プロローグ ハルベール王国からの使者
あたしの中での通称エルフ事件に巻き込まれたのは、レディと別れアリシアお姉様が北へと向かった手掛かりを頼りに色んな国で聞いて回り、色んな事に巻き込まれた後ハルベール王国に入った時だった。
「そうそう、あんたの国のハルベールに入った時から話は繋がっているのよ」
ソファーに座らせた兵士にそう話し始める。
立ったままエルフについて話を聞くと言っていたのだが、そんなに短い話でもない為に無理矢理座らせ、聞き逃すまいと話に耳を傾けている。
「それは……」
「あーっと、今から十何回か季節が巡った時だから……国王がまだ第ニ皇子だった頃ね。
確か、その後色々あって王位継承があったのよね」
「ええ、覚えております。
第二皇子だった頃はちょくちょく城を抜け出し、我らも困り果てておりましたから……いえ、その後はしっかりとなされてました」
これには苦笑いするしかなかった。
「フォローになってんだか、なってないんだか。
ここには国王も居なけりゃ、あたしがどうとか言わないんだから本音でいいのよ。
その方があたしも話しやすいから」
「分かりました。
では、そのように」
とは言っても胸の国章に手を当てがい恭しく頭を下げた。
「よろしい。
んで、あたしらはそんなの知ることもなかったもんだから王国内で赤髪の綺麗な女性を聞いて回っていたのよ。
そしたら王城に向かったとか聞いたもんだから直ぐ様王都に向かったのよ」
「赤髪の……もしや、アリシア殿ですか?」
兵士は目を泳がせ眉間に皺を寄せ問うが、そんな問いにこちらが驚かされた。
「よく覚えているわね」
「それはもちろんです。
あの様な綺麗な剣士で旅をしている方は中々におられませんから。
それに、今となっては赤髪の女王クレア殿の再来とまで言われておりますから」
そう、一介の剣士だった赤髪のクレアは炎舞の騎士と称されるまでになり、魔人王を討伐したことにより国王にまで上り詰めたのだ。
そんな女王のような赤髪を靡かせ、各地で華麗な剣捌きを見せつけ密命をこなしていることから、そんな名称が知れ渡っていた。
「流石よね、色んな国に名を轟かせているんだから。
それに今は魔軍との戦いに出てるってんだから、あたしとは格が違うのよ。
って、話が逸れたわね。
それで王都に入る直前、あたしと変わらないくらいの男子がぶつかって来たのよ。
慌てていたから理由を聞いたけど、とにかく追われてるから匿ってくれってね。
あたし達は--えっと、一緒に旅してるミーニャとテティーが一緒に居たんだけど、顔を見合せつつ仕方なしにフード付きの外套を着せて近くの茂みに身を隠したの」
「ここの話も国王へお話した方がよろしいのですか?」
鼻の頭を掻きながら他愛のない話ではないかと疑いを投げ掛けるが、あたしは後のことを想像し笑みを浮かべて答えた。
「した方が通じ易いし、多分笑ってくれるわよ。
エルフの事について聞いて来いって言われただけなら前後の話もあった方が良いわ」
「分かりました。
では続きを」
「茂みに隠れ少し間を置いた後、あたし達は彼の招きで後を着いていくことになってね、そこから少し離れた森の奥にあった小さな洞窟に案内されたの。
あたしは彼の隠れ家か何かと思って理由を聞く為に一緒に奥へと行くと、そこには女性が一人焚き火の前に居たのよ。
怯えた様子だった彼女に彼は『この人達は信用して良いから、大丈夫』と話すと顔を挙げこっちを見ると、目鼻がくっきりとして透き通る様な肌をしていたの」
「エルフ……ですね?」
「その通り。
耳の先端だけ尖り一目では分からないけど、雰囲気が人間のそれとは違ったわ。
この独特な雰囲気を持つエルフの女性を匿っていたのかと悟った直後、外から声が響いてきたの。
彼は彼女にここを動くなと言い、あたしらを洞窟から引っ張り出すと別々に逃げようと提案してきたわ。
でも、あたしらは逃げ隠れる道義がなかったもんだから、そのまま洞窟の外に居たのよ。
そしたら、木々の間から槍を構えた兵士があたし達を囲み、城まで連行される羽目になったのよね」
「なんとも理不尽ですね」
率直な感想に人差し指を立て兵士に突き付けた。
「でしょ?
兵士が来たと思ったら理由も言わず理由も聞かずに連行よ?
それも、あんたの国の兵士にね」
「それを私に言われましても……」
なんとも言えない表情を浮かべたおかげで、あたしの本当の気持ちを話す気になった。
「まぁね。
どの国の兵士も同じってことを言いたかったのよ。
違う国じゃ数日の間に二度も牢に入れられたしさ、融通が利かな過ぎるのよね」
「お察しします。
我らとて融通を利かせたいのは山々なのですが、なにぶん兵士長の命令には逆らえないですし、兵士長も騎士や国の命令には逆らえないですから」
「国ってのは個を捨てなきゃならないから、あたしには到底国仕えなんて出来なかったんだけど。
それでまぁ、連行されたあたし達は牢に入れられるよりも国王の前に引き出され、理由も分からずに処刑を言い渡されたのよ」
流石にこれには驚き口を開けっぱなしでいた。
「そ、そんなことがあったのですね。
理由も語ることなくなどと、滅多に……いえ、聞いたこともありませんね」
「今となれば国王の秘密主義もあいつが受け継いだのかなとは思うわよね。
でまぁ、ここまでがきっかけになるのかしらね」
エルフと出会い、大変なことになる前触れはここまでで、ここからが話の本筋になることで頭の中を整理する。
涼しい初夏の夕暮れに言い渡された処刑という重い言葉を思い出しながら。