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天眼のソードダンサー  作者: 大中英夫
第2章 堕ちた神童編
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第7話 サンチャの過去

 アロンソは逃げるようにドルシネアのもとを離れた。サンチャに礼を告げるべく辺りを見回していると――

「おい、サンチャ!」

「……ナニ? アンタら見てたの?」


 サンチャとその元仲間たちがいつぞやのように角突き合わせていた。


「お前ウソついてやがったな! ゼンゼン戦えんじゃねーか!」

あれ・・から急に不良ギャルっぽく振る舞いだしたかと思ったら……そんなにサボる口実が欲しかったワケ!?」

「自分だけラクをして恥ずかしいとは思わないのか! 君が抜けたせいで僕たちの評価は下がる一方なんだぞ!」


 元仲間たちがサンチャを糾弾する。サンチャが彼らを嘲笑した。


「ま、アンタらじゃアイツを負かすことなんてできねーだろーし?」


 元仲間たちが悔しげに顔をゆがめる。


「それとさ、アンタらの実力不足をウチのせいにしないでもらえる? 昔のよしみで教えとくけど、そういうのサイコーにダサいよ?」


 彼らがなにごとか反駁しようと口を開いた時だった。

「――ま、魔族が! 魔族が校庭にっ!」

 だれかが絹を裂くような悲鳴を上げた。


 その指差す先、魔族がポツンと出現している。獣毛を逆立てうなりながら四肢で地を踏みしめていた。


 とたん周囲の生徒たちが色めき立つ。サンチャもその例外ではない――どころか、ひときわの反応をさらけ出す。


「ひっ、イヤ……ッ!」


 ゆっくりと後ずさるその顔から血の気が引いていた。


「く、くんなよ! 来るなってばアアアア!」


 おぼれた酔っ払いのように手足と髪を振り乱す。


 アロンソはあわててサンチャを抱き寄せた。


「落ち着け! まだ奴は遠い! 攻撃は届かない!」


 サンチャの震えを胸元に感じながら冷静に状況を分析していく。あの魔族がやってきた方角には研究棟がある。錬金術師たちが実験用に捕獲した個体だろうか。それが脱走し、ここまで至ったと。


「――テメエら下がってろ!」


 事件はアッサリと解決した。だれよりも速く駆け出したスティードが魔族を一斧両断したからだ。


「錬金術師のクソ野郎どもがっ! 相変わらず自分の研究以外お粗末でやがる! 実験素材の管理もロクにできねえのか!」


 スティードが血のりを払いながら、この場にいない者へ罵声を浴びせた。


 アロンソは眼下へとなだめるように話しかける。


「もう大丈夫だ」

「ホント!? ホントに!?」


 サンチャがおっかなびっくり周囲を見渡して安堵の吐息をついた。

「――くは、クハハ! なんだ、やっぱり何も変わってないじゃないか!」

 不意に、聞く者の心をザワつかせる哄笑がとどろき、そちらに意識を持っていかれてしまう。


 サンチャの元仲間のひとりがサンチャを見てニヤついている。

 ほかのメンバーも調子を取り戻して似たような表情を作った。


「ダセェのはお前のほうじゃねえか! 魔族・・が怖くて戦えない落ちこぼれがよォ!」

「プッ、アハハ! いくら優秀でもイミないよねえ?」

「ああ、いいだろう……君の力なんかなくても、のし上がってみせる!」


 満足したらしく、はずむ足取りで立ち去っていく。


 彼らの目が功名心にギラついていた。気がかりではあるものの、いま優先すべきなのは――


「おい、どこに行くんだ!」


 サンチャがアロンソの腕を振り解いて走り出した。


          ★ ★ ★


 サンチャのあとを追って辿り着いたのは校舎裏の空き地だった。すみっこに背と膝を曲げて丸まった人影がひとつ。


「……人間が相手ならさ、戦えるんよ」


 サンチャが後ろを向いたまま話しかけてきた。


「だって、おたがい命のやり取りまではいかねージャン? ――でも魔族は違う。アイツらはハナからヤる気で襲いかかってくる」


 アロンソは黙して傾聴の意を示す。


「イヤミに聞こえっかもだけど、ウチは天才だった。入学してすぐ【中級天職】にクラスアップできたし。あの頃は楽しかったなー……法術の腕を磨くのが好きだった。友人ツレから褒められると生きてる実感が湧いた」


 その気持ちはアロンソにも理解できる。脇目もふらず進んでいける充実感は何物にも代えがたい。


「けど、野外の演習でなにもかも変わった。センセがね、下級魔族を一匹つかまえて、ウチらのもとまで運んできたんよ。魔族と対峙した時の肌感覚を掴ませる訓練ね……当時のウチはバカだった。なんも分かってねークセに努力すれば壊せない壁なんかないとカン違いしてた」


 サンチャが自嘲する。


「実際に魔族の姿を目にしたときウチは凍りついた。金切り声を上げてウチらを睨みつけるソイツはどう見ても正気じゃなかった。拘束を解かれた瞬間、襲いかかってくる――そう考えた瞬間、ウチはその場から逃げてた……メッチャ弱い魔族ヤツだったのにねー」


 その思いにも共感できる。かつてのアロンソも似たようなザマだったから。


「そっからは気持ちイイくらいの転落ぶりだったなー。いろんなヤツから責められて努力のイミも分かんなくなって……」


 他人から認めてもらえないというのはツラい。立つ瀬が無くなれば、走り出すことは困難だ。


「ムカついたけどさ、仕方ないと思うトコもあった……みんな、なんで殺されるかもしんねーのに立ち向かえンの?」


 サンチャがようやく振り返ってアロンソとしっかり目を合わせた。できる者たちへの羨望。できない者からすれば、彼らの行動や言動はまぶしくて遠く離れているように映る。


 アロンソはサンチャの語る『みんな』の中に自分も含まれていると察した。


「なーんも上手くいかんくなったウチは【天職】をもらったことさえ憎くなった。当初は『特別になれた』と手放しで喜んでたのにねー。見てくれだけ不良ぶってみても劣等感が消えてくんなくて……今や逃げまくりの遊びまくりってワケよ!」


 サンチャが冗談めかして片目をつぶった。


 しかしアロンソからすれば笑えない。サンチャの主張をすべて他人事と切り捨てられなかった。


「……白状するとね。勝手に決闘を受けたのは、パイセンに諦めて・・・もらうためだった」


 アロンソは予想外の言葉に目を見開く。


「アイツにムカついたってのもウソじゃねーけど……なんで勝ってんだっつーの。パイセンがあまりにもマヂだったから感化されたンかねー? ウチの都合でパイセンを曲げ・・させちゃダメだって……」


 サンチャが後頭部を掻く。粗野な仕草にも、野に咲くような華があった。


「ゴメン、イミフなグチに付き合わせて……ウチにとってパイセンはさ、よく分かるようでナゾ、似た者同士みたいでウチなんかとは別物――とにかくヘンなヤツなんよ」


 それは違うと、アロンソは心の中だけで呟く。声に出せなかったのは自分にはその資格・・がないと考えたから。決闘ではサンチャに助けられてばかりいた。与えられるままの自分がとうとうと説得したところでサンチャの心には届かない。

 ようするにドルシネアの時と同じ。自分の不甲斐なさに、もはや失望すら覚えた。

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