episode 36 七色の卵
ファーサがあたしの後ろに姿を隠すとあたしの顔の直ぐ横を何かが通り過ぎ、槍を構えた兵士は左足を後ろに引き地面に横たわった。
近づくと足にはナイフが刺さっており、直ぐにファーサは引き抜くと異変に気づいた他の兵士に体を向ける。
「どうやって切り抜ける!?」
「アテナは牽制しながら兵士の武器を黙らせておいて。
私の体術でどうにか不殺を試みるよ」
「分かった!
ファーサは思いのままにやっちゃって、後退しながらね」
「言われなくともね。
少なくても十人は居るだろうから気をつけな」
言ってる間にファーサは二人の兵士に短剣を投げつけていた。
あたしは数歩遅れて来る兵士に狙いを定め兵士の剣をいなすと、横からテティーが上段回し蹴りで頭をふっ飛ばした。
「私の前に跪きな!」
兵士は立てなくなったのか地面に剣を突き刺し膝を震わせているところへ、テティーは追い打ちで顔面へと横蹴りを食らわせた。
「や、やり過ぎじゃない……?」
「こいつらは私らを殺しに向かってきてんだから、良いの良いの」
竜舎からまたも数人姿を現し同じように牽制しながら後退を少しずつ繰り返していると、無傷とはいかなかったが突然兵士達は動きを止めその場にへたり込んでいた。
「ふぅ。
フレイの術が完成したようね。
にしても、そんな体術どこで身に付けたの?」
「元々踊り子から海賊になったからね。
荒くれ連中相手に舐められないようカルディア相手に覚えたのさ。
護身の為ってやつさ」
「素質があるって羨ましい限りだわ」
「今度落ち着いたら教えてやるよ」
「それは有難いわね。
おっ、来た来た。
上手くいったようね、フレイ」
「ええ、範囲内で的を絞るのに苦労しましたが」
「あ、あたしらにも効いちゃうかもだったのね。
それで、持続はどれくらい?」
「あまり長くはないですが、夜が明ける頃までは大丈夫でしょう」
「なら、とりあえずは落ち着いて行こうかしらね。
それでお目当ての物は?」
「多分こっちだろう、静かに付いて来な。
竜が暴れないように」
厩舎にいる馬だって騒いでたら暴れるかもしれないのに、ましてや竜だとなると未知ではあった。
ファーサに従い自然と忍び足で竜舎に入ると馬六頭以上であろう大きさの仔竜がところ狭しと並んで此方に目を向けている。
動揺を隠しつつ暗がりの竜舎を奥へ奥へと進むと一ヵ所だけ竜の居ない柵があり、中には敷き詰められた藁の中心に小箱程の大きさの彩り鮮やかな卵が据えられていた。
「あれ……が、竜の卵……」
想像を越えた美しさを放つ卵に言葉が出ず、誰もが動けなくなっていた。
「………………。
卵って言うし、白竜の卵なんだからてっきり白い物だとばかり……」
「……想像を絶しましたね、お嬢様」
「そうよね、ミーニャも同じように思ってたでしょ?
まさか、こんな形だとは……」
「あれだろ、お嬢ちゃん方が探していたのは。
なら、さっさとした方が良いよ。
敵地のど真ん中に居るってことを忘れないようにね」
「あっ!
そうだったわね。
なら早速返して貰いましょうか」
柵を乗り越え卵を両手で持とうとするも大きさと竜の概念からは想像も出来ない程に軽く、片手で持てる程の重みだった。
「こ、こんな軽くて良いの?
ホントにこれ?」
疑ってしまうのもムリは無いとテティーに手渡すも全く同じ反応であった。
「これ、だよな?」
「でしょ?
とは言ってもこれだけ雰囲気作っておいて違うってことでもないだろうから、これなんでしょうねぇ」
「だねぇ。
間違いというのも考えにくい状況だしな。
これで合っているんじゃないかい?」
「……ん。
これで間違いない。
決めた。
あたしが決めたんだから、これは竜の卵。
てなわけで、ミーニャに預けておくわね」
「え、えぇ!?
私ですか!
そんな大事な壊れ物を!!」
「仕方ないでしょうに。
いつ戦闘が起きても良いようにしとかないとなんだから、一番安全な人が持っておくの」
「わ、私は確かに戦えませんが……」
「心配要らないって。
ミーニャは絶対に守る。
そう約束してるし、いざとなればニールセンが盾になってくれるわよ」
「なっ!
それは盾にでも何でもなるが、他人から言われるとそれはそれでオレの命が軽く見られているようだぞ」
「ごめんごめん。
そんなつもりは少しないだけよ」
「ほぼ軽く見てるってことじゃないか」
「てなことで!
ミーニャ、頼むわね。
あたしらはミーニャを護る、ミーニャは卵を護って頂戴ね」
「そういうことであれば。
しっかり役目を果たします」
「よし!
なら、さっさとずらかるわよっ」
「まるで盗賊みたいな言い回し――っゲフっ!」
ニールセンの余計な一言のせいであたしの大事な拳がお腹に飛んでいった。
「もういいんだね?
あとは地下へ直行するよ、付いておいで」
最早仔竜が騒ごうがお構いなしにファーサを戦闘に竜舎を駆け抜け外へ出ると、来た道とは異なる別の道から地下へ目指すことになった。




