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天眼のソードダンサー  作者: 大中英夫
第1章 開眼編
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第2話 落ちこぼれとギャル

 むき出しの地面を馬蹄と車輪が踏み均していく。

 無数の幌馬車が払暁の森を貫くように整備された街道を進んでいた。


 アロンソは荷台の椅子に腰かけながら青黒い空を漫然と眺める。深い思索にふけっているわけではなく、気を紛らわせているだけ。

 搭乗者にとって車内の振動はいささか居心地が悪い。王侯貴族が乗るような代物ではないので上等な懸架装置を付けられていないのだ。


 アロンソら訓練校の二年生の一団が学術都市を発ったのは夜明け前のこと。

 向かう先は丘陵地帯の草原。魔王の落胤たる魔族が複数、そこで目撃されたため、討伐に赴いている。


 今回、相手取る魔族の集団は【十二魔侯】のいずれかに率いられる正規の軍勢ではない。

 最前線に近い立地であることから、もともと正規軍に所属していた複数の敗残兵が人類側の領地まで逃げ延び、安住の地を見つけて群れをなしたと推察される。


 人間で言うなら、合戦に敗れて居場所をなくした者たちが盗賊に落ちぶれるようなもの。つまり烏合の衆にすぎない。


 二年生の実戦にちょうどいい相手だ。いわば最前線に送られる前の通過儀礼である。


「はあ……朝っぱらからダルいっつーの! 化粧デコるんも、けっこーメンドいし!」


 隣に座る少女が毒づいた。


 アロンソは唇を尖らせる少女に苦笑する。


「荒れているな、サンチャ。いちおうこれは実戦だ。戦うのが二年生とはいえ、すこしは緊張感を持ってくれ」


 応じてサンチャと呼ばれた少女が間延びした声を発する。


「えっらそうに! ロニーパイセンだっておんなじっしょ? 戦えない落ちこぼれなんだしっ!」

「そうだな。だからこそ気構えだけは一人前でいたいと思っている」

「はいはい、ユートーセイユートーセイ」


 サンチャが肩をすくめた。拍子にウェーブがかった栗色のミディアムヘアが揺れる。

 大きな額が中央で横分けした前髪の奥にのぞいていた。

 峰のある高い鼻は象牙彫のような繊細さをたたえ、流線形アーモンドの目はイタズラげな印象を与える。

 頬から顎先にかけてシュッとしたラインを描く、面長楕円形の顔立ち。

 ふっくらした唇から発展途上の色気がただよう。

 小麦色の肌から内面の活発さがにじむ。

 

 派手な化粧で取り繕う必要などまったくない端正な顔立ちなのだが、本人は濃いメイクをあらためるつもりがないらしい。

 ラフな着崩しにもそれが表れている。裾丈を切り詰めた改造制服から細く引き締まった健康的な手足が伸びていた。

 妙に装飾された付け爪はアロンソの感性では理解できない。


 教官たちから再三、控えるよう指導を受けているものの、どこ吹く風とばかり我が道を貫いている。


「あ、そういえばパイセン! ちょーっとお願いがあるんだけどぉ」


 仏頂面から一転、サンチャが上目遣いの猫なで声で話しかけてきた。


 アロンソは嘆息する。


「またぞろ座学の勉強が追いついていないのか?」

「そそ、このままじゃ試験で赤点なんよ。ペナられるの、カンベンだし」

「日頃なまけるからそうなるんだぞ?」

「まあまあ、過ぎたコトをウダウダ言ってもしゃーないって! パイセン、アタマいいジャン? だからさあ……」

「分かった。今日の放課後に予定を空けておく」

「あざーっす! パイセンってばマジイケメン!」

「調子のいい奴だよ、まったく」


 この不良少女ギャルはアロンソにとって唯一まともに会話する相手である。自業自得とはいえ見捨てるのも忍びない。多少の時間を割くのもやぶさかではなかった。


「お前も物好きだな。俺なんかと絡んでいては周囲からの評判は悪くなる一方だというのに」

「いやあ、最初はさ、高位貴族いいトコの坊ちゃんに取り入れば、ウマい汁吸えるかと期待してたんだけどねー……パイセン、そんな境遇・・・・・なのに真面目君カタブツなんだモン! はあ、目論見ハズしたわあ」

「それなら見放せばいい。どうして変わらず構ってくれるんだ?」

「べっつにぃ。ただ、なんとなく……居場所がないのはウチもおんなじだし」


 それきりサンチャが黙りこくる。


 アロンソはその横顔を一瞥し、最後のかすれた呟きを聞こえなかったことにした。


 馬車の群れがそれぞれの思惑と無関係に進んでいく。遠くにそびえる山の稜線から、わずかに顔を出した日の光がヤケに白くてまぶしかった。


          ★ ★ ★


 太陽が本格的に天空へと舞い上がった頃。


 訓練校の二年生たちが小高い丘に陣取っていた。

 各々の【神器】を手に眼下へと鋭い視線を飛ばしている。


 なだらかな傾斜とそこを覆う丈の長い草むら。ときおり、その影に異形どもの姿が見え隠れしている。


 アロンソとサンチャは最後尾で二年生たちの背を観察している。天幕の設置や荷下ろし、備品の配布など諸々の準備――輜重兵として課された義務はすでに果たした。あとは開戦を待つばかりだ。


 草むらに潜伏する怪物どもが不躾にこちらを見つめている。唸り声がちらほらと聞こえてきた。


「キモっ! あいつらジロジロ見んなっつーの!」


 サンチャが吐き捨てた。みずからを両腕で抱きしめるような仕草のせいで豊かな胸がさらに強調される。


「魔族に文句を言っても仕方がないだろう」

「だけどさあ……」


 アロンソはサンチャを庇うように前に出る。


「お前の事情・・も分かる。なんなら俺の影に隠れるといい。肉壁程度にはなる」

「……あんがと」


 サンチャがアロンソの制服の袖を軽く握る。


「気にしなくていい。こんなことくらいしか俺にはできないから」


 そこから震えが伝わってくる。だからアロンソはつとめて明るい口調で言った。


「大丈夫だ。ここには下級魔族の中でも弱卒しかいない。俺みたいな欠陥品・・・ならいざ知らず、普通の【申し子】にとっては大して苦戦する相手じゃない。それこそ遠足のようなもので、お前が恐れているようなことにはならないよ」

「テメエら、耳かっぽじってよく聞きやがれ!」


 野太い怒声が轟雷のように周囲へ伝播でんぱした。


 壮年の偉丈夫――訓練校の教官スティードが戦闘部隊の前に立って声を張り上げている。はちきれんばかりの胸板が教官服に押し込められて窮屈そうにしていた。


「段取りについては事前の打ち合わせ通りだ。しっかりアタマに叩き込んだよな? できてねえとは言わせねえぞ!」


 二年生たちが一斉に肯定の意を返す。


「ハッ、返事だけはいっちょ前でいやがる。演習通りに動けない奴らはド突き回しに行くからな! せいぜい気張れや!」


 スティードが凄みながら笑いかけるや、幾人かが身震いした。


「いいか! これは実戦だ! くれぐれも油断すんじゃねえぞ! 戦う前はイキってたくせに、ザコ相手にブルったまま嬲り殺されたマヌケを、俺は何人も見てきた! テメエらもそうなりてえか?」


 二年生たちが声をそろえて否定の意を唱える。


「違うってんなら証明してみせろ! そら、ブチかませぇ――ッ!」


 スティードの号令一下、弓兵系と法術師系の【天職】を持つ者たちが攻撃をはじめる。


 弓型の【神器】に矢をつがえて弦を引き絞り、上空に向けて解き放った。

 矢の雨が放物線を描いて草むらに降りそそぐ。


 法術の詠唱に呼応し、術者の足元に術式――内部で小さな図形や紋様、文字がうごめく大きな図形――が浮かび上がる。

 術式に込められた霊力が四大元素のいずれかに変換され、『有り得る不思議』を巻き起こす。

 地面がひとりでにめくれ上がって土砂の砲弾を形成した。中空の一点に氷が生じてカサを増していき氷柱となった。

 それらが弾かれたように勢いを強めながら草むらへと激突していく。


 着弾地点にいた魔族どもがその身をうがたれ潰されて、苦鳴を漏らす。


 その隙に近接系の【天職】の持ち主らが動き出す。勇壮な雄叫びを上げながら草むらに突撃、混乱冷めやらぬ魔族どもに襲いかかった。


 敵味方入り乱れる白兵戦闘。現場が燎原のように騒がしくなる。

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