やっぱり音が違う
カタッ トトッ カタンッ トトッ カタンッ トトッ
トトッ タタッ トトッ……
……やっぱりあの場所と音が違う。
毎日の通学でふと気がついた音。
満員電車に揺られながら、線路と車両が鳴らすリズムを聞いていた。
スマホの操作を止め、さらに耳をすませる。
急行でも各駅でも、音自体は変わらない。電車のスピードで再生速度に変化はでるけど、決まったリズムだ。そこに何かが混じったりはしない。
そろそろあの場所だ。
ホーム全体が弧を描いている、○×川駅が見えてくる場所。
そのゆるやかなカーブ。
カタッ トトッ カタンッ トトッ カタンッ トトッ
ゴィッ ゴィッ ゴィッ ゴィゴィゴィ……
普通じゃない、何かが違う音だ。
急行で素通りする駅を見送りながら、薄気味の悪さをおぼえる。
なんであの場所だけ違うんだろう?
擦り切れるような薄っぺらい音。
車両や車輪のガタつきとかじゃない。
あの場所だけが妙なんだ。つまり線路の歪みや摩耗?
曲がるとき車両もちょっと傾くし、その辺が関係してるのかも?
……なんか耳に残る感じで、気になるな。
* *
あれから通学の時に、意識するようになってしまった。
乗る電車が一本遅れても変わらず変な音は聞こえる。
あの場所の線路か、その下の砂利や枕木に原因があるのかな?
いつも乗っていた後方車両だと異音が長く聞こえるし残るので、
必ず一両目に乗るようにした。その方が音はすぐ遠ざかる。
毎日聞くんだから慣れればいいんだけど。
カタッ トトッ カタンッ トトッ カタンッ トトッ
トトッ タタッ トトッ……
線路と車両が鳴らすリズムはまだ変わらない。
もうすぐ急行で通り過ぎる。変わるのはそこへ差し掛かるところ。
……そういえば先頭車両の運転席からあの場所を見た事無かったな。
たまたま押し込まれた、この位置なら見えそうだ。
カタッ トトッ カタンッ トトッ カタンッ トトッ
ゴィッ ゴィッ コィッ コィコィコィ……
んん?
いつもより、音がはっきり聞こえる。
擦り切れるような、薄っぺらい音。
なんか……
ガダッガダガダガダガガガッ!
激しい揺れとブレーキ音。
横に振り回されたと思った瞬間、衝撃があった。
まわりの人たちが弾かれたように真横にスライドする。
当然自分も。
右側へ人が流れ、自分がその人たちに体重を預け、後ろの人が乗っかって来る。
骨が! いた、痛い!
車両の傾きが戻るにつれて、押されていた力が緩む。
倒れた人はいない。満員だったから。
でも痛い。右側にいた人はもっと体重がかかってただろうけど。
先頭車両が通過駅に入ったところで、電車は止まった。
『ただいま、この電車は脱線事故を起こしました』
『外に出ると大変危険です。緊急てい……指示が……お待ちください』
そんな言葉が続けてアナウンスされた。
車内のざわつきで、聞き取れない箇所がある。パニックにはなっていないが、ケガをした人や眼鏡が外れた人の声がでかい。
というより後方の車両の方がうるさいな。
泣き叫ぶ、必死な感じ……
窓から外を見て、ギョッとした。
車両ごと線路から飛び出して転がっている。
何号車かは判別できないけど、少なくとも三つ分の車両が見える。
その中で人が……もぞもぞと蠢いていた。
先頭車両のドアが開く。
逃げるように離れる乗客とは反対に、自分はその場所から動けないでいた。風通しはよくなったのに汗が噴き出て来るし身体のふるえが止まらない。脱線して横になった車両を眺めながら、ぼんやりと耳に残っている残響を思い出す。
線路と車輪が鳴らすリズムにまぎれた、擦り切れたような音。
ノイズ混じりの音が、鮮明になっていく。
はっきりと聞き取れたあの時、ふっと頭をよぎったイメージがある。
やっぱり音が違う。
なんか……たくさんの声みたいだった。
ちょうど向こうの事故車両から聞こえてくるような……
こいッ こいッ こいッ こいこいこい……来いッ!