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天眼のソードダンサー  作者: 大中英夫
第1章 開眼編
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第1話 月下の邂逅

 凄烈――。


 アロンソの眼前で繰り広げられる光景はその一言に尽きた。


 月の浮かぶ死んだ街に複数の巨影と少女の小さな影がひとつ。


 人間をひと呑みにせんばかりの強大な魔族どもが牙をむき出して少女を追いかけている。


 ならば舞台上で行われているのは、逃げ惑う哀れな少女の悲劇であろうか?

 否である。世にもバカバカしい喜劇であり、壮麗な英雄譚の一幕に違いない。


 少女がガレキの合間を疾駆する。その運足はまるで四足歩行の肉食獣のようだった。いまにも転倒しかねないほどの前傾姿勢。不撓の体幹で以ってそれを御し、魔族どもの追随をまったく許さない。


 無数の魔術が少女の背に放たれる。一発一発が落雷すら凌駕する、破滅の砲雨。


 それでも少女の影すら踏めない。


 ガレキと土砂が吹き飛ばされ、膨大な噴煙が周囲を覆いつくす。


 今度はこちらの番とばかり、少女が煙を突っ切って魔族どもの輪に突っ込んだ。

 少女の手にした剣が閃く。そのたび巨躯が冗談のように切り刻まれていった。


「…………っ!?」


 アロンソはガレキに隠れて戦闘を見守りながら息を呑んだ。


 その剣は奇怪な形状をしていた。まず諸刃ではなく片刃。刀身に独特の「反り」があって、鏡のように透き通った表面に無数の波紋が浮き出ている。

 切断面のなめらかさから察するに「断ち切る」ことに主眼を置いた武器。強度を犠牲に切れ味を増しているように見受けられる。

 遠心力を利用して「叩き切る」、太く頑丈で折れにくい通常の剣とは製造理念からして違う。


 得物以上に奇異なのは少女自身だ。

 その動きはまるで――


「踊っている、のか?」


 旋回して側面に回り込む。跳躍して頭上を制する。前屈して足元に滑り込む、投地して予想外の方向から攻撃を繰り出す。体躯をねじって懐に飛び込む。球のように回転して死角から襲いかかる。

 その体さばきは武術というより洗練された舞踊だった。

 こんな武術は、知らない。その理合はアロンソの常識の埒外にあった。


 踊る。舞う。

 彼女がステップを踏みながら斬撃をほとばしらせるたび、屈強の魔族たちがただの肉塊に変わっていく。

 全身を覆う白魔術の障壁や堅固な甲殻が薄皮のよう。まるで意味を成していない。仮にアロンソが百人いようとヒビひとつ走らない強度であろうに。


 人体などたちまちひき肉にする猛攻を剣一本で受け流し、その反動をも利用してさらに加速していく。


 アロンソは人知れず問いかける。


「これは、いったい……?」


 あまりに情報量が多すぎて混乱してしまう。現実味が薄れていく。これは夢だと言われたほうがよほど納得できる。


 最後の一体の首が胴体からズリ落ちる。それが死の舞踏の完遂を告げていた。


「すこし鈍ったか。あの程度の魔族どもを捌くのに時間をかけすぎた」


 少女がようやく立ち止まり、こともなげに言った。握る剣の刀身には血の一滴すら付着していない。月光を浴びて煌々と輝いていた。穏やかな水面を覗いた時のように、アロンソの姿が映り込んでいる。


 よもや出血するより速く、剣を振りぬいて肉を裂いたとでもいうのか……!

 あまりに隔絶した技量。アロンソはゴクリと唾を飲み込む。


「で、お主は何者ぞ?」


 少女がアロンソの方を振り向いた。


「この揺らぎの狭隘・・・・・・に人間の来訪者なぞ初めてのことゆえ、いささか面食らって――」

 なぜか口上の途中で絶句し、目を見開いた。


「お主、その眼は・・・・……」


 わずかな沈黙の後、得心したように呟く。


そういうこと・・・・・・か。これでは順序が逆・・・・。鶏が先か、卵が先か」


 対するアロンソは彫像のように硬直していた。

 少女に見惚れてしまっていたからである。


 まるで可憐という言葉が擬人化したかのよう。

 白皙の肌はきめ細かくてシミひとつ見当たらない。

 細く筋の通った高い鼻梁。顔の輪郭はスッキリとした卵型。色素の薄い厚く大きな唇からは陶器のような光沢を帯びた八重歯がのぞいている。

 短く切り揃えられたショートボブの髪は濡羽色で、黒曜石を溶かしたかのように艶やかで瑞々しい。

 クリクリと主張の強い丸目、その中央に坐する黒瞳の奥には夜天の星屑を散りばめたかのごとく無数の光点が絶えず瞬いており、アロンソ自身のそれとよく似ている・・・・

 顔を構成する部位すべてが最適解のように配置されていた。


 次いで、身なりに目がいく。

 得物と同様、見慣れない装い。外套じみた、くるぶし丈の一枚布の衣をそのまま肌着にしているようだ。左右のえりを重ねて合わせ、帯を巻いて固定している。

 生地や意匠、柄からして未知の異文化由来のものだと判別できた。


 アロンソは訳も分からず、訳の分からない場所に迷い込んでしまった身の上である。呑気に観察している場合ではないのだが、それだけの衝撃が電流のように総身を駆け巡り、アロンソの思考を麻痺させていた。


「……。…………。……っ!」


 なにごとか呼びかけられた気もするが、あいにく耳に入ってこない。モヤがかったように視界もボヤけていく。


「おい。おーい!」


 頬にヒヤリとした感触が伝わってくる。


「……はえ?」


 その拍子、像を結んだ目に映ったのは、たおやかな手と精緻なかんばせ


「う、おぉああ!?」


 事ここに至り、アロンソは少女がいつの間にか近付いてきたことを知覚した。おもわず後ろにへたり込んでしまう。


 手を引っ込めた少女が鼻白んでいる。


「呆けておるのか? せめて名乗ってほしいのだが」


 アロンソはみずからの不躾ぶりに赤面しつつ咳払いをひとつ。それで誤魔化しきれる失態ではないと自覚してもいるが。


 少女が顎に手を当てて渋面を浮かべる。


「ふぅむ、反応がかんばしくないのう。これは拙者のほうに非があるのか? 世事に疎いがゆえ、人間関係の機微は――そうか!」


 独白から一転、得意げに笑む。


「人に名をたずねる前に、まずは自分から名乗るべき。うむ! うむうむ! それが正着であろうな!」


 少女がアロンソに一礼する。


「聞け、客人まれびとよ! 拙者の名はホクシン。この因果の袋小路、あまねく終端のあるじ。それゆえ、まだ何者でもない存在である」


 その言動も作法もアロンソにとっては不可解であったものの、そこに込められた誠実さだけは伝わってきた。


「どうか不調法を許されよ」


 不毛の廃墟群にひとすじの風が吹いて少女ホクシンの髪を揺らした。


「いえ、こちらこそ失礼いたしました」


 アロンソはあわてて立ち上がり、一礼を返す。


「アロンソと申します。訓練校の二年生。【勇者の申し子】、その末席を汚す者です」


          ★ ★ ★


 これがはじまり。


 英雄を志しながらも落ちこぼれでしかない現状に自嘲する非力な少年アロンソ。

 極域の武を持ちながらその誇りを持たず、むしろ自虐的ですらある少女北辰ホクシン

 チグハグな矛盾を抱える彼と彼女。ふたりの奇妙な師弟関係の萌芽。


 この邂逅がなぜ成ったのか。それを紐解くには、わずかばかり時をさかのぼらねばならない。

 時の流れは不可逆なれど、この揺らぎの狭隘であれば奇跡のひとつも起こりうるのだから――。

新連載、スタートします!

お気に召しましたらブクマとポイントをなにとぞ。

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