episode 05 雪原の王国
あれから数日、ウィンシェス王国に入ったあたし達に待ち受けていたのは魔者でもなければ国の兵士でもなく、圧倒的な寒さだった。
「なんて寒さなのよ、ここは!!」
「あぁ、吐く息が白いなんて私は初めてだよ」
「お、おお、お嬢様、凍えてしまいそうですぅ」
あたし達三人の軽装に比べ、洞窟に隠れていたフレイは少しばかりの寒さ対策が出来ていたようで弱音を吐くことは一切なかった。
「こ、こんなことなら服を買っておくべきだったわね」
「全くだ。
店で厚着の服があったのはこの為だったみたいだね」
「ええ。
素通りしないで店主にきいとけば良かったわ」
「も、もう少しで街があるんですよねねねね」
「ミーニャ、歯をガタガタさせないで普通に、
話してよ、よよよよ」
「お、おぉお嬢様もなってますからっ。
すぐに服を調達しましょうぅぅ」
「その後はすぐに熱いお湯でも浴びることにするわ。
ととと、とにかく早歩きで行くわよっ」
「あ、ぉお嬢様?
白い物が空から、何か」
「え?
あ、あら、ホントねねねねね」
「知らないのですか?
それは雪というのですよ」
体を震わせるどころか歯もガタガタさせないフレイが軽やかに言い放つと、初めて見た雪に三人共手を前に出していた。
「ここここ、これが噂に名高い雪というのね」
「雪が降るとはこういうことなんだね。
船乗りのヤツに聞いたことはあったが、あいつの話は嘘だったよ」
「ウソって何を聞いてたの?」
「まるで幻想の世界にいるように美しく舞い踊る感じだとさ。
幻想的でもなければただ寒い中に冷たい物が落ちてくるだけじゃないのさ」
「あたしもテティーの意見に賛成だわ。
何が悲しくてこんな寒く冷たい中を歩いてるのかって思ってるわよ」
「わわわ、私は綺麗だと思いましたが、雪を見た分だけ寒く感じますぅ」
三人で体を縮込ませ二の腕を擦りながら急ぎ足で歩く姿は途轍もなく滑稽なのだろうが、この際に到っては見た目など気にする余裕など微塵もなかった。
「ひ、昼間で良かったわね。
こんなの夜じゃ想像も出来ないほどだと思うわ」
「だろうな。
涼しい海上でも夜じゃ冷えることがあったくらいだ。
こいつが夜なら火を点けるところで歩きも出来なかっただろうさ」
「火?
それよそれ!!
もう人の目なんて気にしてらんないわ。
松明が二本あるからそれに火を点けて持ちましょ」
昼間の街道で松明を燃やすことは滅多にみられる光景ではないだろうが、そんなことをいつもは躊躇するミーニャがそそくさと背負い袋から松明を取り出した。
「よ、よし。
あったかーーーーい!
これで本当の意味で一命を取り留めたわ。
あたしとテティーが前後で持つから間にミーニャとフレイが入って。
あーーーー、火があるだけでこんなにちがうのね」
「ふ、ふ、ふぅ。
お嬢様の名案で街まで辿り着けそうですね」
「いっつもミーニャが恥じらいがどうだとか言い出すもんだから、全く頭になかったわよ」
「わ、私のせいですか!?
お嬢様は人目を気にしなさ過ぎるからですよ。
この際は人目を気にするよりも命ですから」
「あたしのは常識に囚われないってことなの。
人目を気にしてたら出来ることも出来ないじゃない。
命の関わり以前にどう生きるかでしょ」
「それと人が往来する前を布切れ一枚で歩いたりすることは違うんです」
うん、そんなことは何度かあった気はするが、別に隠してるわけだから良いではないかと思ってたりする。
「恥じて生きられないって言うくらいなら裸で切り抜けたりでもするわよ。
そういう時は緊急事態なの」
「他の手も考えて欲しいんです」
「あの、喧嘩はそのくらいに……」
「あぁ、フレイ。
こいつらのことはいつものことだから気にしなくて良いよ。
私もやっと慣れてきて、ほっとくことにしてるからさ」
そういえばテティーアンは最近になって、あたしとミーニャの間に割って入って来なくなっていた。
それはこういうことだったのかと軽く二度程頷いた。
「な、アテナも頷いてるだろ?」
「え?
あ、あぁ、それで頷いたわけじゃないんだけど……。
ま、良いわ。
ほら、やっと街が見えて来たわ」
ウィンシェス王国に入って三つ目の街、ウィンタニア。
その後ろにそびえ立つ山の頂上付近は白く覆われ、山間の街に寒さを届けているのは一目で分かるほどだった。