episode 38 進軍作戦
刻一刻と逃げる時期限界が迫る中、ようやく一人二人と地下から出て来ると急かすよう声を上げ、最後にはヴェルサムの姿を捉えることが出来た。
「遅いわよ!
けど、今ならまだ間に合うから砦へ急ぎましょ」
「さすがに急なことだったからな。
行くとしよう」
駆け足の集団の最後列に回るとチラリと戦況を確かめた。
撤退を決めているだけに後退は早く、もう外壁付近まで押し寄せている。
「脇見をしないで真っ直ぐ砦へ行くのよ!」
女子供もいる真夜中で走れなんて言えるわけもなく、とにかく早く前へ進んでもらうよう声を掛けるしかなかった。
喧騒も聞こえなくなった頃合いを見計らい、歩いたり休んだりを繰り返し砦へ着いたのは朝日の昇る頃だった。
「ティル!
みんなを連れて来たわよ」
「おお!
ご苦労だった。
ファーサも無事で何よりだ。
おい、誰か!
客人達を地下へご案内しろ」
「あなたがテイルウイング卿でしょうか?」
「そういう貴殿は?」
「オレはアルザドの民の纏め役のヴェルサムです」
「あぁ、貴殿がリーダーと。
これはこれは私の命に従って頂き感謝致します」
「従うも何もああなった以上は我々に逃げる他ないのですよ」
「皮肉だとしても受け入れ謝罪致そう。
ただ、本来であれば貴殿らに迷惑を掛けることなく、貴殿らの未来を創る為だったと理解して頂きたい」
「ええ、聞かせて頂いた。
しかしまた、失敗するなど考えていなかったのですか?」
「それもこれも魔者と契約していたら話は別ですよ。
アテナ、あんたらにも迷惑かけたからな、話しておくべきだろう」
「魔者にやられた傷のことね」
「オレは問題なく王室へ辿り着くと王に向かい剣を差し向けた。
すると『竜をもって空を制したところで陸はどうする?』と尋ねられてな。
少なからず魔術を使役する者がいる今、空を制したところで戦況が大幅に変わる訳ではない、と言いたかった事は直ぐに考えついたが、忠義に厚い兵を配備することは言わずもがなだが、そもそも戦争を起こさないようにするべきだと訴えた。
だが王は『どれだけの兵士が必要だ、命には限りがあるのだ』と。
そんなことは明白故に剣を持つ手に力を込めると、何やら魔言の様な言葉を発し始めた。
魔術の類いかと身を固めたが何か起きるでもなく一瞬気を緩めた直後、背後に気配を感じて咄嗟にその場を離れるも腕を切り裂かれ、振り返ると異形の魔者がその場に立っていたのだ。
そして王は『だから最高の駒を用意することにしたのだよ、誰も悲しまず湧き出る命ある駒を』と」
「何らかの方法で魔者と契約して、自在に魔界と繋げる様にしたのね」
「ああ、王は正気の眼をしていたからな。
オレはそれで全てを悟り、今戦うべきではないと判断したってことなのさ」
「一体だったから良かったわね。
それで複数呼ばれていたら『知られたからは消えてもらう』とか悪者の台詞を吐かれていたでしょうに」
「いや、一体とは言ってないぞ。
あの場には四体の魔者が現れた」
「え!?
それでも逃げて来れたって?」
「はんっ!
これでも騎士候だからなっ。
ただ、どうやら一遍には呼べないらしく、直ぐに魔界との繋がりは消えていたからな」
「だとしても脅威であることには変わりないわね。
それで強力な魔者でも出てきた日にはってことよね」
「ああ、それと軍隊を作るほど呼ぶにはそれなりの刻が必要だってことも分かったからな、こちらとしてもそれなりに猶予はあるってことだ」
「だからと言って放っておける事でもないわね。
魔者を支配下に置いて人間が果たしてその地位を保てるのかも分からない。
これじゃあ魔人王の統べる国と噂が立ってもおかしくないし、他の国々もこの国を包囲するでしょ」
「そこなんだが、少し考えがあってな。
ヴェルサムと申されたか?
貴殿らにも力になって頂きたいのだが」
「何か策があると?」
「ここの砦は我らレイラ王女派が占拠しているが、隣街であるアマンドは現王派が駐留している街。
今回の事があの街に知られたら帝都との挟み撃ちを必ず仕掛けて来るのが現王のやり方だ。
その前に我らでアマンドを支配下に置く」
「撃たれる前に撃つ、と。
だが、我らには戦える者はさほどいないぞ」
「未来に地上で平穏に暮らすことを恐れない者だけでいい。
それ以外はアマンドの民を安全な場所まで避難誘導して頂きたいのだよ」
「なるほどな。
命を賭けるのはあくまで兵士のみで良いと。
それならば協力を申し出てくれる者もいるだろう」
「それにあたし達も参加しろって?」
「いや、あんたらには行くべき場所があるのだろ?
それはしなきゃならない。
竜の卵なんざ人間の持ち物じゃないからな、それで竜に復讐なんてされたら魔者どころじゃぁない。
そこでだ、ウィンシェス王国へ行くのだろ?
それにオレも付いて行く」
「えっ!?」
砦を率いて此処にいるのではないのかとの驚きと共に詳しく話していないハズなのにそこまで予測が出来ていたのかとの驚きだった。
「王に会い協力を求める。
得られずとも内乱中に攻めて来ることはなくなるだろうさ」
「確かにウィンシェスには行くし船を借りに行かなきゃならないから王都に行くしかないんだけど。
大丈夫なの?」
「大丈夫も何もレイラも連れて行く。
その方が暗殺もされにくいし信用も得られる。
ただ、な」
「ただ、何よ」
「まだ説得が出来ていなくてな。
彼女は知っての通り戦争が嫌いだ。
兵士一人にも死んで欲しくないんだよ。
それが今や戦争の中心にいる、納得するわけないんだわ」
「ま、まぁ当たり前よね。
いかに争いを無くすかを考えてた人なんでしょうに、それが渦中にいるんだから。
それなら納得するまで待つ?」
「いや、それだとアマンドへ連絡が行っちまう。
アマンド進行は明日の昼。
これは変わらない、それで確実に落とす事が出来る。
だから明日の朝にはウィンシェスへ向かう、それまでに必ず説得はするさ」
「分かったわ。
あたし達はそれで大丈夫、早めの行動をしたかったし」
「我らもどれだけ参加出来るか分からぬが、今から声は掛けておこう。
我らの悲願は地上で平穏に暮らすことだからな」
「纏まったな。
なら、今から地下へ案内しよう。
アルザドと違い快適に過ごしているだろうからな、窮屈さはあるだろうが」
ティルに案内された地下はしっかりとした造りで灯りも比べ物にならない程灯されていた。
部屋がいくつもあり、大部屋も三つ用意されておりアルザドの住人が全員居ても寝床には困らない程であった。




