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金糸雀と詐欺師  作者: かこ
かたはれ時の血濡れ鬼
1/6

壱 西洋街の神隠し(一)

 春のおだやかな風が千枝(ちえ)の白い頬をなでていく。千枝は主人の部屋に飾る早咲きの薔薇を選んでいた。より美しく咲いている薔薇を剪定ばさみで切り、刺を軽く削ぎ落とす。

 かごにつめた薔薇を満足そうに見つめていた千枝は屋敷の方へ顔をあげた。盆を持った従僕がこちらに歩いてきている。急ぎの用事があるのだろうか。

 嫌な予感がした千枝は人が気づかない程度に顔をしかめ、従僕から盆を受け取った。盆にのった封筒には『萩久保(はぎくぼ)(たまき)様』と綴られ、ほのかに広がる香りに千枝の目がすわる。

 品良く香る藤の香は独自に配合したものだと、説明した姿が脳裏に思い出された。

 千枝は思い出したくもないと示すように、もともと閉じられていた口を一文字に引き結ぶ。こっそりと蝋で固められた封印と名を一瞥して、予想通りの差出人にため息をつきそうになった。パラソルの下に置かれた椅子でくつろぐ主人の顔を盗み見る。

 艶やかな髪をマガレイトにまとめ、さくらんぼのような唇を楽しそうにほころばしていた。庭園で午後のひとときを楽しむ環《たまき》に千枝は申し訳ないと思いつつも控えめに声をかける。


「お嬢様」

「なぁに、千枝」


 環は膝の上の本のページをめくった。字を追う目は千枝を映さない。

 千枝は盆を環に差し出し、手紙を渡す。

 環は手紙を目にいれた後、本にしおりをはせ、テーブルに置いた。ゆったりとした動きで手紙を受け取り、裏の差出人を確認する。あら、と可愛らしく呟いた。盆にのったペーパーナイフで丁寧に封を切り、手紙を読み始めた。するすると文字を目で追い、読み終えたのか手紙を千枝に差し出す。

 いつもなら大事に封筒にしまって、手紙をしたためる準備を始めるはずだ。

 千枝ははかりかねて、無言で環の手の内を見下ろした。


「千枝宛だったみたい」


 環の口から思わぬ言葉が飛び出た。

 千枝は眉間に皺がよらないように気を付けながら、唸るように応える。


「私がこの中身を知る必要はないように思います」

「一文字も読んでないのにわかるの?」


 ころころと鈴を鳴らすように環は笑った。萩色の瞳が面白そうに細められる。


「貴女も読む必要があるわ」


 環は声音は穏やかだが、有無を言わせない態度で千枝を促した。

 観念した千枝は「失礼します」と一言詫びて、手紙を受け取る。目を通しながら、徐々に深まる眉間の皺。最後の一文字まで律儀に読んで顔を上げた。


「……()()、手伝えと」

「ええ、頑張ってね」


 放っておいても良いのではないか、と返しそうになって、千枝は黙りこんだ。

 差出人は、由諸正しき侯爵家子息。どんなに気に食わなくても、どんなに嫌でも、従わなければならない。


「私はお嬢様専用の侍女でございます」


 千枝は無駄な足掻きだとは分かっているが、言外にやりたくないと示す。


「そうね、その通りよ」


 困ったように眉尻を下げる環は、本当にあの人のことになると、とぼやいた。小さい頃から環に仕えてくれる冷静沈着な侍女は、環の婚約者のことになると明らかに態度が悪くなる。と言っても、環がそう感じるだけであって、周りの者はほとんど気づいていないだろう。それでも、環は千枝をたしなめないといけない。


「将来、一緒に暮らすようになる方よ」

「想像したくもありません」

「千枝」

「はい、お嬢様」


 一呼吸おいて、環は血色のよい唇をを開く。


藤堂(とうどう)直幸(なおゆき)様はわたくしの未来の伴侶です。断ることは許しません」


 にっこりと環は笑う。十六を迎えたにしては迫力のある笑顔だ。

 ふと、こういう瞬間に彼女が貴族の令嬢だということを千枝は思い出す。幼馴染のように長い月日を過ごしてきたが、千枝の境遇とは明らかに違った。

 千枝は年下の彼女を眩しそうに見つめ、環の面目と自分のわがままを天平にかける。嫌だとは、口が裂けても言えそうにない。


「謹んでお受け致します」


 千枝は深く頭を下げ、主に相応しい侍女の姿を取った。

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