第3話 ふたりのなれそめ
そろそろ腹も減ったということで、アロンソたちは中央広場に足を運ぶ。
お手玉を披露する道化師や立ち並ぶ露店の主人たち、弾き語る吟遊詩人、それら目当ての客――さまざまな人種でごった返していた。
アロンソたちは露店で買った串焼きを頬張りながら賑わいを堪能する。
ブラブラ目的なく散策する過程で、サンチャがたびたび通りすがりに話しかけられていた。
「おいおいサンチャじゃねえか。なんだよ、まーたサボってんのか?」
「人聞きのワルいこと言うなし! ウチは課外授業を受けに来てンの!」
「ブハハ、なーにを学ぶっつーんだよ!」
どうやら、ここらで遊び人として名が通っているらしい。アロンソは軽快なやり取りを横から眺め、器用だなと素直に感心した。
「――あ、パイセン。ライブやってんジャン! いこいこ!」
サンチャに手を引かれ、吟遊詩人のそばに辿り着いた。
吟遊詩人が弦楽器を爪弾きながら妙なる歌声を響かせる。
見物人が目を細めて吐息を漏らした。サンチャも目を輝かせている。
「いいジャンいいジャン! たぎってきたああぁっ!」
突如として奇声を上げるや、弦楽器型の【神器】を具現化して演奏をはじめてしまう。
凍りついた空気の代弁者としてアロンソは口を開く。
「は……?」
非難の視線を受けるも、サンチャが旋律を紡ぐことをやめない。どころか、吟遊詩人へ向けて挑発的に片眉を上げる。
絶句していた吟遊詩人だったが、すぐさま得心顔になった。リュートから手を離し、サンチャの伴奏に合わせて歌い出す。
即興の調和が疑問を吹き飛ばすほどの熱量で聴衆の心に訴えかけてくる。いつしかアロンソも手拍子を打っていた。
サンチャが吟遊詩人と並び立ち、ずけずけ場の中心に居座る。
曲が終わった瞬間など、名残惜しさすら感じさせた。
直後、爆発する喝采と口笛。
「ゴセーチョーあざした!」
サンチャが肩を叩かれながらアロンソのもとへ帰還する。
「どうよ! ウチのライブは?」
「なかなかどうして、堂に入ったものだな。やはり【天職】の影響か?」
「まーね。戦えなくなっても演奏だけはやめらんないんだな、コレが」
★ ★ ★
九時課(午後三時)の鐘が鳴る。ちょうど訓練校では放課後になった頃だ。
「ウィー……疲れたぁ……!」
遊び倒して落ち着いてきたアロンソたちはどちらからともなく連れ立って噴水のフチに腰かける。
「気分は晴れたか?」
「うん、もうバチバチよ! 付き合ってくれてあんがとね」
サンチャが持て余したように足をバタバタさせる。
「こちらこそ礼を言わせてほしい。これほど浮かれ騒いだのは久しぶりだ」
「……マジで楽しめた? 誘っておいてなんだけどさ……パイセン、こういうの好きじゃないのかなー、って」
「心配するな。本当に飽きない時間だった」
たとえば背後の噴水。これは場を彩るためだけのもの。生存の営みに不必要な、生活用水の無駄遣いでしかない。
しかし人間はパンのみを食べて生きられない。日々のうるおいとして余分が必要だ。たとえ最前線の近くであろうとも。むしろ、だからこそ。アロンソはそれを実感していた。
だから羽を休めるひと時も不毛だとは思わない。それを教えてくれたサンチャに感謝すら抱いている。
「お前のように、いつもサボるのもダメだけ……っというか、よく平気だな。焦燥感や罪悪感にむしばまれたりはしないのか?」
「ふっふーん、甘いぜパイセン! それはトーシロの意見! ウチくらいになると背徳感さえスパイスにできるンよ!」
「自慢げに言うことか?」
流水の音を浴びながらアロンソたちは笑い合った。
「――ねえ、ウチらが出会った時のこと、覚えてる?」
「ああ、もちろん」
アロンソは即座に首肯した。
ある時、軽微な事件が起こった。一年生のある女子の私物が紛失したのだ。その女子が盗まれたと騒ぎ立てた。そして槍玉にあげられたのが――
「失態をおかしたウチは一年生の間でつまはじきにされつつあった。だから真っ先に容疑者にされた……誰でもよかったんだろね。鬱憤のはけ口になる生贄がいれば」
アロンソはその現場に偶然居合わせた。
「二年生で唯一たたかえないヤツ。パーティへの編入を免除、特別扱いされてる貴族のボンボン……あんとき味方になってくれたのは、そんなパイセンだけだった」
お節介を承知で仲裁を買って出て、当事者たちの供述を聞いて回り、論理的に推理して真相を突き止めた。
結果としては、その女子のたんなる勘違いだったワケだが。
「ウチを疑った連中は誰ひとり謝りもしなかった……それまでチヤホヤしてたクセに」
サンチャが苦虫を嚙み潰したようにうつむいた。
「パイセンはさ、そんなウチをいたわってくれたよね。フツーさ、浮いてるヤツには近寄ろうとしないモンじゃん? 自分のことで手一杯だから。
自分自身もハブられてんなら、なおさら。だから衝撃的だったんよ? こんなヤツもいるのかって」
サンチャがおずおずと顔を上げる。
「ね、パイセン。ウチと――」
ようやく本題らしき内容を切り出そうとした時だった。
「――こんなところで何してるの?」
ドルシネアがふたりの間を裂くように現れた。