触手および光線を雨あられと浴びせかけてくる。
アロンソはどうにか被弾を避けつつも、ジリ貧であることを正しく認識していた。
ザラタクーロが【天眼】の存在を把握しているとは思えないが、はやくも対処法を理解したように見受けられる。攻撃が命中せずとも、間髪入れる隙も与えず攻め立てればいい。
アロンソは糸を切断した端から別の糸に巻きつかれ手一杯の状態。仮に懐へ入りこめたとしても敵の防御力を突破する火力に欠けている。
ならば撤退するしかないのだが、あいにくと救出しなければいけない者たちがこの場にいる。彼らは憔悴しきっていた。アロンソが彼らを抱えて脱出しようとするのをザラタクーロが見逃してくれるはずもない。彼らが自発的に逃走できるくらいに回復するまで待つしかないのだ。
しかし現実とは非情なもの。彼らが復調するより、アロンソが限界を迎えるほうが速かった。
さばききれなかった触手の殴打が一発、アロンソの脇腹にめり込む。
「ほぅ、ぐっ――!」
アロンソはとっさに背後へ飛び、打点をズラして衝撃をやわらげた。殺しきれなかった圧力に押し流され、吹き飛んで地を跳ねる。
ザラタクーロが勝機とばかり大胆な策に打って出る。
「HWGRYWww――ッ!」
多脚を最大限うごめかせて前進、十分な助走をつけてから多脚と首を甲羅に畳んで仕舞い込んだ。岩塊じみた大質量が落石さながらの速度でアロンソを潰さんと迫る。腹甲と鉄分を含んだ岩床が擦過し、進路上に盛大な火花が咲き並んだ。
アロンソは吐血しながら立ち上がらんとする。しかし間に合わ――
「させねえっつーのッ!」
轢殺される寸前、遠間にいる何者かが威勢よく啖呵を切った。声の先から赤い糸が伸長して甲羅に結ばれる。
「VWGRYWWWWッ!?」
唐突に、ザラタクーロが痛みにもだえるかのごとく多脚を伸ばして踏んばった。そのせいで体当たりの軌道がそれてしまう。
一髪千鈞を引くことができたけれど、なにが起こったのか分からない。ザラタクーロがなんの予兆もなく苦しみ出したではないか。
アロンソは弾かれたように発声源を見やる。
「ウチのパイセンに手ェ出してタダで済むと思ってんじゃねーぞ!」
正体不明の現象を起こしたと目される人物――先ほど別れた後輩がザラタクーロに中指を突き立てていた。