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隠されたエピローグ

※おことわり


こちらには性的な表現、もしくは倫理面から不快感を与えかねない表現が含まれている可能性がございます。


どうぞその点を十分にご了承ください。



 なお、このエピローグは物語全体のイメージを一変させるものであるのと、実質『彼』を中心としたアナザーストーリーの位置づけでもあります。

 「試練の果実」本文のみでもれっきとした完結でありますので、ハッピーエンドで良しとされる方は、こちらは読み進めない事をお勧めいたします。


 亜由美……ゴメン。



 ベランダから揚々と歩いて遠ざかる亜由美を見届けると、俺は一目散に自分の部屋へと戻った。 まさしく、引き寄せられるように。



 こんな事になったのも、すべて『あの時』の気まぐれだった。


 いくらなんでもおかしいとは思っていた。 事あるごとに『ずっと一緒に』と口癖のように並べていた亜由美がいきなり別れを切り出すんだから。 だから俺は彼女の周りを調べて、彼女に何か俺に言えない問題に苦しんでいるんじゃないかと考えたんだ。


 休日や仕事終わりには極力亜由美の行動を追った。 言葉は悪いが、ストーカー行為そのものだ。 ただその甲斐あってか、思ったよりも早い段階で成果は得られた。 ある日の夜、案の定亜由美はおかしな行動を見せた。 かなり几帳面なはずの亜由美が、禁止されているはずの前日夜のうちにゴミを出しているのだ。 それに何だ、あの顔――暗くてわかり辛いが、明らかに痛々しい注射跡のようなものがいくつか見える。

 これは本当にただごとじゃなさそうだと思った。 彼女が去った後、俺はあたりに注意を払いながら、こっそりとそのゴミ袋を回収した。


 人気のない場所に移動して袋を開けてみると――紙くずに混ざって、なぜか生ものらしき『実のようなもの』が何個か入っていたのが相当に目を引いた。 果物にしては見たこともない外観だし、第一あの亜由美が、これを生ゴミでなくふつうの家庭ゴミとして捨てているのも腑に落ちない。 とりあえず爪で亀裂を作り、中ほどからそれを二つに割ってみた。 思えばこれこそが分かれ目だった。

 するとどうだ、今まで特に何の匂いもしていなかったその実らしきものから、喩えようもなく芳しい香りを感じた。 思わず、ここが真夜中の路地裏だという事も忘れて、花畑に寝転がるように大の字で倒れこむところだった。 あふれんばかりの芳醇さのなかに、どこか懐かしいような匂いを含んでいたようにも思った。 わずかに汁気を含んだみずみずしい果肉も、外側に負けず劣らずといった、思わず吸い込まれそうになる、魅惑の桃色と輝きに満ちていた。

 常識や理性はこのときすでに崩れ始めていたようだ。 少しも我慢するつもりなどなかった。 鼻息荒くその実をひと(かじ)りし、数度咀嚼(そしゃく)した。

 実を一口食べた、たったそれだけ。 なのにその時の俺の感情はもう、美味だとか、そういったものを飛び越えて、間違いなく自分の意識する『最高』のイメージを軽く振り切ったような感覚に占領されていた。

 漠然とした心地よい幸せを感じられるほろ酔いの感覚…… 血尿が出るほどの苦労の末に仕事を成し遂げた時の達成感…… 亜由美と愛し合う至高の瞬間……

 あらゆる意味における絶頂のイメージさえ、その瞬間に感じたものの前には足元にも及ばない、とさえ思った。

 急に自分の体が軽く健やかになったようにも感じるし、何より頭の中がとても整然としているように感じる。 細胞の一つ一つが、俺自身に喜びを伝えてくるように躍っている――そんな感覚すら大げさじゃない。 もはや全身が『性感帯』にでもなったように、内外からのあらゆる刺激が、その時の俺の精神を天国にも似た幻想的な(・・・・)空間へと導いた。 気づけば俺は人一人通りそうもない路地裏で、夢精して朝を迎えていた。

 実を直接食べたことと関係があるのだろうか――俺はなぜか、根拠もないのに、亜由美がその実を、自身の体から生んでいるのではないかと直感した。 我ながらバカな事を……とは思わなかった。

 実際、後付けの理屈を考えるにつれて、直感に対して矛盾がないように思う。 しっかり者の亜由美がこの実を生ゴミにしなかったのは、せめて爪や髪の毛のような普通のゴミとして扱いたかった『プライド』のようなものだったんじゃないか……? それにあの時のあいつの顔――あの注射跡に見えた部分から『実』が生えていたとしたら…… そう、昨晩の現実離れしたトリップぶりが格好の前例となって、これほどの飛躍した考えも想像の範疇に収まった。


 その時から、俺はやっぱり『亜由美なしでは生きていけない』と思うようになった。




――俺は自分の鞄から、合計4つの実を取り出した。 そして、目にしただけで昂る胸中、湧き出してくる生唾を、3回の深呼吸分だけ我慢したのち、獣同然に夢中でかぶりついた。

 何度経験しても飽きることなどない最高の感覚を享受するために。


 夢中で亜由美に実った果実をむさぼりながら、俺は泣いていた。 大きな罪悪感によってだった。


 俺は、お前にプロポーズした日、最低な嘘をついたんだ。


 本当にすまない。 あの時、俺がお前の中で『一番好きだった』のは、すでに……お前が死ぬほど嫌っていたあの実に変わってしまってたんだ。

 「お前が『そんな』になろうと、ずっとお前と一緒にいたいと思ってた」と言ったが、それも語弊があった。 『そんな』だからこそ、俺はお前から離れたくないと考えてたんだ。


 女性があんな目に遭うことの辛さ、男の俺にもほんの少しは想像できるつもりだ。 あの日お前が突然身を投げようとした時も、だからこそ止めるのが間に合ったのかもしれない。

 でも、本当にすまない。 それ以上に、『もったいない』という意識が先にあったんだ。 あまつさえ弱ったお前の心につけこむように、「お前のために生きる、だから俺のために生きてくれ」なんてセリフを悪びれもせず吐いた俺は、誰がどう見ても最低で姑息な男に違いない。


 そして最も救えないのは――最低を承知で、それでもいいから実を食べていたい、だから亜由美と別れたくない、としか考えていないことだ。

 亜由美と一緒に居るためなら、俺はどんなに優しくもなれるし、全力であいつを守ることを誓える。 ただしその動機はもはや、『実』という見返りのためだ。 あいつ自身の魅力だって決して()せてなどいない――でも、この実の絶対的な抗いようのない依存性の前にはどうしても霞んでしまうんだ。


 これが正直な気持ちだ。 本当に、すまない。




 4つの実は、あっという間に俺の中に納まった。 ボロボロと涙は流れるままだが、反面、頭は冴えている。


 『相思相愛にハッピーエンドはない』と言ったのは確かヘミングウェイだったと思う。 悔しいが、少なくとも俺達にとってはまったく的を射た言葉だった。

 亜由美は本当に俺のことを慕ってくれる。 それが俺には何より痛い。


 でも、そのかわり俺は彼女へのせめてもの誠意として、一つの覚悟を決めている。 双方の『事実としての』ハッピーエンドは無理でも、どちらか一方が犠牲を払うことで、片方の『主観的な』ハッピーエンドであれば実現可能――そう考え、実践しようとする覚悟だ。

 やることは簡単だ。 亜由美自身を愛している俺を演じるだけ、それだけのことだ。 それで亜由美だけは今後も幸せに暮らすことができるはずだ。 ただしそれは一生続けなくてはならないし、絶対に途中で悟られてもいけない。 これは、この実の虜となってしまった俺が生涯をかけて背負う十字架だ。



 しかし、ついさっきまで泣いていた俺は、今は満面の笑みを浮かべ、ほぼアトランダムに手足をバタつかせながらフローリングの床を泳ぎ回っている。 実の効果は最高潮に達している――夢のように幸せな気分だ。

 マンションの中に居ながらにして極楽浄土を飛び回る俺は、その間にも『亜由美を喜ばせるための嘘の言葉』が、何万通りも頭に浮かんだ気になっていた。

 ふいに、その中の一つを抽出し、開き直りと陶酔とに満たされた胸の中ではっきりと唱えてみた。




 愛する人へ――いつまでも、あなたと共に。








『試練の果実』


‐THE END‐



いかがでしたでしょうか。


皆様からすると、どうにも粗の目立つ駄文ではないでしょうか。


自分ではなかなか気づきにくいので、もしよろしければご批評などをぜひ頂戴したいと思っております。



最後になりましたが、本文ともども全文に目をお通しくださり、本当にありがとうございました。

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