悲劇のヒロイン・マリア
※拷問と言うほどではありませんが、拘束シーンがあります※
―――さて、早速だが今から行うのは!
弟(※第5王子)溺愛計画である!!弟を溺愛ルートに引っ張り込むことで俺の破滅エンドを回避する崇高なる作戦だ。
―――まずは。
「そこまでだ」
弟の執務室、―――と言う名の物置小屋のような手狭な部屋に颯爽と現れた俺は、マリアの手をガシッと掴んだ。
いきなりのことで、金色の長い髪をポニーテールに結ったブルーサファイアの瞳の勝ち気そうな少女・マリアが驚いて俺を見上げている。マリアの右手には白い錠剤の入った布袋が、俺が掴んだマリアの左手には白い錠剤が握られている。
執務室とは名ばかりの室内には書類が散乱している。恐らく第2王子が不当に弟に押し付けている仕事だろう。
そして俺とマリアの前にはぐったりとしてソファーに横たわる弟の姿があった。顔色がやけに悪いな。原作小説の挿絵は白黒だったので、アニメ版から画像を拝借した限りでは具合が悪そうにしていたとはいえ、こんなに顔面蒼白ではなかった。彼女の故国の小国に共に赴き、“聖剣”を手にするまでは弟はかろうじて歩けたし、意識もはっきりしていたはずなのだ。それが、何故?
「―――悪逆王子!」
彼女は驚きつつもはっきりと俺の二つ名を呼んだ。
「ふんっ、たかだか小国の姫が。いや、俺の弟に毒を盛った大罪人がいい度胸だなァ?」
「毒!?―――って何のこと!?私はスザナの具合が悪そうだから薬をとっ!」
「では、その薬を鑑定しようか」
「鑑定したところでこれはまっとうな薬よ」
「わかっているさ、そんなことは」
「は?」
「配合されている物質には本来人体に害はない。治療にも使われているものだ。重要なのはその配合だ。本来ならば合わせてはならぬものを複雑にかみ合わせることで、摂取者に幻影を見せて意識を混濁し意のままに操る毒となる。貴様が考えていることなど俺には丸わかりだ」
「何故そのことをっ!?い、言いがかりだわ!」
この期に及んで。今、自白したようなものだと思うのだがな。まぁ、いい。
「因みに貴様の持っている薬袋を手配した“スパイ”も捕えている」
「何のこと?」
彼女は恐ろしいほどに鋭い双眸で俺を見上げる。
「おかしいとは思わないか?人質として我が国に送られてきた貴様が、どうやってそんな毒を手に入れたと思う?」
そこはネット上でも度々話題に上がった疑問点だった。
そして彼女がこのような行為に手を染めるきっかけとなったのが、かつて小国にいた頃に両思いだった騎士の男との悲恋だ。
彼女の恋人は彼女故国が歯向かおうとした見せしめとして殺されたのだ。それにより彼女はその小国の罪を贖うためこの国に人質として使わされた。けれど彼女は諦めていなかった。復讐しようとしたのだ。そして国からの密命を受けて、その被害者になるのが俺の弟である。
最終的には弟の人柄に惚れて救われて毒を盛るのをやめ、そのことを弟に告白するが許されて仲間になるのである。
しかしながらその展開も一部物議を醸しだしていた。この悲劇のヒロイン気取りの人質の姫に隠された秘密として。
まぁ、そんな噂も知っている俺。
そしてアニメ版もセリフを再現できるほどに見まくった俺は彼女の元恋人のフォルムを覚えていたのだ。そしてそっくりすぎる男を以前城で見かけたことを思い出した。職務上、スパイ容疑がかかっているやつの顔くらいは把握しているんでね。
彼女は全てがうまく言っているのだと思ったのだろう?しかしここは原作小説ともアニメ版とも違うことが多すぎる。まずは俺のしっぽ。そして俺の隠された職務のことだ。彼女がそれを知るはずもないだろうがな。
「いったぁっ!!」
俺は瞬時に彼女の腕を締め上げた。
「ナユタ。この女を“下僕部屋”へ連れて行け。オシオキの方だ。間違えるなよ?」
「はっ」
俺の言葉にナユタが颯爽と現れて俺が締め上げたマリアを魔法で拘束し、空中に浮かべて電気の縄で縛り上げる。
「ひあああぁぁぁぁぁっっ!はなしっ、わたし、はっ」
最後まで抵抗しようと目論むマリアだが。
「後で俺自らかわいがってやろう。それまで下ごしらえをしておけ」
「御意」
「あぁ、スザナっ!スザナぁっ!助けてぇっ!」
彼女の悲痛な叫び声が虚しくも最後に響き渡ったが。ナユタはマリアを拘束したまま颯爽と転移していった。
「うぅ。ま、りぁ?」
魘されながら、おぼろげな目で俺を見上げる弟。
「ふん。この期に及んでスザナに助けを求めるとはな。しスザナをこのような状態にしたのは貴様だぞ?マリア」
こんな状態のスザナにマリアを助け出せるはずがないだろうが。“生贄”に使うのならばもっとうまくやるべきだったな。
俺は嘆息してスザナを抱きかかえる。そしてさくっと自分の宮へと転移した。