ミケードの町
平明神です。
最高に面白い小説を皆様に読んでもらいたいと、いま出せる全力で作った作品です。どうか応援をお願いいたします。
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※ いわゆる「なろう系」の作りではありませんので、地の文を読むのが面倒な方、一人称の文しか読まないという方にはお勧めしません。
山の王者を退けてから、ほぼ何事もなく順調に進むことが出来た。
道中、幾度かモンスターに遭遇したが、これらはカルメロたちが難なく撃退した。
光太郎の所見では、この黒魔女の森にいるモンスター達は大したレベルではない。見た目こそ獰猛や醜悪ではあったが、虚仮威しにしか感じなかった。
初めての野営や狩りに新鮮さを感じつつ、光太郎は黒魔女の森から一番近い町、ミケードに到着した。
森を抜けたあと、しばらくすると馬車道に出た。
そこから小一時間ほど歩くと、やがて遠目に町が見えた。
「あれが、ミケードの町ですか?」
「うん。そうなんだよ。ちっちゃい町でしょ?」
光太郎に尋ねられたベルタはそう答えた。
確かに町はそう大きくは見えない。だが、中の様子が全く覗えない。
町の周囲を、大きな石壁が取り囲んでいるからだ。
(規模の割には物々しいかんじだなぁ。あ、やっぱりファンタジーっぽい世界だから、戦争のときの防壁とかかな)
光太郎は以前テレビで、南ヨーロッパの古い町並みを観たことがある。その町は過去に侵略から町を守るために防壁を造っていた、とアナウンスされていた。
やがて大きな門の前まで到着した。
「よう、カルメロ。森はどうだった」
カルメロに話しかけたのは、いかにも衛兵といった感じの軽装の鎧姿の若い男だった。どうやらカルメロ達は知り合いらしい。
「それは今度話してやるよ。それよりもアンソニー、虚空の子を保護した」
そう言ってカルメロは親指で後ろにいた光太郎を指差した。
「虚空の子だって? そりゃ珍しい。本物か? まぁいいや。とりあえず議会所へ伝令を出そう。お前たちが連れてきたってんなら、まぁ賊の類いでは無いだろうしな」
「話が早くて助かるよ。そんじゃ、通らせてもらうぜ」
「ああ、そのまますぐに議会所へ寄ってくれると助かる」
門が開くと、光太郎は映画のセットへ迷い込んだかのような錯覚を覚えた。
メインストリートというべき大きな道が一本あり、そこから右へ左へ細い道がくねくねと続いている。その道にそって年季の入った石造りの家がまばらに建ち、いたる所に柵で囲われた畑が点在している。
各家の前には色とりどりの花が植えられた花壇があり、遠くの方からは「モ〜」っと牛の鳴き声が聞こえる。牧場でもあるのだろう。
(ヨーロッパの田舎の町って感じかな)
土っぽい匂いや、どこからか漂ってくるパンの芳しい匂いなどが、より一層そう感じさせた。
我ながら小並感だなと思いつつも、そんな感想をいだきつつ辺りをキョロキョロした。
「んじゃまずはギルドに向かうとするか」
「それよりも、ここは先に議会所に向かうべきではないでしょうか? アンソニーも言っていましたしね。ココさんの保護を優先したほうが良いでしょう」
「それもそうだな。そうするか」
ブルーノの人道的な反対意見に、カルメロは納得した。
「じゃあアタイは、衛兵の詰め所に行って、このお嬢ちゃんのこと報告してくるよ」
「あ、詰め所にはわたしが行くんだよ。ブランカは宿屋とか道具屋さんとかの手続きをお願いするんだよ。この中で一番交渉が巧いし」
「……ああ、わかったよ」
パーティーのメンバーは相談し、それぞれが効率よく動くべく算段をつけた。
カルメロとブルーノが光太郎を伴って町の議会所へ。ベルタは衛兵の詰め所へ。ブランカはフットワークの軽さでもって宿屋や道具屋などを回るようだ。
道中物珍しさで首を右へ左へと忙しく動かしていたが、町の中心部に進むにつれて活気づいていった。
肉屋やパン屋などの食料品店から、衣料品や雑貨屋などの生活必需品を扱う店舗、ファンタジーらしく防具や武器を扱う店まで見かけた。
他には衛兵の詰め所のほか、何かよくわからない建物まであった。いろんな人間が出入りしているようだ。ブルーノの説明では、あれがこの町のギルドらしい。
町を歩く人達も、ほとんどは町民だが、なかにはカルメロたちのように余所者もいるらしい。鎧やローブなどを纏っている者は、大体そのようだ。裏路地には幾人か、ガラの悪そうな男たちも目についた。荒くれものは、どこにでもいるらしい。
光太郎たちが議会所へ到着したのは、それから20分ほど歩いてからだった。
議会所とは云うものの、目的の建物は周りによく観られる石造りの一軒家だった。比較的大きいのが、せめてもの権威を感じさせた。
「邪魔するぜ」
扉を開けると、すぐ右手に机があった。
机には一人の女声が坐っていて、用向きを尋ねた。
「町長はいるかい? 俺はマリノ・ギルド所属の冒険者、カルメロっていうんだが、虚空の子を保護した」
さっきの門番から伝令を受けているようで、事務員らしき女性は光太郎たちを応接間に案内し、「しばらくお待ち下さい」と言って出ていった。
体感時間で10分ほどが経過したころ、一人の男性がドアをノックして入室した。
「やぁどうも。私はこの町の長をしている、フェルナンドという者だ。虚空の子を見つけて連れてきた、ということだが……?」
「あんたが町長さんか。俺はカルメロという。マリノの冒険者ギルド所属で、怪しいものじゃない」
カルメロは立ち上がり、襟首から小ぶりのペンダントを出して自己紹介した。
「いや、石拳のカルメロの噂は聞いているよ。みなまで言わなくても良い。そのペンダントの紋章は、間違いない、マリノ・ギルドの紋章だ。それに、隣の彼はもしかして……」
「お初にお目にかかります。ブルーノ・レンドイロと申します。本来であれば、先日この村を訪ねた際にご挨拶するべきだったのですが……。ご挨拶が遅れた非礼、お詫びいたします」
「おお、やはりあなたがかの有名な……。いえ、事情は聞き及んでおりますゆえ、どうかお気になさらずに。では、あの忌まわしい魔女めは……?」
「ええ、もちろん完遂しました。もう、あの森の遺跡は周りに影響を及ばさないでしょう。ご安心ください」
ブルーノの報告を聞いて、町長は破顔した。
なにやら光太郎にはよくわからない話をしているが、どうやらカルメロたちは有名人らしい。
ひとしきり挨拶を交わすと、町長は光太郎に視線を向けた。
「それで、彼女が……」
「ええ、彼女が虚空の子です。黒魔女の森でモンスターに襲われていたところを保護しました」
「黒魔女の森で……? その、大丈夫ですかな。まさかあの魔女の眷属や弟子などでは……?」
「その可能性は限りなく低いでしょう。かの魔女の影響下にあれば、魔獣や怪物は襲いません。なによりこの二日間、私が観察したところ、魔女の波動は全く感じられませんでした。彼女は白です」
「そうですか……それならば」
そういってあからさまに安堵した町長。どうやら黒魔女という存在は、かなり厄介な人物だったらしい。
ブルーノの太鼓判のお陰で、よくわからないまま持たれた疑いは、これまたよくわからないまま晴れたらしい。
「あ、あの、私、ココって言います。よくわからないんですけど、異世界? ってところから突然この世界に連れてこられて、凄く困ってるんです……それで、あの、助けていただけると、私、嬉しいです……」
モジモジ上目遣いで、困り顔をキープ。ひとまずか弱い美少女を演出することで、軽くジャブを放ってみた。
「おお、なんと可憐な……異世界の少女とは、これほどまでに美しいのか。いや、失礼。虚空の子の伝説はこの世界の誰もが知っていること。なにも心配することはない、私が───いや、この町が貴女の安全を保障するだろう」
ジャブ一発でK.O。
チョロイン町長はそれから、秘書 (先程の女性事務員)にココに当面の宿屋を充てがうように指示した後、町の各役職たちと会議すると言って退室した。
「さぁ、俺らも宿屋に行くか」
この町に宿屋は一軒のみらしく、当然、カルメロたちも目的地は同じだった。
カルメロたちに案内されて来た宿屋は、これまた簡素な感じの石造りの家だった。だが木製のドアの上には金属製の看板が出ていて、大きさも先程の議会所より大きかった。
一階は食堂。二階には客室が大小合わせて四部屋あり、一階の残りの空間は宿屋の主人夫妻の家族スペースや物置となっているらしい。
町長から話が通っているらしく、すんなりとチェックインできた。
案内されたのは二階の小部屋だった。調度品は木製のベッドに小さな文机と椅子。そして籐のような植物で編まれた衣類籠と、大きめの桶のみだった。後は何もない。シンプルすぎる。
しかし日当たり良好で、開け放たれた小さな出窓からは、心地よい風がそよそよと吹き込んできているし、ベッドのシーツも清潔だ。
光太郎はこの部屋が、一気に気に入った。シンプルだが作り手の暖かさを感じられる調度品を含めた、この部屋全体の空気が。
光太郎はベッドに腰掛けると、やっと人心地がついた。
思えばこの大地の世界で目覚めてから、ほぼ一人の時間がなかった。
それにカルメロたちに護衛されていたとはいえ、モンスターから襲われる危険性は常にあった。
つまり緊張の連続だったわけだが、カルメロたちのお陰ですぐに野垂れ死ぬような事態は免れ、当面の生活は保障されるような流れになったことで、ようやく気を抜くことが出来たのだ。
「はぁ……これからどうなるんだろうな、僕」
つい地声で不安を漏らす。
実は大地の世界で目覚めてから (というか女装している間) は、ずっと声を作っていたのだ。女声らしく聞こえるように。
とは云うものの、もともと光太郎の声はそんなに低くない。男の子の声といえばそう聞こえるし、女の子の声といえばそうとも聞こえる。
昔は声変わりをほとんどしないことにちょっとしたショックを受けたものだが、今となってはそれが逆手に取れるのだから、人生塞翁が馬だろう。
「ふぁ……」
気が抜けたせいか、不意に眠気が襲ってきた。
2日ぶりのベッドの感触で幸福感に包まれながら、いつの間にか眠りに落ちていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
トントン、とドアがノックされる音で目が覚めた。
室内はいつの間にか茜色に染まっていた。2、3時間ほど眠っていたらしい。
「ココちゃん、いる?」
若い女の声。ドア越しにくぐもって聞こえるが、ベルタの声だ。
「うん、どうぞ」
「お邪魔するんだよ。あれ、まだ鎧着てたの? もう宿屋なんだから、脱げばいいんだよ」
言われると確かにそうだ。納得した光太郎は鎧を順番に外していった。
「へ〜。なんか留め金とか継ぎ目とかもしっかりした作り。やっぱり異世界の鎧は凄いんだよ」
光太郎の鎧を手に取って目を輝かせて観察するベルタに、光太郎は要件を訊くことにした。
「それで、どうしたの、ベルタ」
「あ、そうだった。ご飯の用意が出来たみたいなんだよ。いっしょに食べない?」
どうやら、ベルタは夕食に誘いに来たらしい。
光太郎に断る理由はない。
「うん。行くよ」
二人は連れたって一階の食堂へ向かった。
食堂には、四人掛けの大きなテーブルと二人掛けのテーブルがそれぞれ二台あり、カルメロたちは大小の机を一つずつくっつけて六人がけのテーブルを作り、そこに座って待っていた。
「いよう、嬢ちゃん。なんだか少し眠そうな顔してるな」
「あ、はい。ちょっとだけ眠っていました」
「疲れていたのですね。無理もありません」
「とりあえず飲み物を注文するんだよ。カルメロは麦酒でしょ?それでブルーノは―――」
てきぱきとベルタが注文を宿屋の女将さんに伝えていった。
宿泊客は光太郎とカルメロたちパーティーだけのようで、他には宿屋の主人夫婦だけだった。
この宿屋は酒場も兼ねているらしく、普段はもう少し客の入りがあるという。
飲み物が運ばれてきた。
ベルタがブルーノ、ブランカの順に渡し、次にカルメロへ大ジョッキを渡そうとしたところで―――
ゴトッ!
「うおおおっ⁉︎」
「うきゃっ⁉︎」
ベルタの手が滑り、カルメロの飲み物を零してしまった。
カルメロは「バカヤローっ」と慌てて立ち上がり、ブルーノは「やれやれ」とジョッキを拾った。
ブランカも呆れ顔で「なにやってんだい」と言いつつも、テーブルの上にあった台拭きでカルメロにかかった酒を拭いた。
「えへっ。ごめーん♪」
舌をだして謝ったベルタに、全員が笑う。カルメロだけは「まったく、しゃーねえな」と口を尖らせていたが。
その様子を見て、光太郎は思った。
(誰かがミスしたら、みんながフォローをする。良いチームだな)
しかも困っている者を助ける義侠心ももっている。
光太郎は喜ばしい気持ちになった。こんな気の良い連中に出会えたことに。
「おじさーん、もう一杯、同じ飲み物をお願いするんだよ。それで、こっちはココちゃんの分ね。わたしのオススメなんだよ」
ここから渡された飲み物は、不思議な味がした。甘酒のように白濁した液体で、全体的に甘い。強烈に。だが、そこはかとない酸味もある。触感のほうも、ドロっとしたものだった。
しかし悪くない。むしろ美味しい。光太郎は気に入った。
ベルタ曰く、この地域の特産で、すべての味を上書きする強烈な甘さが特徴らしい。
その後、料理が運ばれてきた。
宿屋の主人は、「遠慮なく食ってくれ」とココに (ついでにカルメロたちにも)大盤振る舞いした。
川魚を焼いてバターソースで味付けしたものや、ポテトのような触感の (ただし緑色した)穀物と卵で作られたサラダ、それに蕎麦にカルボナーラソースを絡めたような麺も美味しかった。
異世界の食べ物というと、モンスターの丸焼きか野草を煮込んだものしか経験がなかった光太郎にとって、この宿の食事が、初の異世界料理だと言える。
ちなみに、思った以上に光太郎の口にあったのも幸いした。
さらに女将さんは、光太郎の境遇を聞き、「可哀想にね」と同情し、特製のアップルパイのようなお菓子を振る舞ってくれたりもした。
「それで、カルメロさんたちはこれから、どうするんですか?」
ある程度料理を味わったところで、光太郎は質問した。
「実を言うと、俺らはとあるクエストのためにこの町に来たんだが、嬢ちゃんと会う前にその依頼を完遂してな。俺らに依頼した人のところまで報告にいかなきゃなんねぇんだ」
「ということは、もうお別れなんですね……」
「おいおい、そんな寂しそうな顔すんなよ。どうせしばらくこの町にいるんだろ? たまには会いに来るさ」
「カルメロの言うとおりですよ。私達がこれから向かうのは、ミケードから馬車で3日ほどしか離れていない街です。またすぐに顔をだしますよ」
男二人は、しおらしくみせている光太郎を慰めた。
「そうなんだよ。しかもそこは領主さまが治めている街だから、とっても大きいんだよ。だから今度来る時はお土産を持ってくるね!」
ベルタの言葉に、光太郎は胸が暖かくなった。もちろんカルメロとブルーノの言葉にも光太郎は感激しているが、やはりベルタからの言葉はちょっと違った。
というのも、同世代ということや元々ベルタが人懐っこい性格をしているということもあって、何くれとなく光太郎の世話を焼いてくれていたのだ。ベルタからすれば、一人ぼっちで異世界へ飛ばされてきた同性の子なので、ほっとけないという思いもあったかもしれない。
ともあれ、この二日間で光太郎はベルタと仲が良くなった。この異世界で初めての友人かもしれない、と光太郎は出会いに感謝した。
「それに、ミケードのギルドにもまた来なければなりませんし」
「衛兵のアンソニーにも話を聞かせなきゃいけねぇしな。衛兵といえば……おいちびお前、詰め所から戻ってくるの、やけに遅かったじゃねぇか」
「ちびじゃないんだよ。えへへ。ちょっとお土産屋さんに良いのがあって、ついつい見入っちゃったんだよ」
「ったく、道草食ってんじゃねぇよ。まぁいいや。おい、ブランカも嬢ちゃんに何か言ってやれよ」
この食事中ほとんど口を開かなかったブランカだが、カルメロに水を向けられて面倒臭そうに言う。
「別に何もないさ。人生出会いがありゃ、別れもあるってもんだ。ま、せいぜい気をつけな。この世界は物騒だからね。気を抜くと、すぐに痛い目を見る」
結局ブランカは、今に至るまで、光太郎に対して友好的な態度になることはなかった。
「またお前はそういう……まぁいいか。とにかく、今日はたらふく食って寝よう。なに、俺らも明日すぐに発つわけじゃねぇしな。明後日くらいに出発するから、それまで俺らがこの世界のこと、いろいろ教えてやるよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
「へへ、いいってことよ」
「カルメロ、鼻が伸びてるんだよ。きも」
「う、うるせぇ。伸びてねぇし」
カルメロとベルタの、もうすっかりお馴染みとなった夫婦漫才を見ながら、光太郎は再び睡魔に襲われた。
「ココさんもお疲れのようですし、そろそろお開きにしましょうか」
船を漕ぎ出した光太郎の様子を見て、ブルーノが提案。
皆、各部屋に (といってもカルメロとブルーノ、ベルタとブランカは同室だが)に引っ込んだ。
部屋に戻った光太郎はいつもとは違う、やけに重い睡魔に、
(やっぱり、自分が思ってた以上に疲れてたんだな……)
と抗うのをやめた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
やけに寒い。しかも身体が痛い。まるで床で寝ているようだ。
ベッドに寝ているはずなのに。
そんなことをぼんやり考えつつ、まだ重くフラフラする頭を抱えながら光太郎は目を覚ました。
部屋の中は薄暗い。
(まだ、夜明け前なのかな……?)
まぶたを擦りつつ身体を起こす。
(……?)
なにか、おかしい。
自分の身体に被っていたシーツがない。
いや、そもそもベッドすらない。
光太郎は石造りの床に、直接横になっていたのだ。
部屋を見回す。
部屋は薄暗い。窓が無いからだ。
あの大きな出窓はどこに行ったのだろうか?
出窓どころか、外を窺うための窓すらない。一切、外が見えない。
だが窓こそ無いが、部屋の隅に壁掛けのランプが灯っているため、僅かではあるが部屋の様子が窺える。
光太郎が気に入った、あのシンプルな調度品類が無くなっている。
何もない。強いていえばランプが在るくらいだ。
いや、全く何もないというのは言い過ぎか。
唯一にして最大の、備え付けの建具がある。
それは金属製の、太く、硬い棒が何本も合わさって出来ていた。
天井から垂直に床まで貫き、部屋の内外を隔てる絶対的な構造物。
それは何かを考察するまでもなかった。
光太郎のボキャブラリーには一つの答えしかなかった。
それはまさしく”鉄格子”だった。
(ここ、どこ……?)
そう思うのは、もう何度目だろうか。
しかし今度は戦慄を覚えながら、だが。
まだ自分は寝ぼけているのだろう。そう思うしかなかった。
あの、ベッドに入る前までの平穏な流れはなんだったのだろうか。
まさか夢オチ?
(いやいや、まさかまさか。落ち着け。ちょっと落ち着け、僕)
焦りからバクバク早鐘を打ち出した胸を抑え、自分に言い聞かせる。
「お、起きたか?」
その時、男の声がした。
暗がりで判らなかったが、どうやら誰かいたらしい。
場所は、鉄格子の反対側だ。
男はのしのしと光太郎の方へ向かって歩いてくると、鉄格子の前で止まった。
「あ、あの、私、なんでこんな所にいるんですか……?」
顔面から血の気が引いていくのを感じながら、光太郎は男に尋ねた。
「なんでって、そりゃお前―――」
男はさも当たり前のように、言い放つ。
「―――売られたからだ」
ここまで読んでいただきありがとうございます!
やっと自分の書きたい第一のところまで来ました。
次回、メインヒロインが登場の予定ですよ。
「面白やん?」とか「あかん、続きが気になるわ」と思われたら、
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