episode 27 檻の中の魔者
腐街アルザドに入り丸二日。
いよいよ帝都アルザラに侵入する刻となった。
「アルバ、道案内頼むわね。
しっかりやるのよ、しっかり」
「へぇへぇ、分かってるよ。
但し、あんたらが魔者と遭遇したら格子の外に出てるからな」
「ええ、良いわよ。
戦いには期待してないから。
ついでにミーニャも宜しく頼むわね」
「ふぇ?
あんたは戦わないんだ」
「私は何も出来ませんから。
ただの荷物持ちですよ」
とは言っているが、どんな魔者や魔人が来てもミーニャとは違う誰かの力があれば一番頼りになると、あたしは感じていた。
「それじゃ行きましょ」
アルバを先頭に地下道を進んで行くと、一層明るくしっかりとした石造りの下水路に出た。
「明るさがまるで違うわね」
「ここは古くからある下水路だからね。
灯りも魔法に因るもので、人に反応して明るくなってくれる仕組みなのさ」
「スゴいわね。
昔は強力な魔法を使ってたって言ってたけど、こういうことまでしてたのね。
灯りとかって|神秘術の類いだと思っていたわ」
「神秘術とはそもそもが違うらしいぞ。
魔法の灯りは火を使っているからな、こういった術は半永久的に消えることはないようだ」
「ニールセンも出来るってこと?」
「はんっ。
そいつは無理だな。
何分と魔法言語が失われているから、唱えようがないのさ。
文献でも残っていてくれたら話は別だが、生憎オレの耳には届いてなくてね」
「要するに失われた古代魔法の一つってことね」
あたしが知る限りニールセンも相当な魔術師であるに違いないが、それよりも更に高位の魔法を当時は使っていたのかと関心するしかなかった。
「その角を曲がった所にある格子が例の場所だよ」
「もう着くのね。
あたしも一緒に前を行きましょ」
二人並べるほどしかない通路で一歩踏み外すだけで流れる下水に落ちてしまう幅ではあるがだが、何があるかも分からない今は狭いなどと言っていられないだろう。
「まだ大丈夫だとは思うけどね。
さあ、あの格子だよ」
特に変わった様子もなければ、魔者が居るような感じもなかった。
「開けるからちょいと下がって、邪魔」
「はぁ!?
あ、あー……う、うん。
頼んだわよ」
言い終わるや否や、軽い金属音が短くなると格子は静かに少しだけ前に開いた。
「早っ!!
もう良いのね?」
「ああ、この先のどこかにいる。
それと向こうにも格子があるから逃げることになったらこっちに戻るしかないからね」
「なるほどね。
だったら!
あたし達はあんたを信用してるんだから、閉じ込めることなんてしないでよ?」
「するもんかいっ!
ヴェルサムの頼みだし、魔術師が居るんじゃ最悪は格子も吹き飛ばすことだって出来ると分かってるんだからね」
「ご明察。
オレの魔法ならこの程度は難なくだな」
「ニールセンに助けられたわね。
それじゃ、ミーニャを頼んだわよ。
何かあったら二人で帰るように」
「お嬢様!!」
「分かった、分かってるわよ。
何もないし、ミーニャのところに帰ってくるわ」
ミーニャの身を案じて言ったつもりでも必ず怒られるのは、ミーニャもまたあたしを案じてくれているんだと最近実感し始めていた。
「それじゃあ行くわよ、みんな」
格子を開け大広間ほどの広さがある石畳の上を慎重に進む。
広くなった分、前方は灯りは未だ点いていない。
「何か、居る?」
「ああ、居るね」
テティーの言葉通り薄明かりの向こうに光るものが数個。
そして奇妙で不気味な鳴き声が数回聞こえた頃には、あたしとテティーが短剣を片手に数歩先に躍り出た。
「蛙みたいなデカイのは雑魚だからねー!
他にヤバいのがいるからー!」
アルバの声が反響してくると水音の混じる足音と共に正体が露になった。
「デカっ!!
んで、キモっ!!」
下半身ほどの巨大な紫紺の蛙が三匹、跳ねながらこちらへ向かってくる様子は気持ち悪さしかなかった。
「アテナ、毒巨蛙はこっちで何とかする!
他の魔者と対峙してくれ」
「分かったわ!
頼んだわよニールセン、フレイ」
なるべく離れて駆け抜けようとすると、それに合わせて蛙も向かってくる。
「水の精霊!」
フレイの呼応が響き渡ると、どこからともなく現れた水色をした裸の乙女が蛙に対して水柱を浴びせかけた。
「行けるわ、テティー!」
「行くよアテナ!」
首を乙女に向けた蛙の隙を突き瞬時に通り過ぎる。
「この奥に居るわ!」
「ああ、聞こえてるよ」
それは鶏の鳴き声にも似つつ、どこか竜を彷彿とさせる唸りが小さく聞こえていた。
そして、大広間全体に灯りが点ると鶏の頭をした人の丈ほどある魔者が姿を現した。
「鶏竜翼蛇!?
アテナっ!
そいつはマズイ!
視線を絶対合わせるなっ!!」
「なに、ニールセン!?
どういうことっ!?」
「視線を合わせたら死ぬ!
咬まれても死ぬ!
どうにかして戦うしかないっ」
離れたところからの助言は訳が分からなかったが、互いに突っ込んで話せる状況ではなくなっていた。




