第11話 決意を声に乗せて
校舎内は常ならぬ慌ただしさだった。危急の事態に対処すべく、せわしなく行き交う者たち。アロンソは急ぎ足でその間を抜けていく。
講堂に踏み込んだ。入れ替わりに、決然とした眼差しの生徒たちが外に向かい散っていく。
最奥の舞台上で、筋骨隆々の教官スティードが眼下の生徒たちに指示を飛ばしている。スティードの背後、複数の教官たちがテーブルの上に置かれた市内の地図を指差しながら真剣な面持ちで声を交わしていた。
「ったく、どうなってやがる! 都市の関門にゃ【探知】と【鑑定】の術式が仕掛けられてる。魔族が侵入しようとすりゃ一発でバレるっつーのによ。外壁を壊された痕跡もねえ」
会話の内容から察するに、どうやら魔族どもは市内のいたるところに出没しているらしい。
そこでまず、斥候を放って各地の魔族の頭数と脅威度を調べあげた。そして実力に応じ、生徒たちを各地に派遣しているところ。
アロンソはスティードの前に進み出る。
「あ? テメエは……アロンソ、か?」
「はい。教官、俺にも出撃許可をいただけますか?」
「なにバカ抜かしてやがる。身のホドわきまえろや。テメエが出張ったところで死体がひとつ増えるだけ……あー、ま、そうだな。市民の避難誘導をおこなう部隊に編入――」
「俺はもう無力な落ちこぼれではありません。命を賭して防衛のお役に立ってみせます」
「どっからそんな自信が湧いてくンだよ!? ついさっきオーガにコテンパンにされてたじゃねえか!」
スティードがあきれたように怒鳴った。アロンソは負けじと叫び返す。
「その根拠を示すような時間は残されていない! 今は猫の手も借りたい状況だ! そうでしょう?」
「いいか、テメエの立場を考えろ……命の価値ってのは、違うンだ。テメエの実家からは多額の献金を受けてる。テメエに死なれたら上層部はさぞ困るだろうよ。五体満足でご卒業していただき、ご実家にお帰りいただく――それがお偉方の描く絵図だ」
「貴族の子弟であろうとも容赦なく鉄拳制裁すると評判の! 教官のお言葉とは思えません! 俺が貴族だからと仰るのであれば、なおさらでしょう! 貴族が民の上に立つことを許されているのは! 有事に際して矢面に立つためなのですから!」
「チッ、テメエは。貴族のボンボンのくせに、無駄にプライドが高くない――どころか殊勝ですらある。だのに変なトコで強情ときた。親の威光をかさにきて横暴に振る舞ってんならシバいてやるところ、一本筋が通ってやがるから始末に負えねえ。扱いづらいガキだよ」
アロンソが熱弁を振るうも、スティードは頑として首を縦に振らない。
「――よいではありませんか、スティード殿」
視線の交錯する膠着状態を破ったのは、錬金術師でもある教官テオルスだった。作戦の詳細をつめる輪から離れてスティードの肩に手を置く。
「市民たちを守らんと猛る若人の意気を無下にせずとも」
「……テオルスの旦那」
スティードが振り返った。
「だがよ、コイツになんかあったらマズいだろ? 俺やアンタにも他人事じゃねえぞ。お貴族サマに目をつけられちまう」
「それなら問題ありませんよ」
テオルスが懐から一枚の紙面を取り出した。それをアロンソに差し出す。
アロンソはそこに記された文字の羅列に目を通していく。その内容を要約すると「出撃を許可する。ただし、あくまで自主的な志願であり、なにかあっても自己責任」みたいな感じ。
「これは風属性法術【縛戒】のこめられた正式な誓約書です。当然、法的効力もあります」
生徒の中には無鉄砲な者もおり、暴走した挙げ句に命を落とすこともある。この書面は、そういう場合に訓練校側が責任を負わないよう、あらかじめ用意されたもの。
アロンソはためらいなくサインしてテオルスにつき返す。
テオルスが誓約書を受け取り、スティードに見せつける。
「ほら、こうしておけば何かあったとしても言い訳が立つでしょう?」
スティードとテオルス、どちらが良い教官かといえば、間違いなくスティードのほうだ。
言葉遣いこそ汚いものの、スティードがアロンソの身を案じているのは明白。しきりに保身を口にするのも憎まれ役を買って出ているだけだろう。
対するテオルスはアロンソの生死になど頓着していないようだ。実験動物を観察するような目しか向けられたことがない。いまは、その淡泊さがありがたかった。
「……わかったよ、クソが」
外堀を埋められ、スティードがついに折れる。アロンソのほうに向き直った。
「自業自得とはいえ、生徒がくたばるのは寝覚めがワリィ。もういちど確認するぜ……ホントに勝算はあンだろーな?」
「あります!」
アロンソはホクシンと過ごした時間に背を押されて肯定した。
「ハッ、いい表情するようになったじゃねえか! 止めるのは野暮ってモンだ。漢を魅せてこいや! 死んだらブッ殺してやるからな!」
スティードが任務の内容をアロンソに告げていく。アロンソは元々どの部隊にも所属しておらず、かといってどの部隊もアロンソを入れたがらないだろうことから単独での出撃になること。そのため弱い魔族ばかりで出現数も少ない場所に向かわされること。
アロンソは一言一句違わぬよう頭に叩き込んでいった。
「奮戦を期待しています。一刻も早く事態を収束していただきたい。そのほうが僕にとっても都合がいい」
去り際、テオルスがアロンソの背にそう語りかけた。
なにやら含みのある言葉だったが、アロンソは疑問を呑み込んだ。一路、指定された地点を目指す。
「――え? ロニーがどうして……?」
訓練校の敷地を出た時、幼馴染と出くわす。同じく指令を受けて現地に急行するところなのだろう。そのまわりを部隊の仲間たちが固めていた。
「ちょっと待ってよ! あたしに黙ってどこに行くの!?」
釈明の手間も惜しいと、アロンソはドルシネアの脇を通りすぎる。
「ダメ……ダメだよ! あなたはなんにもできないひとじゃないと!」
迷いを振りきって駆け出した。