episode 34 王女レイラ
振り返った彼女は可愛らしくおしとやかさを醸し出していた。
「あら?
こんな夜更けに見ない顔ですね?」
「私達はテイルウイング卿の遣いで参りました。
レイラ王女にはここを離れ、我々と共にテイルウイング卿の元へ参じて頂きたい所存でございます」
リリ達は先程までの口調とはうって変わり、王族へと畏まった丁寧な言葉遣いで話すと片膝を付いていた。
「あら?
ティルのお連れの方々でしたか。
彼は元気にしていて?」
「はい、有り余る程に。
今は我々とは別の行動を取っておりまして、王女と共に合流することになっているのです」
「まあ!
それはそれはご足労でしたのね。
でもぉ、どうしてこんな夜分に?
私は眠りに付く準備までしているというのに」
「それと言いますのも、今外では戦闘が行われておりまして、ここは危ないとのことでして」
「ここは兵士の方々もいらっしゃいますから、安全だと思うのですが?」
「それはそうですが、衛兵も皆出払っているので安全とは言い切れない状況でして」
「だとしたら、それこそ外に出る方が危険だと感じるのですが?
ここは私の自室で他には何もないところ。
もし何かあっても今はここにいるのが最善だと思うのです」
ティルはレイラ王女の父である王の元へ行っている。
それは反旗を翻す為にだ。
そのことをレイラ王女に伝えてしまっては反感の意を唱えられてしまうと考えた上で説明しているのだろうが、ここまで聡明な王女であるならば最早伝えてしまった方が早い気がした。
「口を挟むようで悪いんだけど、今ティルは貴女を王へするよう貴女のお父様のところへ行っているのよ。
この外での戦闘もその為。
今、貴女を中心に物事が動き始めたのよ。
色々な思惑があるだろうけど、ティルに直接問いただすのが良いと思うから、あたし達と一緒に来て欲しいってワケね」
「ティル、が?
どうしてそのような……私を中心に戦闘が?
それは今すぐに止めなさい、王女命令です」
「……それは聞くことが出来ません。
いくら王女の命令だとしても、私らが仕えているのはテイルウイング卿個人でありますので。
そして、この戦闘を止める術は最早テイルウイング卿のみ。
戦闘ではなく戦争になってしまっているので」
「戦……争……?
私の知らぬところで兵士達が命を、命を落としているということですか?
今すぐティルの元へ案内して下さい!
私も着替えて直ぐに行きます」
「かしこまりました。
では、我々は外でお待ちしております」
うやうやと礼をすると、リリ達を追って部屋の外へと出た。
ここでは外の喧騒も特段聞こえてくる訳でもなく、静かな螺旋階段を前に不思議な感覚に包まれている。
「お待たせ致しました。
案内して頂きます」
「では、こちらへ。
お足元をお気をつけになって下さい」
可愛らしかった王女の顔は今では神妙な面持ちで、複雑な感情が入り雑じっていることが窺えた。
塔を出ると遠くの方が少し騒がしく、王女は現実を目の当たりにしたようで、ずっとそちらに顔を向けたままだった。
「テイルウイング卿はまだのようですね。
レイラ王女、ここで今暫くお待ち頂きますようお願い致します」
「ここで落ち合うことになっているのですね、分かりました」
ティルと別れた城の入口に程近いホールは静寂に包まれ、誰もが口を閉ざしていた。
と、二階へ続く階段の奥の扉が開かれるとティルが姿があり、こちらへ急いで向かってくる。
「ティル!」
「レイラ!
来てくれたか!」
駆け寄りながら話すティルの頭から血が流れ落ち、左半身を血で染めていた。
「どうしたの、怪我してるじゃない」
「レイラ、大丈夫だ。
そんなことより、事は大変な方へと傾いた。
お前ら撤退の準備だ。
お嬢ちゃん方は卵を取りに行くんだったな。
ファーサ、案内を頼む」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!
一体どうしたってのよ。
それにその傷、王と斬り合ったってことなの!?」
「お父様と!?」
「いや、そうじゃない。
レイラ、落ち着いて聞いてくれ。
王は王ではなくなっていた、このままではこの国ごと魔に呑み込まれるほどの事態だ。
だから、今はオレと一緒に来てくれ。
詳しくは後で説明する、頼む」
「あんた、その傷もしかして……魔者にやられたって……」
「魔者!?」
全員が予想だにしなかったことに驚愕の声を発していた。
「ああ、そうだ。
だが、詳しくは後だ。
お嬢ちゃん方も急いでくれ。
ファーサは竜舎へ向かった後、地下の者達も連れアルゴ砦へ行ってくれ。
そこで落ち合おう」
「分かったわ。
さ、お嬢さん方、こっちよ急いで」
事は急展開を迎え頭の中で整理が必要になっていたが、あたし達はあたし達のやるべき事を成さねばならなく、ファーサに続いて城を後にした。




