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天眼のソードダンサー  作者: 大中英夫
第1章 開眼編
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第10話 帰還、のち危難

 アロンソはホクシンのもとで日夜、鍛錬に明け暮れた。


「まずはお主がどの程度か、はからせてもらおう……ふむ、そこそこ鍛えられておるし、体力もそれなり。剣の扱いも無知という訳ではないか。最低限の土台はできておるの」


 通常の【申し子】には、それぞれ【神器】の種類に応じて最適の流派が存在する。適性のある術技に触れてはじめて、その才能が伸びていくのだ。それ以外の分野に関しては魔族と渡り合えるようなレベルにはなかなか至らない。


「……やはり・・・か。この調子ならば下級魔族と対抗できるようになるまで、さほどはかかるまい」


 どうやら『剣舞術』はアロンソにマッチしていたようで、砂地が水を吸うように、その術理を己の血肉とすることができている。今までたくさんの流派を学んできたのだが、これほどピタリと型にハマるような感触を得たことはない。


 修行の最中、アロンソはホクシンがただ者ではないことを再認識した。あの若さでよくもあれほどの技術を身につけられたものだと舌を巻くばかり。


「お主は守破離という概念を知っておるか? 『守』り尽くして『破』るとも『離』るる――物事を習得していく道筋を端的に言い表すものだ。

 師から基礎を学び、その教えを忠実に『守』れるようになる段階。

 次に直属の師以外からも学び、そこで得た気づきを自らの技に取り入れる段階。ようは既存の型を『破』る応用だ。

 最後に独自の流派を確立するに至る段階。師の型と自ら体現する改良型、いずれにも精通した者は型から『離』れ自在の技を振るうことができる。

 お主に必要なのはまず基礎固め。間違っても応用技術に手を出そうなどと考えるなよ? それは『型破り』ではなく『形無し』という。付け焼刃なんぞ物の役にも立たぬ」


 その分類でいうと、ホクシンはあきらかに『離』の位階に到達している。手本の動きを拝む機会に恵まれているが、まったく底が見えない。


「『剣舞術』の型は派手に見えるが、その理合に無駄は存在せぬ。あくまで、隙の少ない小さな動きを延長させ大きくしているにすぎん。正しく行使するためには動き回りながらも重心を乱さぬことが肝要。重心が乱れれば体軸がブレる。体軸がブレれば技の冴えが褪せる。

 また、ひとつ技を繰り出したらば、さらなる追撃を加えられるよう、すぐさま体勢を立て直せ。これを『原態復帰』という。『剣舞術』に剣戟の合間は存在せぬ。連撃に次ぐ連撃。つねに前進し続けておれば、立ちはだかるすべてを斬り伏せうる道理よ」


 ホクシンと木剣を交え、一方的に打ちのめされる。その立ち合いから得た気付きと学びを活かしてひとり黙々と素振りを行う。生傷の絶えない日々。

 楽ではないが、楽しかった。いつも全力を振り絞っていないと落ち着かない。


(――『なんで!? どうして……!? あたしはあなたをゆるさないっ!』――)


 あの日・・・アロンソは心に楔を打ち込まれた。以来ロクに眠れもしなかった。


 しかしここに来てからの寝覚めはすこぶるよい。

 着実な成長の実感を堪能しているうち月日がまたたく間に過ぎていった――。


          ★ ★ ★


「……頃合いかの」


 その日、ホクシンがポツリと切り出した。飲み物をひとすすり、長テーブルの上にコップを置く。


 院内の食堂。天井はひときわ高く、ガラス張りの壁面から月光がいつでも・・・・ななめに降り注いでいた。

 その開けた空間の一角、ふたりは食卓を挟んで向かい合っている。


「どうなさいました、師匠? 今日の予定に追加の用事でも?」

「いやな、お主の【天眼】の扱いもサマになってきたことだし、そろそろ試して・・・みようかと」

「っ! では!?」


 アロンソは目を輝かせてイスから飛び上がる。


「うむ、送還の儀を執りおこなうとしよう」

「いよいよ帰れるかと思うと胸がおどる反面、不安でもありますね。それなりの期間、失踪していた言い訳をどうひねり出せばいいか……」

「その点は案ずるな。ここは通常の時の流れとは切り離されておるゆえ。お主は転移した直後の時間軸に戻ることができよう……ちと、待っておれ」


 言い置くと、ホクシンが外へ出ていった。しばらくして戻ってきたその腕に一本の巻かれた絨毯をたずさえている。床にそれを広げ、丁寧にシワを伸ばした。


「これは転移の術式を刻んだ祭具だ。来るべき時にそなえ拙者・・がこしらえた」

「師匠が、これを……?」

「ほんの手慰みにちょちょいとな」

「なにからなにまで……ご恩をどうお返しすればよいか……」


 アロンソは以前から考えていたことを提案する。


「ここに留まってはなにかと不便でしょう。師匠、ともに俺の世界へお越しいただけないでしょうか? 身の振りかたについてはご安心ください。けっして無下にはいたしません」


 実家の力を使ってでも、ホクシンの進退を保証する腹づもりだ。


 しかしホクシンがかぶりを振った。


「申し出はありがたいがな。拙者はここを離れられぬ。以前に言うたであろう。ここではじまり、そして終わるのだと。それを破らば世の理が乱れる。お主の帰る場所も台無し・・・になるぞ」


 かたくなな意志を感じ取り、アロンソは忸怩たる思いを抱いた。結局、彼女が何者であるのか確信・・を得られなかった。教官たちでさえサジを投げたアロンソの才能を開花せしめる現代を超えた知見。魔術の術式にさえも精通している。


 多用する意味不明な言い回しやおもわせぶりな言動。それらをもう耳にすることができないのかと思うと、胸に迫るものがある。


「もう、お会いすることはできないのでしょうか?」


 アロンソは寂寥せきりょうを声に乗せた。


「ええい、すてられた子犬のような目をしよって! ……まあ、転移は一方通行ではない。お主の世界側の術式を再利用すればよかろ。拙者に教えを請いたくば、また来い・・・・。退屈しのぎに相手をしてやろう」


 アロンソは花が咲くように口元をほころばせる。


「よかったです! まだまだ師匠から学ばせていただかねば!」


 ホクシンに背を見守られながらアロンソは絨毯の前にかがみ込む。【天眼】を発動するや、術式の先から赤い糸が幾本もイソギンチャクの触手のように生えて揺蕩たゆたう。


「お主の世界に繋がる因果の糸を見いだせ。お主にとってなじみ深いものゆえ、いっそう目立つはず」

「……これ、だと思います」


 アロンソはためつすがめつ、その内の一本を指差した。


「つかみとれ。おのずと導いてくれる」


 指示されるがまま手を伸ばす。糸に触れた途端、ヘビのように巻きついてくる。


「お世話になりました。お返しはいずれ必ず」

「征くがいい。今のお主であれば、無力に地をはうこともなかろうさ」


 そうしてアロンソは昼夜の判別もつかない世界から旅立った。

 ふたたび漆黒に包まれ、周囲の因果の流れに逆らって進んでいく。やがて本流から離れて支流へ。出口の光点に突入した。


          ★ ★ ★


 視界いっぱいに見慣れた訓練校の保管庫の内装が広がる。


「ああ……あああ! 戻ってこれたのか! なんだろうな、景勝地でもなんでもないのに感動するなんて」


 アロンソはなつかしの空気を胸にため込み、ほうと吐き出した。


「さて、このあとはどうする予定だったかな? しばらくぶりだから忘――」

 言い終えるより速く、けたたましい警報が耳に届く。

「――っれは!」


 学術都市の中央広場に座する大鐘楼の音色だった。時課を告げる場合は神殿の鐘が鳴るので平時の連絡ではありえない。大鐘楼が鳴らされるのは緊急時のみ。


 それは市内に魔族が入り込んだことを意味していた――。

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