次の溺愛対象(ターゲット)攻略へ向けて
「では、俺はこれより城の散策に向かうとしよう」
「承知しました、イザナさま」
俺の決定にナユタがさらりと答える。
―――そして。
「では、ハスキ」
俺の見送りのために緊張した面持ちで立つハスキを見やる。うぅっ、小動物のようにふるふる震えて。やべぇ、俺の婚約者がかわいすぎるんだが!!
「いってらっしゃいの口づけをするがいいっ!!」
そう、尊大に言い放つうぅぅ―――っ!うん、ちょっとこっぱずかしいものの~、溺愛ルートに乗せるためには、必須。いや、あったらいいかな?そう思って放ったセリフなのだが。
―――言ってみて、後悔した。
ハスキは完全に固まっていた。そして俺も固まってしまった。
ハスキの隣に立つシャルルはめちゃくちゃ睨んでくるぅ~。因みに弟くんたちは先に部屋に戻っている。
うぅ~どうしよう、俺。しかし俺は、イザナさまなのだ!悪逆王子のイザナさまなのである!さぁ、イザナよ!こういう時はどうするか?そんなことは決まっているのであるっ!
「ふっ、では特別に俺から授けてやろうか!」
え?俺から!?本当に俺からやれるのか!?イザナ―――っっ!!!しかし俺、イザナは華麗にハスキに対し顎くいを決めていた。
そして、ちゅっ
―――ファーストキスのはずが、どうしてこうも簡単に?イザナ、やはり完璧超人カリスマ王子のイザナさまはやってのけるのだ!信じていたぞ、イザナさま!信じていたぞ、俺!!
華麗にハスキの頬へ口づけを決めた俺。そっと唇を離しハスキの顔を見やれば。
あれ?
かああぁぁぁぁっっ
そこには顔を真っ赤にしたハスキが目を回したようにふらふらしており、シャルルがとっさに支えてくれる。
うむ。なかなか良い侍女を見繕えたようだ。
「ふん。俺が帰った時は貴様からするように!では、いざっ!」
俺はマントを翻し、そして華麗にしっぽを靡かせ、ナユタとともにその場を後にした。
―――んだけど。あのー、大丈夫だよね?シャルルはちゃんと介抱してくれるできる侍女だと思う。うん。俺に対して睨んではいるものの、ハスキとは女の子同士絆を深め合っているっぽいしな!
「イザナさま。本日はどちらへ?」
俺について来たナユタが口を開く。
「ふむ。今日は興が乗った!」
―――オヤジギャグじゃないからねっ!?
「久々に我が末弟で遊んでやろう!」
「さようですか」
ナユタは特に否定も反対もしなかった。ま、俺が末弟―――つまり弟である第5王子に気まぐれに構う。それは俺に限ったことではない。少々特殊な事情をもつ第5王子は第2王子にも度々やっかまれていたし、周りの他の王子派である臣下たちも第5王子のことは軽視しているから、第5王子は王子とは言えどただ単にその血を受け継ぐがため、この城の一郭で生かされているだけ。―――そう言う認識だ。
そんな第5王子である俺の弟は俺のように王子としての専用の宮を与えられているわけではない。俺は母親が魔物の国の姫、今は王妹であったからこそ外交的な意味も含めて立派な宮を与えられているのだが。
母親がそもそもの平民である弟の扱いは、酷いものであった。前世で呼んだ原作小説によると、宮など与えられるまでもなく、城の一郭で使用人同然の部屋を与えられている。更には毎日のように第2王子が書類仕事を大量に押し付けてくる挙句、専属侍女によって毒を盛られて弱っている。
それが俺の弟。因みに専属侍女は我が国に脅える愚かな小国の姫であり、人質としてこの国の城に連れて来られたものの、扱いは“使用人”。しかも第5王子の侍女を押し付けられた。そんな彼女は“マリア”と言う名だ。
マリアは祖国から密命を受けており、そのために一番非力な第5王子から手にかける。
しかしながら第5王子の人柄に感化された彼女は毒を盛るのをやめ、第5王子の一番の理解者になる。そして俺の弟を連れて国を出て、いずれは彼女の祖国の後ろ盾を得て弟が俺を処刑するために舞い戻ってくるのをアシストする。
―――つまり、あの女が弟を誑かしたわけである。勝手な事情で毒を盛っておいて、いざとなれば毒を盛るのをやめて俺を討つための道具として利用する。とんでもない悪女である。ふんっ。因みにイザナに盛られた毒はイザナがとある天賦の才を開花させることで打ち消されて回復する。
まぁ?マリアは原作では悲劇のヒロイン的立場だったけども。俺・イザナにとっては弟を毒で弱らせた挙句誑かす天敵のような女である。因みに同じ女で言えば、ダントツでハスキの方がかわいいし、
どうしてヒロインがハスキではないかとネットでも議論にあがっていたはずだ。
しかも今なら恐らく、彼女はまだ改心していないはず。
つまりはマリアの悪行を断罪できるというわけだ!さぁ、待っているがいい、マリア!俺がこれから溺愛する弟を誑かす悪女め!
俺の溺愛ルート行きを、―――邪魔させはせんっ!!