第11話 ダンジョンへ
「――かくいうわけで俺は生かされた。忠臣の命と引き換えるには、あまりに安いけどな。罪の烙印を背負ったんだよ」
黙って耳を傾けていたサンチャが口を開く。
「……ナニソレ。パイセンは悪くないジャン。運が悪かっただけ……ぜんぶ忘れて逃げたっていいのに! なんでわざわざ重荷を持とうとするン!?」
アロンソは許しを与えようとしてくれるサンチャに笑む。
「もしそうならお前だって同じだよ」
自分自身のことを許せそうにないが、サンチャは別だ。
「戦えないことを負い目に思う必要なんかない」
「…………」
「お前には他の美点がいくつもあるじゃないか。その素直さが俺の気持ちを代弁してくれた。そのしなやかさが俺の心を軽くしてくれた」
サンチャがハッと息を呑む。かげっていた目に光が戻った。
「俺は勇敢なんかじゃない。お前と似た臆病者がなぜ戦えているのか……お前やロシナンテに支えてもらえたから。無くしたくない、胸を張りたい……っと、どうにか意地を踏ん張れている」
アロンソはサンチャの肩に手を置く。
「ありがとう。お前のおかげで、俺は俺の望む姿のままでいられる」
そう告げるや否や、サンチャが泣き崩れてしまう。
「そ、んな……そんなコト言われたらっ! 引き留めらんなくなるじゃん! それに遺言みたいなコト言うなしっ!」
伝えるべきことは伝えた。これで少しでも心痛が和らいでほしい。
アロンソはそう祈りつつ走り出した。膝を折ったサンチャの姿に後ろ髪引かれながら。しかし断じて立ち止まることはない。
★ ★ ★
魔巣窟とは地下深くまで根付いた魔力の流動――魔脈の影響で変貌を遂げた場所を指す。内部で魔族がちくいち生み出されており、文字通りの巣窟だ。
アロンソたちの住む人間側の領土も、わずかではあるが、魔の侵食を受けている。
現在アロンソは点在するダンジョンのひとつに足を踏み入れている。地上にポッカリ空いた地下道への入り口は、さながら獲物を待ち受ける巨怪のアギトのようだった。
雪のように静寂の降り積もる洞窟内を慎重な足取りで進んでいく。
岩壁と岩盤の表面から生物の体内じみた肉感のある節が無数に浮き出て、不気味に脈打っている。
魔族の支配領土に発生するダンジョンとは違い、大規模な構造変化や凶悪なトラップは見受けられず、生息するのは弱い魔族――ようは難易度が低いのだが、あくまで比較しての話であり油断などできない。
闇のわだかまる岩陰から赤い糸が伸びてきてアロンソに連結する。
アロンソは不意打ちを予期し、気付かないフリを決め込んだ。
魔族が横合いから武器を突き出してきた。
アロンソは身を横に倒して頭を伏せながら回避する。その場で反撃に転じる。頭を下げたまま両腕と片足にて支えたもう片方の足で回し蹴りを放つ。
硬質な靴先が魔族の胸部を鋭くえぐり込んだ。魔族がたまらず姿勢を崩す。
アロンソは蹴り抜いた勢いを活かす追撃――立ち上がりざま相手に背を向け、軸足を交代しての後ろ回し蹴りを炸裂させる。
突き伸ばしたカカトが魔族の頭部をトマトのように四散させた。
胴体だけが地に伏すより速く、アロンソは次なる獲物へと向かう。たとえ薄暗がりであろうと、自分へと繋がった糸を逆に辿れば見通せたも同然。
二体目が正確にみずからの位置を悟られ動揺している。
アロンソはその首筋を剣で貫かんと踏み込んだ。
二体目がかろうじて切っ先を横っ飛びにかわす。
しかし逃がさない。この技は二段構え。相手に胴体の脇を向けて水平に。腰をひねって片足を下げ、背中側から跳ね上げる。そのまま胴体を中心に一回転、二体目の軌道上に回転蹴りを割り込ませた。
「捻の型、初伝――【戎車脇鎌】!」
身体をねじる螺旋の動きによって繰り出す捻の型。ななめに奔るカカト落としが獲物を待ち受けて肩を砕いた。
痛みに叫ぶ暇すら与えず、アロンソは二体目の首を刎ねる。
それからも魔族どもが矢継ぎ早に襲いくる。
飛行する魔族をすれ違いざまに切り落とし、地を這う節足動物モドキを跳び越えながら縦に両断し、近寄らせまいとする後衛の魔術を岩陰を盾にして防ぎ――大立ち回りを演じながら前へと進んでいく。サンチャの元仲間たちのであろう足跡とそれらを繋ぐ因果の糸があれば迷うことはない。
隠されていようとも悪意の痕跡が丸見えなのでトラップに引っかかることもなかった。
ついに最奥へと辿り着く。
「――クソッ! こんなはずでは……!」
「あああああアアァァァ! いでぇえ! 腕が! 俺のう、でェ!」
「ヒ、やだ……やめてよ、ゆるじでえええぇエエ!」
吹き抜けのように高い天井を持つ大空洞。アロンソの視界にまず映ったのは救出対象。端に追いやられ傷つき怯えている。
そしてこの地の主とばかり中央に坐する――
「中級魔族か! あの世界で出会った連中より威圧感は落ちるが……」
小規模な街であれば単独で壊滅せしめる怪物が新たな侵入者を睥睨した。