イザナとスザナ
さて、早速弟・スザナを俺の宮に連れ帰り、来賓用の部屋のベッドに寝かせたわけだが、顔面蒼白。かなりヤバい状態だな。
“原作小説”で保っていたのはあくまでもそう言う演出だったから。現実はそう甘くはなかったと言うことか。しかしながら、スザナを助ける方法を俺は知っている。
スザナの“本来の力”を解放してやればいい。スザナの潜在的能力は誰が見ても目に余るものだった。だからこそそれを知った王はその力を封じ、スザナの力のことを知った産婆とスザナの母親を殺したのだ。スザナの母親は産後の状態が良くなかったから。産婆は年を取っていたから心臓の病でと嘯いて。
それをスザナが知るのはスザナが“聖剣”を手にして暴君となった俺と対峙した時。俺がスザナにその秘密を教え、父王がしでかしたことを知りショックを受けるもあの女・マリアの支えで立ち直り俺に歯向かってくる。はて、原作小説の中の俺はそんな国家機密をどこで知ったのだろう?しかしながら現実を生きている今ならわかる。
王がスザナの母と産婆を殺した。けれども王自身が直接手を下したわけではないのだ。あくまでも“そういう役目”を負ったものが処分した。
そして王はどこまでも臆病で愚かだった。本来は王を基盤として封印を施さねばならぬところ、王は“呪術返し”で自分が死ぬことを恐れたのだ。
だからこそもぐりの呪術師を手配した。無論王ではない。王の代わりにそれを成す者たちが手配したのだ。そうして臆病な王は自分よりもはるかに危うく自信を脅かすであろう存在、スザナの力を封じたのだ。
では、何故王はスザナを殺すことはしなかったのか?簡単である。俺がいたからだ。魔王の系譜の姫が産んだ俺がいつか自身に歯向かった時にスザナを生贄にして処分するために。俺に手を出せば同盟を結んだ魔物の国が黙っていない。だからこそ王は俺に手出しができない。しかしながら俺が王を脅かす存在であることには変わらない。
実際、原作小説の中では俺は王位を簒奪して暴君となる。そしてその後、スザナが俺を殺して王位に就く。まぁ、あの愚かな王の心配の種はぶっちゃけ当たっていたということだ。
しかしながらこの状態ではスザナは聖剣を手に最終的に王位を勝ち取ることはできまい。まぁ、王位に就かせる気もないのだが。俺が目論んでいる未来とは違う。
だがここでスザナを死なせるわけにはいくまい。ここは俺の魔力でスザナの力を封じる呪術を返すしかあるまい。
俺はゆっくりとスザナの手を握った。ここからゆっくりと魔力を流していく。
―――
―――ん。あれ、俺はどうしたんだ?
確かスザナに魔力を流していたはず?
はっ!
この俺がっ!悪逆王子のイザナさまが、居眠りだと!?
うぐぐ、一生の不覚っ!
そう言えばスザナは?
ハッとして顔を上げれば、そこには俺よりも1歳年下の弟の顔があった。
アッシュブラウンの髪に鬼灯色の瞳、目尻は少し吊り目がちだが、俺ほどの鋭い眼光はない。まぁ顔立ちは曲がりなりにも王族なので整ってはいる。しかしめちゃくちゃ凝視されている。目を見開いて俺を凝視している。
「ふん。ようやく目を覚ましたか、軟弱ものめっ!」
いや、先に目を覚ましたのはスザナなわけだが。俺が寝入ってしまうほどに魔力を使わせるほどの軟弱ものめっ!―――と言う意味だ。諸君。
「―――っその、申し訳ありません。殿下」
「―――っ」
素直に謝りやがって面白くない。暴君と化した俺にはがっついてきたくせして。
「貴様、この俺のことは」
「ひっ、も、申し訳っ」
「意味もなく謝るな!軟弱ものがっ」
「すみません」
原作小説の中ではバリバリのヒーロータイプだったくせに。現実では引っ込み思案のようだ。まぁあれだけ日々虐げられていればハスキのようになる可能性の方が大きいか。
「俺のことは“お兄さま”と呼ぶように」
「―――おにいさま?」
「そうだ!これは貴様にだけ呼ばせる名誉な呼び名だ。喜べ!」
ほら、よくあるだろう?溺愛する婚約者や兄弟にだけ呼ばせると言うやつだ。うん。ハスキにも呼ばせたいが、俺の名にはそう言う愛称とやらがないのだから仕方がない。
しかし弟ならば問題ない。“お兄ちゃん”“兄さん”“にーに”などの多彩な呼び名の中でもこの俺に相応しい呼称を選んでやったつもりだ。
「お兄さま」
もう一度そう呼んで、スザナは微笑んだ。
え?なにこれ。何か、めっちゃ庇護欲そそるっ!よく見れば割と人懐っこそうなかわいらしい顔立ちをしているじゃないか~!
勇ましく聖剣を振っている時には決して見られなかった表情。うむ!俺の処刑回避のための策戦ではあったのだが、割と溺愛するのも癖になりそうだな!―――そう思った今日この頃である。