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天眼のソードダンサー  作者: 大中英夫
第2章 堕ちた神童編
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第2話 たまの遊興

 豪語した通り、サンチャは市内の事情に精通していた。


 まず向かったのは繁華区画。パイプ煙草のすえた臭いが蔓延する賭場に物怖じせず上がり込む。


「ぐぎぎ! いい役がきてくれないし……」


 サンチャがテーブルにかじりつき、手に持つ紙牌トランプを眺めながらああでもないこうでもないとボヤいていた。


上乗せ賭けレイズ


 同卓についたアロンソは自分の手札を無表情でそう宣言した。


 サンチャが引きつった笑みを浮かべる。


「え、いいの? パイセン、強気じゃん。どーせハッタリっしょ?」

「いいから。それでお前はどうするんだ?」

「こ、同額賭けコール!」


 参加者たちがひとしきり賭け金を宣言した後、対面の胴元ディーラーのひと声でそれぞれの手札が開示される。


 サンチャがアロンソの手札に瞠目する。


「は、はあ!? ストレートフラッシュ!?」

「俺の勝ちか」


 ディーラーの手でほかの参加者の賭け金が回収され、アロンソの手元に届いた。


「パイセン、ポーカーやったことないっつってたジャン!」

「実際にプレイするのは初めてだ。とはいえ、母が好きだったからな。実家でルールや定石は自然と身についた」

「おのれ、騙したな! 世間知らずボンボンから巻き上げようと思ってたのに!」

「俺をカモにする気だったのか……」


 その後もゲームが再開・続行される。


 アロンソはまわりの参加者の様子を観察し、相手の勢いが強い時は勝負から降りてフォールドし、自分の手札がよい時はそれとなく勝負に出た。おかげで多少読み違えることはあっても、差し引きはプラス収支。


 反面、サンチャが駆け引きに翻弄されまくり、見るも無残なありさま。


「ぐがーっ! まーた負けだし!」

「お前は素直すぎる。手札がいい時も悪い時も表情に出すぎだ」


 しだいにサンチャの目が血走っていった。


「ここまでだ。お前のほうがすかんぴんになるぞ?」

「はーなーせー! 次は! 次こそは! ウチのいっぱ――」

「ギャンブルで一発逆転を狙うのは愚の骨頂だぞ。それはただの運試しだ。勝つのではなく、負けない方法を身につけてから再挑戦しろ」

「涼しい顔で講釈たれんなっつーの!」


 なおも居座ろうとするサンチャを引きずり、アロンソは賭場を後にした。


          ★ ★ ★


「つ、次はウチの独壇場だし!」


 仕切り直しとばかり案内されたのは簡素な柵に囲まれた野外の競技場だった。


「ふっふっふ、ウチの剛腕と精妙なコントロールを見よ!」


 サンチャが九柱戯ボーリングの木製球の穴に指を入れて手の平に乗せるよう上向きに構え、深く腰を落としながら踏みこんで下手に投げた。

 木製球がスピンして弧を描きながら地面を前進する。その先、三角形に配置された九つのピンをすべて吹き飛ばした。


「うし!」


 サンチャがガッツポーズを決める。ハツラツとした陽気がただよった。


 入れ替わり、アロンソはサンチャとハイタッチを交わしてから青空の投球場マウンドに立つ。見よう見まねで木製球を投げるも、木製球が芝生のレーンを外れて脇に掘られた溝にハマってしまう。


「アハハ、ダメじゃん。そんなヘッピリ腰じゃさー」


 サンチャがアロンソを指差して吹き出した。


「いい、パイセン? こうやってさっ! 投げるんだよっ!」


 アロンソに密着し、手取り足取りその身体を動かしていく。


「…………」


 背中に伝わる、弾むような柔らかな感触。アロンソは極力意識しないよう努めた。

 指導のおかげでいささか改善されたが、ピン倒しの記録スコアはなかなか伸びてくれない。先ほどとは打って変わった立場。


 お返しとばかりサンチャに煽り散らされ、アロンソは負けず嫌いの血が騒いだ。どうにか一矢報いようとあがくも、結局は通いつめているらしきサンチャに及ばなかった。


「いやー、マジ楽しかったわー! ハイスコアを更新できたし、引き立て役もいたし!」

「……ホントいい性格してるな、お前」


          ★ ★ ★


 六時課(正午)を迎えた頃。サンチャの溜飲が下がったようで、客が参加しないタイプの娯楽にシフトしていった。


 騎士に扮した役者の張りのある声が劇場内に響き渡る。


「ああ、私はなんと情けない男なのだ! うるわしきご婦人の涙さえ拭ってやれぬとは……!」


 演じられているのは典型的な騎士道物語だ。

 主人公の臆病な騎士が姫君に身分違いの恋をする。思いを打ち明けられず悶々とした日々を送っていたが、あるとき邪悪な魔族が姫君を見初めて誘拐してしまう。

 騎士は勇気を振り絞って姫君を救出する遍歴の旅に出るという筋書き。


 とくに奇抜な内容ではない。しかし舞台の演出や演技の妙によって迫力に仕上がっている。


 日頃、遊興とは無縁のアロンソとはいえ、この手の出し物は好みだ。幼い頃はよく旅芸人の一座を招いたし、本も読み漁った。


「もう私は逃げぬ! 貴方さまは私をお認めくださった! そんな貴方さまのためであれば、なんだろうと立ち向かう力が内腑のうちから湧き上がってくるのだ!」


 魔族を追い詰めて対峙する佳境に突入するや、アロンソは手に汗握り、固唾を飲んで見守ってしまう。


 楽士の演奏が場を盛り上げる中、隣の席に座ったサンチャがしかめつらしい顔をアロンソに向ける。


「オトコってこういうの好きだよねー」

「上映中くらい静かにしろ」


 ささやきかけてきたサンチャに、アロンソは振り向きもせず、同じく小声で短く返した。いいところで邪魔をされ、声に険が混じる。


「……あー、そういえばパイセンってば中二病イタさをこじらせてたんだっけ」


 騎士は見事に魔族を打倒し姫君を王国に連れ帰った。国王陛下よりその功績をたたえられ、姫君との婚姻を認められたところで物語は幕を閉じる。


 アロンソは舞台上に拍手を送る。


「素晴らしかった! こういうのでいいんだよ、こういうので。変にヒネった悲劇なんて好きじゃない。頑張った成果がちゃんと報われなければ……」


 背もたれに身を預け、満足感にひたる。ふと、視線を感じた。


「……退屈だったか?」


 サンチャが首を横に振る。


「オモロかった! だってパイセン、表情がコロコロ変わってくんだモン! 感情移入しすぎっしょ!」

「お、お前……俺の顔ばかり観察してたのか!? せっかくの冒険を! 騎士の決意をなんだと――」


 観客たちが退席していくのを無視し、アロンソはその場で青筋を立てて説教をはじめる。


 そんな剣幕を前に、サンチャがキョトンとしていた。

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