episode 10 過去の因縁
ちらちらと降る雪の中、徐々に近くなってくる人影は俯きながら歩く男性だと見てとれた。
「なんだか暗い雰囲気してるわね……。
頭にも雪が積もってるし……。
ん?
どっかで会ったこと……」
俯いてるせいで顔まではっきりとはしていないが、背格好からどこか見たことのあるような錯覚を覚えると、あと数十歩ですれ違うかというところで向こうも顔を上げると目が合った。
「あーーー!!
あんたっ!」
「……ん?
あっ!?
どうしてこんなところにっ!?」
「は?
どうしてもこうしてもないのよ、こっちは。
あんたこそよくあたしの前に顔を出せたわね!」
「それは偶然だろ!?
いや、偶然というなの必然、これこそ運命ってことか!」
「偶然なのよ!
どうしてそんな根拠もない前向きな考えなの」
「根拠なんてないだろ、運命なんだから。
やはり、僕と君は結ばれる運命なのさ」
「どこで捻れたらそんな解釈になるわけさ。
そもそもなんでこんなとこを歩いてるのよ。
向こうには魔人の村しかないはずでしょ」
「……君と離れ、憂鬱に暮れながら運命の導くままに歩いていただけさ」
わざとらしく髪を掻き上げて空をみつめているが、一瞬泳いでいた目を見逃すはずはなかった。
「迷子ね?」
「ま……ふ、そんなわけないじゃないか。
運命に導かれたからこそこうして出会うことが出来たのだから」
「んー、一つ良いことを教えてあげるわ。
運命も必然も偶然も本人にとって都合の良い言葉なだけで、それが決まっているのか決まっていないのかは神のみぞ知るってやつなのよ。
それにね、もし運命として決まっているとしたらあたしがひっくり返してやるってのよ」
「それなら今度は僕が勝って君と結ばれる運命を覆すとでも?」
「またやるの!?
冗談!
こっちはそんな暇ないの」
「勝負ならすぐに決まるだろ。
さあ剣を抜いてくれ」
「いやよ、面倒くさい。
それにミーニャを拐っておいて、よくもぬけぬけと言えたもんだわ」
「根に持っているのかい?
あれはあの時に片が付いただろうに。
けれど、勝てば君と結ばれる約束はまだ終わっていないだろう」
と、鞘から勝手に剣を引き抜き眼前に構えた。
「それも終わった話なの!
それにその、あたしが女々しいような言い方は気に食わないわね。
……あー、面倒くさい!
良いわよ、やってやるわよ。
こんな話してる暇も勿体ないし、寒いだけだわ!」
堪らずあたしも剣を引き抜く。
レディに貸した剣の代わりに、海賊の宝の中でも何かしらの魔法が付与されているであろう少し赤みを帯びた剣身の剣があたしの手に握られる。
「いつでも良いわよ。
早いとこやっちゃいましょ」
「負けても言い訳なく僕と結ばれる約束だからな。
では」
二歩三歩と後ろに下がると互いに剣を構える。
距離にして剣先が触れるかどうかというところで粉雪の間から目線を合わせると、同時に半歩前に出て剣先を合わせると互いに一歩ずつ距離を取った。
半身で構えたあたしは後ろ足を雪に深く潜り込ませた。
「行くよ!
君は僕のものだっ」
両手から片手に持ち替え剣先を下に向け突進してくるのは簡単に予測出来ていた。
「てやっ!」
あたしは構えていた剣を下げると腰をひねり、回し蹴りの要領で後ろ足で雪を撒き散らした。
「んなっ!!」
舞い散った雪で互いの視界は奪われたが、当事者のあたしは驚かなかった分だけ早く動くことが出来、相手の真横に移動することが出来た。
「うりゃぁぁ」
横に回った勢いのままに飛び蹴りを食らわすと、予期していなかった分だけ無防備になった二の腕に命中し、肩から派手に雪上へ身体が投げ出された。
着雪で足を取られたあたしは膝を着くも、片手を着きながら立ち上がり転がった彼の傍らで剣を向けた。
「はぁ、はぁ……。
どう?
あたしの勝ちでしょ」
身体を起こす直前に言われたことで驚きの表情であたしを見返している。
「うっ……。
くそ。
君の戦い方は攻略したと思っていたのに」
「正攻法だけが戦い方じゃないのよ。
目の前に在るもの全てが武器にも盾にもなるってことを知ってるからね」
「なるほどね。
ならば次こそは君を」
「いや、次とかないから。
もうその歪んだ愛情表現止めたほうがいいわよ。
あたしを振り向かせたいが為にミーニャを拐ったり、勝ち負けで結ばれようとしたりさ」
「いや、君が自分より強くなければ嫌だと言ったんじゃないか。
だから次は仔竜乗りになって君を負かしてやるさ」
「仔竜、乗り?
なにそれ?」
「知らないのかい?
ここの隣国である帝国が密かに進めている戦力拡大の騎士団、仔竜騎士団の噂を」
「知らないわよ。
この国だって少し前に来たばかりなんだから。
それに隣国の話なんてあたし達には関係のない話だから、誰もおいそれと話すわけないでしょ」
「それなら、まあいい。
次は死角のない空から勝負させてもらうから覚悟は決めておいてな」
「どうせ帝国には行かないから次はないけどね。
さ、これであたし達は行かせてもらうわよ」
「ああ、さよならは無しだ。
またな、愛しの君」
「あっそ。
じゃぁね」
最早振り返ることもせず、そそくさとその場を後にする。
面倒くさい上に無駄に体力まで使ったことに若干の苛立ちを覚えたが、テティーとフレイの気遣いとミーニャとニールセンの優しい笑い声で何とか冷静さを保てることが出来ていた。