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天眼のソードダンサー  作者: 大中英夫
第2章 堕ちた神童編
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第9話 師の願い

 自分なりの恩返しを済ませ、アロンソは本題を切り出す。サンチャのこと。その苦しみをどうにか和らげてやりたいこと。


 アロンソはどうすればよいかとホクシンに問う。

「――そんなモン、拙者にも分からぬ!」

 しかしホクシンの回答は悪い意味で簡潔明瞭だった。


「……えぇ」


 アロンソは肩透かしを喰らって間抜けにうめいた。快刀乱麻を断ってくれるだろうと相談を持ち込んでいたから。


 ホクシンがやや気まずげに口を開く。


「買い被ってくれるな。拙者はただの暴力装置にすぎん。征くことしか知らぬ――がゆえに、突き進めぬ者の気持ちが分からぬ……すまんな。おためごかしすら口にできなんだ。拙者はみずからの機能・・に嘘をつけん」

「……いえ、俺のほうこそ。見当違いなことを申し上げ、困惑させてしまいました」


 アロンソはかぶりを振って謝罪した。勝手に期待して勝手に裏切られた気分になるのは間違っている。


 ホクシンがおっかなびっくりといった風情で喋りかけてくる。


「ま、まあ……あくまで拙者の所感にすぎぬがな。お主は道理が先立ちすぎておる。資格がどうだの、小難しい理屈をこねくり回しておるが……人間もっと単純でよいのではないか?」

「単純、ですか?」

「左様。思いのたけをありのまま件の女子おなごにぶつけてみてはどうか? 古今、人の心を揺さぶるは混じり気のない誠心であると相場が決まっておる――らしいぞ、書物の情報を鵜呑みにするのであれば!」

「思いを、ありのまま……」


 アロンソはうつむいて思索にふける。思い返せば、だれかの内面の一端に触れた時、いつも身を引いていた。

 それは衝突を恐れる自己保身だったのではないか? 傷付けてしまうとおもんぱかっての遠慮ではなく、怯懦に満ちた逃避。


 ならば変えていかねばならない。


「――方針が見えてきました。金言に感謝いたします。さすが師匠ですね」


 アロンソの目にたしかな力が宿る。あれほど蛇行していた航海の、ようやく舵を取れた心地だった。


「……礼など要らぬよ。お主は自力で立ち直ってみせた。拙者は軽く背を押したにすぎん」


 ホクシンがまぶしそうに目を細めた。


          ★ ★ ★


 中庭の一角、アロンソはホクシンと向き合って『剣舞術』の型を披露していく。


 ホクシンがひとつ頷いて解説していく。


「ふむ、【天眼】の扱いも『剣舞術』も着実に上達しておる――が、心せよ。強者ほど攻撃の気配を隠すのが上手い。ささいな因果の糸も見逃してはならぬぞ」


 四方八方に配置された射的のマト。ホクシンが無数の小石をそれらめがけて連続で投擲していく。


「実戦の機会に恵まれたのであれば、すでに遭遇していよう。虚を突かれたとて動じず次なる手を打ってくる相手と」


 フェイントをかけてサイドや背後のマトに当てたり、わざとバウンドさせて当初の狙いとは違うマトに命中させたりした。


 アロンソは四苦八苦【天眼】で追うも、すべての軌道を――因果の糸の行方を捉えることはかなわず翻弄されてしまう。


 周囲の因果を見境なしに可視化させようとすれば頭が処理しきれないので、焦点を絞りこむように意識を傾けているからだ。

 ちょうど、雑踏の中から目的の音だけを聞き分けるかのごとく。当然かたよりが生じる。ホクシンはその間隙をつくのがバツグンに上手かった。


「対抗策は――」


 ホクシンが二本の指を立ててみせる。


「ひとつはお主が先ほど話しておったように仲間をつのること。拙者に教わったことを実践するだけでなく、みずから考えて行動しておるの。よきかなよきかな。今後もそのように励むべし」


 ホクシンがニヤリと口元を緩めて指をひとつ曲げた。


「もうひとつはお主自身の戦力増強。【天眼】の使い道は先読みだけではない。次なる段階、予知を断つ・・・・・術を教えてやろう――」


          ★ ★ ★


 月日がまたたく間にすぎていった。


 別れの挨拶を済ませたあと、アロンソはさりげない風を装って切り出す。


「そういえば、お聞きしたいことがありました。師匠はどのような【天職】をお持ちなのでしょうか?」

「……拙者に【天職】などというモノはない。この得物タチも【神器】にあらず。業物ゆえ重宝しておるがな」


 ホクシンがタチという名称らしき剣をかざしてみせる。


 【天職】なしで、あれほどの身体能力と技量を発揮するなど現代人ではありえない。考えられるとすれば、やはり・・・――

「ひとつだけ忠告がある」


 アロンソが感動・・に打ち震えていると、ホクシンがおごそかに語りかけてきた。


 アロンソは逸る気持ちを抑えて向き直る。


「はい、うけたまわります」

「お主は強くなり出来ることが増えた。もはや、はじめて会うた頃の比ではない。よくぞ育ってくれたと誇らしいぞ。だが――」

「心得ております、師匠。ゆめゆめ油断することなかれと仰せなのでしょう?」

「いや違う。そんな心配は杞憂であろ。お主は決して慢心なぞせん。ひとつできるようになれば、またひとつと力を求めて求めて……こちらが心配になるほど生き急いでおるゆえな」

「……では、なにを?」

「いまのお主は人間など簡単に始末できてしまう」

「……ええ、まあ、そうでしょうね」

「されど、どのような相手であれ、けっして人を殺めてはならぬぞ」


 アロンソは小首をかしげた。当たり前すぎて反応に困る。そもそも人と殺し合いをするつもりもしたこともない。いずれ盗賊などに襲撃されたりして機会が訪れるかもしれないが。


「べつに罪深いだの命の重みがどうだの。通り一遍の、十人並みの綺麗事を言った訳ではない――人を殺すとな、人を信じられなくなる。愛せなくなる。己が視界に映る世界(けしき)を美しいと思えなくなる」


 たしかな実感を込めて紡がれる言の葉。アロンソはホクシンがその手を人の血で染めたことがあるのだろうと察した。


「なぜならば人の心とはかくも移ろいやすいものであるからよ。良くも悪くも人は変化する。反吐の出るような悪人が善人となり、虫も殺さぬ善人が悪人と化しうる」


 どんな事情があったのかはわからない。もしかすると、こんな場所にひとりきりでいる理由なのかもしれない。


「いずれ、親しい者がお主にとって不都合な存在となる日が来るかもしれぬ――その時、お主はどうする? 許せないから殺すか?」


 ゆえにこそ切実な響きがあった。


「タガが外れてしまえば、そうなる――もう一度言う。お主はお主のために人を斬ってはならん。その先は冥府魔導ぞ?」


 しかしアロンソには悲しくなるほど理解できなかった。


「……ゆめゆめ忘れてくれるな」


 ホクシンがすがるような祈るような上目遣いでそう言った――。

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