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逃走中

平明神たいら みょうじん)です。

最高に面白い小説を皆様に読んでもらいたいと、いま出せる全力で作った作品です。どうか応援をお願いいたします。


面白い、続きが読みたいと思われた方は当ページの下部にある部分から評価をつけて頂ければ幸いです。


※ いわゆる「なろう系」の作りではありませんので、地の文を読むのが面倒な方、一人称の文しか読まないという方にはお勧めしません。

「え?」


 急な提案。光太郎は言われたことが信じられず、聞き返した。


「だから、逃してやるって言ったんだ」


「でも、なんで急に……君はこの館で働いてるんでしょ?」


「働いてるからって、何でもかんでも報告する義務はないよ。それに―――あたいは、ポンシオが大嫌いなんだ。あいつが殺した人間の中には、あたいの友達もいた。だからいつか仕返ししてやろうと思ってたけど、いい機会だよ」


「そ、そうなんだ」


「でも、流石にバレるわけにはいかない。あたいも命は惜しいからね。だから、こっそり逃がしてやるよ。ついてきて」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「おい、新入りが逃げたぞ! 探せ!」


 館の中は蜂の巣をつついたような騒ぎだ。

 見つけたら縛り上げろだのお仕置きだの、さらには○○を使った○○だの、〇〇○を〇〇してやるだのと、とてもお子様と健全な読者諸兄には読ませられず、もっと言えば18歳未満閲覧禁止の内容が含まれているので、小説家になろうには投稿することは不可能なレベルの物騒な会話が飛び交っている。

 その騒ぎを、光太郎は狭い暗闇の中で聞いていた。身じろぎ一つせず。


「おいローラ! お前、新人を見てねぇか? えらい別嬪の女らしいんだが」


「見てないよ。あたいはずっとシーツを畳んでたからね。だからコレを今から各部屋に運ばなきゃならないの。急がないといけないんだ」

 

 下男の一人から呼び止められたローラは、(とう)で編まれた大きな籠が載せられた台車を押しながら不機嫌そうに答えた。


「おお、そうか。そいつは悪かったな。ていうかお前も大変だな、いっつも女たちに怒られて」


「ふん。別に大したことじゃないさ。それよりも、もう行っていい? さっきも言ったけど、急いでるんだ」


「ああ、いいぜ」


 どうやら何事もなく進めそうだ。ローラと光太郎はホッと安堵のため息を吐いた。


「あ、ちょっと待て」


 だが、立ち去ろうとしたところで再び呼び止められ、ローラの肩がビクッとした。

 ローラだけでなく、光太郎も。


「一応、念の為にその籠の中を改めさせてくれや」


「な、なんで?」


「なんでも何も、そん中に隠れてるかもしれねぇだろ。逃げた新入りの女が」


「な、なに言ってんの。い、いるわけないじゃない」


「だから念の為だって言ってんだろ。それとも何か? 見せられねぇ理由でもあんのか?」


「そんな事、な、無いって! ただ、あたいは急いでるって言ってるだろ」


 頑ななローラの態度に、下男の眉が次第に寄せられていく。


「怪しいな。まじでちょっと見させてくれ」


「あ、ちょ、ちょっと!」


 ローラを押しのけ、強引に男は籠の蓋を外す。

 現れたのは、白いシーツの束。そこへ男は、手を差し入れ弄るように調べる。 

 やがて満足したのか、男は手を引き抜いて 「悪かったな。行っていいぞ」 とローラを促した。


「だから言ったじゃないのさ」


 悪態をつきながら、ローラは急ぎ足でその場を離れた。

 台車の木製の車輪が回るコロコロという音が徐々に()()()()()()()、光太郎は息を殺しながら聞いていた。


 騒ぎは夕方まで続いた。といっても光太郎は体感時間でそう思っただけなので、実際はもっと長かったかもしれないが。


 きぃ……と扉が軋る音がする。

 音は聞こえない。だが、抜き足差し足忍び足で人が近づいている気配がする。

 やはり完全には消しきれない微かな足音が、光太郎の()()()()で止まった。

 僅かな間の後、ガタガタッと大きなものが引き摺られる音がして、さらにしばらく経ったあとカタっと音がして、光太郎のいる空間にごく仄かではあるが柔らかな明かりが差し込んできた。


「おとなしくしてたみたいだね」


 光太郎に掛けられた少女の声。ローラだ。


「うん、なんとかね。よっ、と」


 そう言って彼は、上半身を起こしてから穴から這い出した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「でも、流石にバレるわけにはいかない。あたいも命は惜しいからね。だから、こっそり逃がしてやるよ。ついてきて」


 そうしてローラが連れてきたのは、部屋の外───ではなく、同じ部屋の隅であった。

 彼女は隅に置いてあった一人用のテーブルを動かした後、テーブルが置いてあった場所の床板を剥がしだした。


「ここはあたいのヘソクリ部屋なんだけど、まぁ仕方ないか。───ほら、早く這入んな」


 促され、光太郎は床下にある空間を見た。

 剥がされた床板の下には、一畳ほどの面積、人が辛うじて寝れるだけの深さの空間があった。

 

「他の部屋は普通の石造りなのに、この部屋だけはなぜか木で出来てるんだよ。だからあたいはここを剥がして、将来のための準備品を、いろいろ隠してるのさ。この部屋はほとんどあたいしか使わないし、都合がいいんだ」


 なるほど確かに、床下の空間には幾つかの袋が置かれていた。とはいえ決してその数は多くはなかったので、男性にしては小柄な光太郎がなんとか隠れるだけのスペースは残っていた。

 


 そうして光太郎は床下に隠れたまま、騒ぎが収まるまで隠れていたというわけである。

 ローラが仕事を片付けるため部屋を出た瞬間、下男に籠の中身を怪しまれた時にはかなり冷や冷やしたものだ。脱出案の一つとしてローラに提案したばかりだったからだ。それはまだ危険だとローラに諭されて一度様子をみることにしたが、結果的にそれは正解だった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 そして真夜中。

 窓を開けて数枚のシーツを結んで作った即席のロープをたらし、光太郎は窓から身を乗り出す。

 ロープに手を掛ける前に、後ろを振り返ってローラを見遣る。


「ローラ、ありがとう。助けてくれて」


「別に……さっきも言ったけど、あたいはポンシオが気に入らないだけなんだ。それに……」


「?」


「あんたみたいな綺麗な男が、ポンシオたちの手にかかって命を落とすなんて勿体ないからね」


「はは……まぁ何はともあれ、ありがとう。この恩はきっと……きっと返しにくるよ」


 光太郎のセリフに、ローラはふっと笑うと、


「期待しないで待ってるよ、綺麗なあんちゃん」


 頷くと、光太郎はロープに手を掛けた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ロープを伝ってなんとか着地。腰を低くして、万が一にも窓から見つからないように進む。

 暗闇の中ではあったが、何故かほとんどの部屋に───光量の差はあれ───明かりが灯っていた。何故かと首を捻ったが、その理由は程なく判明した。

 一つの窓の下を通ったとき、その部屋から聞こえてきたからだ。


「あんっ! いいっ! いいのぉっ!」


 快感に喘ぐ女の嬌声が。

 暗闇に判るほど顔を真赤に染めた光太郎は、納得した。

 ここは娼館───女を求める男が集う館。

 となれば、夜に栄えるのは当然のことだった。

 ともあれ全くの暗闇ではないので、辛うじて周囲を視認する事が出来た。

 館は白い壁に囲まれており、壁に沿って歩くと、門が見えてきた。

 門は木製。外から内側を覗けないようになっている。

 しかも遠目にも太い閂が掛けられていて、容易に開門出来ないのが窺える。

 門の近くには門番の男はいるが、これは大した問題ではなさそうだ。椅子に座ってカクンカクンと船を漕いでいる門番は、もはや門番ではない。光太郎がこの男の雇用主なら怒り狂うところだが、生憎と光太郎は逃亡者という立場なので、ここは喜びにほくそ笑むことにした。

 実は、光太郎にとって門番が寝ていようが起きていようが大した違いはないのだが、リスクは低ければ低いほうが良い。

 中腰で草むらの影に隠れ、ゆっくり移動する。門の方へ。移動しながら注意深く、壁に五指を這わせながら。

 やがて、壁のひんやりとした触感が消えた。


(ここだ!)


 光太郎が暗闇に目を凝らすと、そこには暗い穴が空いていた。ローラに教わったとおりだ。

 実は光太郎が床下に潜り込む際、ローラに教えられていたのだ。壁の抜け穴を。


「あたいはその穴を通って、こっそりと夜、街に遊びに行ってるんだ。小さい穴でギリギリだけど、なんとか通れるから抜け出せるよ」


 自信たっぷりにドヤ顔で言っていたローラの顔が、今は小憎たらしい。

 なぜならばいま光太郎は、


「んぎぎ……」


 苦しげな声を上げ、必死に穴から抜け出そうとしていたからだ。

 確かに抜け穴はあった。径は小さいが、通れるのだろう。ローラならば。

 よく考えれば解ったことなのだ。少女として小柄なローラがギリギリというのならば、光太郎にはほとんど不可能に近いという事が。光太郎も小柄とはいえ、それはあくまで男性として、である。

 しかし。だがしかし。

 ここで諦めるという選択肢は存在しない。引き返すことは死と同義なのだ。

 上半身は入ったのだ。問題は引っかかっている腰部。ここをなんとかすれば、助かるのだ。

 真の意味で命がけで、身体を揺り動かし、少しずつ身体が穴から引き抜かれていく。

 

「ぐぅぅ……んなぁっ!」

 

 やがて、スポンっ!と聞こえてきそうなほど勢いよく抜けた。しかし、必死で踏ん張っていたため、気合の声が思わず大きくなってしまった。


「誰だ!」


 門番は内側だけでなく外側にもいたようで、光太郎の声を聞きつけて掛けてきた。

 

「あ、てめぇはっ!」


 なんと外側にいた門番は、光太郎を手篭めにしようとした男───ポンシオだった。

 なぜか彼の頭は丸められており、顔には青痣が幾つもできて腫れ上がっていた。


「ひゃあああ!」


「あ、こら、待ちやがれ!」


 涙目で駆け出す光太郎。追うポンシオ。

 実はこの時光太郎は、この男がポンシオだとは気づいていなかった。髪型も丸坊主になっていたし、ボコボコに腫れ上がっている顔が闇夜に浮かんできたのだ。普通にモンスターの一種だと勘違いして逃げ出しただけなのである。

 しかし逆にそれが、不幸中の幸いとなった。

 これがポンシオだと認識してしまったのならば、殴られたときの恐怖が蘇って身体が萎縮し、逃げるどころでは無かっただろう。



 ポンシオは鈍重な男で、決して足は早くなかった。だが光太郎はいま裸足で石畳の上を走っていたがために、思うように走れなかった。

 足の痛みに耐え、夜の街を駆ける。駆ける。

 走っているうちに、並ぶ家の格のようなものが次第に上等になっていくのを感じていた。

 幾つもの角を曲がり、やがて目の前に立派な邸が現れた。

 霧が漂う住宅街。たどり着いた先にあるこの邸は、その中にあっても一際大きく、そして品格があった。

 目についたその邸宅の、鉄の棒で出来た門に光太郎はしがみつき、大声で叫んだ。


「すみません! 誰かいませんか⁉︎ 誰か───助けてください!!」


 何度も叫んだ。しかし応えはない。帰ってくるのは静寂のみだ。

 いや、その静寂に少しずつ混じってくるものがある。近づきつつある誰かの息づかい。そして、


「ご、ごのやろぉ……ぜぇ、ぜぇ……も、もぉ……逃さねぇ……ぞ」


 汗まみれで犬のように舌をだらしなく垂らしながら、ポンシオがよろよろと近づいてくる。

 彼我の距離はわずか10メートルほどまで近づいた。


「てめぇのお陰で……俺は……ぜぇ、はぁ……こ、こんな仕打ちを受けちまったんだぞ……こ、この女……こ、殺して……やる……」


 いまここに至って、光太郎はこのモンスターがポンシオだと気づいた。

 ポンシオの言では、彼は光太郎を逃してしまった失態によりケジメをつけられたようだ。ボコボコにシメられ、支配人から門番へと降格───というルートが容易に想像できた。

 光太郎はガクガクと膝を震わせながら、ゆっくりとポンシオが近づいてくる光景を見ていた。

 そんな光太郎の耳に、誰かの声が聞こえる。


「どなたか、そこにいらっしゃるのですか?」


 邸に灯が点き、扉が開く。

 中から一人、ランタンを提げて住人が出てきた。

 銀髪をボブカットにした、美しい女性だ。メイド服の上からストールを羽織り、ツカツカと門まで近づいてくる。


「た、助けてください! ぼ……私、この暴漢に殺されるかもしれないんです!」


 銀髪の女性が、窮地に舞い降りた天使に見えた。

 光太郎は必死で叫び、助けを請うた。


「それは由々しき事態ですね。少しお待ち下さい。いま門をお開けいたします」


 銀髪の女性は慌てる素振りもみせず、淡々と錠を開けた。

 大きな門に備えられている勝手口が開き、光太郎はすかさず滑り込む。


「おいこらっ! 待ちやがれ!」


 閉まりかけた扉を、鬼の形相でポンシオが足を突っ込んで止めた。


「無礼な。ここをどなたのお邸と心得ますか?」


 静かな声で、ポンシオを咎める女性。


「ああん? どこって……あっ!」


 ぐるりと首を巡らしたポンシオ。やがて門に刻まれた紋章を見た彼は、目に見えて血相を変えた。


「ま……まさか、グリハルバ公爵の……」


「そのまさか、でございます。お客様、どのような事情がお有りかは存じかねますが、当家の門前での殺生沙汰は見過ごす事は出来かねます。故に、このお嬢様は当家でお預かりいたしますので、どうかここはお引取りいたしますよう……。お客様も、この地に住まわれているのならば当然、当家に逆らえばどうなるかはご存知のはず」


 慇懃(いんぎん)ではあるが、有無を言わせぬ威圧感で、銀髪の女性はポンシオに迫る。

 依頼の形をとってはいるが、実質的には脅迫である。


「ぐぬぬ……」


 ただの脅し文句ではない。それはポンシオも感じており、悔しそうに歯噛みしている。

 だがかなり執念深い性を持っているのか、食い下がる。


「しかしな、姉さんよ。このガキは『カミラの館』の女だ。そこから脱走した女を匿ったとなりゃ、お宅も面倒くさいことになるんじゃねぇか? あんたもセニョーラ・カミラの噂を聞いたことくらいはあるだろう? この街を裏から牛耳ってる、女帝だぞ?」


「む……」


 カミラの名前が出た途端、銀髪の女性の気勢が衰えた。


(え……? なんか、雲行きが怪しくなってきたよ?)


 助かると思ったのも束の間。銀髪の女性はこちらをチラチラと見て黙りこくっている。

 家の名誉を守るメリットと、カミラと事を構えることのデメリットを頭の中で算盤を弾いているのが丸わかりだった。

 助けたい───けれど、そこに掛かる決して低くないリスクは看過できない。

 そんな幻聴が聞こえそうな、真剣な表情。

 やがて、はぁと溜息をつき、銀髪の女性は口を開きかけた。だが、遠くから近づいてくる新たな人の気配に注意を向けることを優先した。


 人影は2つ。一人がランタンを持ち、その後ろからもう一人が付いて来ている。

 というより、後ろの人物のために先を照らし、先頭を歩いているという感じだった。


「───っ! は、公爵様っ⁉︎」


 銀髪の女性が焦った声を上げる。


(公爵様? ということは……)


「これはどういう状況かね、エルミニア。説明をしてもらえるか」


 銀髪の女性───エルミニアというらしい───に声を掛けたのは、後方を歩いていた人物。

 この人物こそこの邸の主、ハビエル・グリハルバ公爵だった。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

「面白やん?」とか「あかん、続きが気になるわ」と思われたら、

①『ブックマーク』

②広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】

していただけますと幸いです。

皆様の応援が作者のモチベーション、励ましとなりますので、是非協力よろしくお願いいたします!

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