第6話 決着
いったんの仕切り直し。今度はドルシネアのほうから攻めかかってきた。ランスを縦横無尽に振り回す。
アロンソは慎重に見切り避けていく。遠間からの苛烈な攻勢を前に、懐に入り込む余地がない。
「其は天より降りし裁き。万華の息吹を孕みて変生せしめん。飢える獣がごとく、さかしまに地を這え。火風混合――【雷衝】!」
歯噛みするような劣勢を打破すべく、サンチャが雷の奔流を放つ。本来の落雷に比べれば格段に落ちるものの、人体には十分な威力だ。
森羅万象を構成する火水風土の四大元素。その中で火属性元素は万物に宿る熱量を高める性質を有する。たとえば雷の発生とその出力の向上。
そこに、万物の変化をうながす効果を発揮する風属性元素を混合させれば、雷の遠隔投射と操作が可能になる。
ドルシネアが次々と迫りくる稲光の打鞭を、ステップを刻んで回避した。
似たような局面が何度も展開される。アロンソとドルシネアの剣戟、その間隙を縫って火と風の混合属性法術【雷衝】が繰り出される。
日頃みがいた音感の賜物だろうか。サンチャは攻撃のタイミングがバツグンに優れている。戦闘を演奏に見立て、的確にリズムを打つような印象。
ドルシネアが息せき切って問いかけてくる。
「どうして!? なぜ抗うの!? あたしたちはともに罪を背負った! それを忘れちゃダメなんだよ……?」
「俺は片時も忘れてなんかいない! だからこそお前と戦わなきゃいけないんだ!」
「分かんない! 分かんないよ! いまのロニーのことが! なにも!」
それは幼子のようなワガママであり、切実な抗議であった。
「……いい加減めざわりだ、ね!」
ドルシネアが脇に佇むサンチャを一瞥する。
直後、ランスの穂先から地面へと糸が伸びた。その地面から、さらなる糸がアロンソへと伸びる。しかも無数に。
アロンソは全身を雁字搦めにされ、ランスの刺突――点の攻撃ではなく面制圧の到来を予期した。
ドルシネアが弓弦を引き絞るように腕を曲げて腰をひねる。たわめた力を一気に解き放ち、ランスを地面に突き下ろした。
尋常ならざる剛力によって大地が爆ぜる。掘り起こされた多量の土砂がアロンソのほうに雪崩を打って進んだ。
「しまった……っ!」
それを問題なく躱したアロンソだったが、己の失態に気付いて喘いだ。
目くらましを敢行したドルシネアがすでにサンチャのもとへ向かっている。
たがいの速力の差からしてアロンソは追いつけないし、サンチャも法術の詠唱が間に合わないだろう。
ドルシネアがサンチャを間合いに捉えランスで吹き飛ばす、
「――ストックしてたのが回復の法術だけとは言ってないし!」
より速く、杖の先から雷撃が飛び出していた。
ドルシネアがとっさにランスを盾にする。
しかし雷は物体の内部まで浸透するもの。槍身をつたい、イバラのごとくドルシネアにまとわりついた。
「く、ぅああああッ!」
雷熱にむしばまれ、ドルシネアが苦鳴をこぼした。
「法術師ナメんな! 詠唱中は無防備なんて弱点、百も承知だっつーの!」
難敵がシビレて動けない千載一遇の好機。アロンソは急き立てられるように足を駆動させた。
「調子に乗らないで――ッ!」
しかしドルシネアの目がいまだ死んでいない。全身が粉雪のような光の粒子を帯びる。
ドルシネアを中心に発生した衝撃波が駆け寄ってきたアロンソとサンチャをまとめて吹き飛ばした。
「あ、ぐっ!」「ぎょえっ!」
アロンソとサンチャは尻餅をついて異変の在り処を探る。
そこに勇壮なる騎士が屹立していた。堅固な板金鎧に身を包み、重厚な盾を携え、塔の一部を切り出したかのような先鋒をかざす。
それら新たに具現化された武具はすべてドルシネアの【神器】だ。武装機能の拡張。それが意味することはひとつ。
【申し子】は経験を重ねる過程で、より上位の【天職】にクラスアップすることができる。下級の【槍兵】から中級の【重装騎兵】へ――ドルシネアが本領を発揮しつつあった。
「……あなたたちのこと甘く見てた。もう油断はしない。勝負はこれ――」
「いや終わりだ」
あわや、なす術なく蹂躙される寸前、巨大な戦斧が地面をうがち、ドルシネアの足を縫い止めた。
投擲した人物が間に割り込む。
「ドルシネア、テメエは事前に誓ったよな? 『クラスアップを封じて戦う』と。こりゃ明確な規約違反だぜ」
ドルシネアが冷水をぶっかけられたように顔を蒼褪めさせる。
「つまりテメエの負けだ」
スティードの宣言を聞き、ドルシネアが膝から崩れ落ちる。
「ネーア……」
アロンソはためらいがちに呼びかけた。降って湧いたような勝利を喜ぶ気にはなれない。サンチャがいてくれたから達成できたようなもの。
ドルシネアがうわごとのように呟く。
「……あたしを置いて遠くに行っちゃうんだね」
こんな時、どんな言葉をかけてよいか分からなかった。ふだん教官たちへ自分の主張を通す場合は湯水のごとく湧いてくるのに。
アロンソは己の不明をふかく恥じる。
「お願いだから……待ってよ……どこにも行かないで……」
伸ばした手を引っ込めた。いま本心を――切なる願いを打ち明けたところで、自分自身さえ実感を持てず、言葉が上滑りしてしまいそうだったから。