episode 02 エマ
優しい顔立ちで軽く笑顔を作った彼女は、アリシアお姉様と共に行動していたのを覚えていた。
「あなたは――エマ!?」
「覚えていたのですね。
私も覚えていますよ、アテナ」
「アテナ、知り合いかい?」
「そう!
ちょっと昔の話だけど、少し関わりを持ったことがあるのよ」
「ふーん。
私はテティーアン、立ち話もなんだから座って」
「こっちはミーニャね。
ささ、座って」
ミーニャも挨拶を交わすとエマは差し出された椅子に深く腰をかけ、笑顔を絶やすことなく次の言葉を待っているようだった。
「さっきはありがとね。
エマが居なきゃ処刑されてるところだったわ」
「どうやらその様でしたので、助力させて頂きました。
何故この様な場所で処刑などと宣告を受けたのです?」
「それよりもよ!
エマがいるってことは、アリシアお姉様も一緒に――」
「いえ。
アリシア達は先へ行きましたので、もうこの国には」
「え!?
そうなの?
じゃあ、この国にはエマしかいないってこと?」
「私は調べ物がありましたので後から追うということになってますから。
ともなれば、アテナはアリシアを追ってこの国に?」
「そうよ。
どうしても会って確かめたいことがあるの。
色々調べてこの国に来たことまでは分かったけど、なんだか変なことに巻き込まれちゃってね」
「変なこと?
先ほどの口振りでは訳もなく処刑にされるとのことでしたが?」
「あるっちゃぁあるし、ないっちゃぁないのよね。
森にある洞窟の傍で立っていたら兵士に連行されたのよ。
何かしたわけじゃないのよね、本当に洞窟から出て立っていただけでさ」
「森というのは街から直ぐの森ですね?
それで洞窟には秘密にしたい何かあったと」
確信を突かれ少し驚いたが、エマならば信用出来るだろうと話す決意をした。
「それがね、エルフがいたのよ。
一人だけなんだけど、隠れ住んでいるみたいでさ。
どうして居るのかとか聞く前に兵士の声がしたもんだから外に出てたってことなんだけど」
「なんとも興味深いですね。
亜人界のエルフの里に帰ったと言われ人間界には居ないとの話でしたが。
この国ではエルフについて色々と調べているようで、文献も相当な数がありました。
ですが、少し過激な内容もありまして、実験を重ねなければとのことも書かれていましたので、このままでは危険が及びかねないかと。
そこで、その場所に私も連れて行っては頂けないでしょうか?」
それにはどうして良いのか分からなかった。
あまり他人を連れて行かない方が良いとも考えるが、国に見つかるよりも信用出来るエマならば良いのかと思いを巡らせた。
「アテナ。
この国の者ではないし、他言無用ならば良いんじゃないのかと私は思うが」
「んー、そうよね。
ここまで話しておいてってのも変だし。
あたし達にはどうすることも出来ないし……良いわ、約束ってことで案内するわ」
「ありがとうございます。
約束は守りますわ。
では早速ですが、案内をお願いして宜しいですか?」
「善は急げってやつね。
なら早速行きましょ」
あたし達は追想の茶亭から街を出ると少し行ったところの森へと入る。
まだ日があり、木々の間から射し込む明かりと小鳥の囀ずりを聞きながら、うろ覚えではあるが洞窟へと向かった。
「確か……この辺りだったはず。
……そうそう、あそこよ」
草木に隠された入り口は非常に分かりづらく、一度来ただけでよく見つけられたもんだと思った。
「ねぇ、エルフさん、居る?
さっきのあたしよ」
警戒されまいと入り口から話しかけながら奥へと向かうが、何も返事はなかった。
「大丈夫よ。
取って捕まえに来たわけじゃないから。
身を案じて来たのよ」
微かな焚き火の灯りが見えるとその奥には人影が映し出され、まだ居ると安堵の気持ちが沸き上がる。
「居るなら返事くらいしなさいよね。
さっきは挨拶もなかったけど、あたしはアテナ。
もしかしたら何かの手助けが出来ると思ってね」
「……私はフレイ・トーラ……」
フードを外し名乗ったエルフは綺麗な銀髪と特徴的な耳を晒し、細く少しつり上がった目尻も印象に残る顔立ちをしていた。
「フレイはどうしてこんなところに?」
「……帰れなくなったんです。
興味本位で人間界に来たものの、人間に追われ亜人界への入り口が無くなってしまったのです」
「なるほどね、要するに迷子ってことか。
亜人界への扉はあたしも開け方を知りたいのよね、知り合いに人羊がいるもんでさ」
「やはり人間には手立てがないのですか……」
「エマは知ってる?」
「そう――ですね。
知らない訳ではありませんが。
それをお教えする前に少し宜しいですか?」
「どうしたの?」
「少しばかり研究の為に血を分けて欲しいのです。
指先で構わないので」
何の研究かとも思ったが、エマは博識であり魔術に精通していることもあり別段違和感は感じられなかった。
「……亜人界に帰れるのなら」
フレイはゆっくりと細く長い指先を差し出すと、エマは懐から短刀と小瓶を出し指先を切りつけた。
「っつ――」
痛みから漏れた小声は静かな洞窟に響き、指先から零れる血を小瓶で受け止めていたのだが。
「待ちな。
何を隠してる」
「テティー!?」
何が起こったのか、テティーアンは言葉と同時にエマに剣を差し向け、あたかも悪人を相手にするよう睨み付け見下ろしていた。




