第12話 初勝利
アロンソは学術区画を離れ、いったん中央広場に躍り出た。
魔族どもが市場を荒らしまわっている。屋根代わりの幌と梁を破いて砕き、商品を踏みしだいていた。
戦闘部隊の生徒たちが魔族どもと対峙している隙に、べつの生徒たちがおびえる市民たちをなだめすかして神殿または市庁舎に避難させている。
アロンソは騒動を横目に、中央広場から放射状に伸びた街路のひとつに飛び込む。
街路が交差する場所に設けられた小広場。そこには魔よけの像や井戸、水汲み場などが配置されている。小広場をいくつか過ぎた先、目的地に到着した。
市内の地区は市民の立場ごとに分けられている。ここは職人のつどう工業区画だ。
工房のひとつに飛びこむや、いくつもの視線に貫かれる。
その鍛冶師の工房内では、オーガ種の別固体や他の種の魔族どもが我が物顔で暴れていた。
オーガがいつかの再現のようにアロンソへと立ちはだかる。
アロンソはまっこう睨み返す。以前のように恐怖など感じはしない。あの修行の日々は、ホクシンの『剣舞術』は、この程度の苦境に屈するものでは断じてないから。
愛剣の切っ先をオーガの喉元に向け、ふかく腰を落とした。
「お前には関係のない話だが……この前のようにはいかない!」
オーガが壁に立てかけてあった槌矛に目をつけて柄を握る。まだ彫金細工師の手にかかっていないので柄の拵えが施されていない。
振り上げられるより速く、メイスの先端から赤い糸が放たれアロンソの頭部に絡みついた。
【天眼】は因果そのものを可視化する。敵が攻撃の構えに移るより速く、その気配を察知する疑似的な未来予知こそがその真価だ。
また、糸の伸び絡みかた・巻きついた部位から具体的にどのような攻撃が仕掛けられるか予想も可能。アロンソはオーガの狙い――愚直にも正面からメイスを振り下ろして頭部を粉砕する――を看破した。
「それなら――っ!」
機先を制し、オーガの下へと走り寄る。
オーガが面食らいながらもメイスを振り上げ――
「遅い!」
振り下ろした先にアロンソはもういない。ダンスのターンを決めるがごとく、体軸を中心に旋回して前進、無防備なオーガの脇に位置している。
「旋の型、初伝――【荒独楽】!」
『剣舞術』の五つの型のひとつ。旋回することで身をかわし、その旋回の力を利用して繰り出す横薙ぎの斬撃が、たしかにオーガの脇腹を裂いた。
「ゲファルルル!?」
オーガの口と脇腹からそれぞれ悲鳴と血潮が吹き出る。しかし致命には至っていない。オーガがとっさにメイスを水平に振るってめざわりな人間を払う。
アロンソは背後に飛び退き、余裕を持って回避する。一転、踵を返した。奇襲気味の一撃で仕留められず、たまらず逃走――のフリをする。
オーガがその誘いに勘付くことはない。アロンソの背に向かい、メイスをがむしゃらに叩きつけんとした。
かわした拍子につまづいてしまったアロンソを嘲笑しながら迫りくる。
しかしアロンソは不意に転倒したわけではない。わざと五体投地したのだ。両手と片足を地面について全身を支え、背筋を伸ばして攻撃の体勢を作る。もう片方の膝を曲げて勢いよく背後に伸ばしきった。一連の動作は鋭く狭く――馬脚のような蹴り上げ。
「変の型、初伝――【拒馬杭】!」
柳に風とばかり相手の攻撃を転がって流し、その倒れた勢いを殺さずに放つ変の型。オーガの視界の外――真下から、そのみぞおちを、アロンソのカカトが突き刺した。
「ブォウハッ!」
オーガがもんどりうって床に膝をつく。その隙を見逃さず、アロンソは起き上がった。振り返りざま愛剣を直線状に閃かせる。
喉笛を貫かれたオーガの目から光が失われる。
初勝利の余韻もそこそこに、次なる敵が襲いかかってきた。前衛系の魔族が牙を軋らせて爪を振るう。
アロンソは【天眼】を発揮して攻撃を先読み、逆手にとってダメージを与えていく。
「~~。…………。~~~~~!」
横合いから赤い糸が伸びてきた。後衛系の魔族が魔術の発動準備をしているのを横目で確認する。その詠唱は人間にとっては、うなり声にしか聞こえない。
撃ちだされたのは魔術による炎の刃。
魔術とは、魔族が術式に魔力を注ぎ込むことで四大忌力――本来この世に存在しなかった四種の力――のいずれかに変換され、『有り得ぬ不思議』を引き起こす術法である。
黒属性の魔術には万物万象の性質を侵食・冒とく・改ざんする性質がある。炎というモノは本来、不定形だ。なぜならば物質ではなくエネルギーだから。しかし黒属性の干渉を受けた炎は物質化する。そうして作られた炎の槍や剣は実際に肉を裂くし、炎の壁は敵の槍や剣をはじくのだ。
そこに遠隔投射を可能とする白属性を混合すれば、炎刃を矢の代わりにできる。
アロンソは魔術の発動より速く動き出していた。前のめりに倒れる所作。その過程で自然に足を伸ばす。そのまま駆け出した。重心を崩したまま倒れそうな身体を、両足の生み出す運動で支えていく。
『縮地』という走法。はじめに『蹴る』という動作を経ることなく疾駆の体勢に移行できるため動作の起こりを読みにくいという利点がある。
炎の刃が立て続けに石畳へとぶつかり、切り傷を刻んで弾かれる。中空で収束が解け、ただの炎となって木の梁に燃え移った。
このままでは火事に巻き込まれかねない。アロンソは『縮地』を維持したまま工房の出入り口を目指した。そのあとを追って複数の魔族どもが外に出た。
燃え広がりつつある工房をよそに戦いは続く。
魔族どもが四方八方から様々な手段でアロンソを攻めたてる。
アロンソは泥臭く応じた。戦いの最中、限界を迎えた愛剣がヒビ割れて砕けたが、関係ない。
(――「武は凶器であり、剣などしょせんは振って当てて殺すだけの代物にすぎん。それ自体に特別な意味などありはせん。ひとつの得物にこだわりすぎるな。眼前のすべてを利用して勝利を掴み取るがいい」――)
頭の中に師匠の言葉が蘇る。べつの工房に潜りこんで外壁を盾にした。室内にあった金槌などの道具を武器として振るった。それさえ無くなれば、戦闘の余波で砕けたガレキの破片を手に挑んだ。
アロンソは頭の疼痛に耐えながら獰猛に笑む。
「……ああ、そうだよな。ツラくても苦しくても、これが生きてるってカンジだ――ッ!」