二時間に及んだ男
男の物語は、二時間に及んだ。
最初に腰掛けた時は、そう長くは掛からないだろうと
高を括っていたが
いざ始まると、10分,20分,30分
60分,80分100分……
30分から60分の間には
相当の待ち時間も、含まれた。
この椅子に腰掛けて、ただ待つというのは
何とも言いようのない
不安が入り交じる
尻の座りの悪いものだった。
聞こえて来る音も、不安を煽った。
二時間が過ぎ、椅子から立ち上がった男は、
疲れ切った表情で挨拶をし
会計を済ませ、外に出た。
掛かってきた留守電のメッセージを聞き
折り返したが、上手く舌が回らず
短い会話も一苦労と言った有様だった。
恐らく、治療の為の麻酔が効いているせいと思われた。
男は、自分の口が他人の口に感じられた。
そして、歯科医の「検診はサボらずに受けて下さいね」的な
笑顔を思い出していた。