プロローグ
はじめまして。またはこんにちは。
筆者初めての異世界転生ものになります。
コスプレとかよくわからないし、ファンタジー世界もよくわかりませんが、私なりに面白く書ければなと思っています。
ご意見ご感想、批評などなど、お待ちしています。
よろしくお願いします。
パシャパシャとシャッター音が鳴り響き、フラッシュの光が至る所で焚かれる。
その都度、被写体となっている《お姫様》は恍惚となっていた。
(僕、いま凄く目立ってる!)
「こっちに目線お願いします!」
「ポーズお願いします」
「ココちゃん、可愛いッス!」
ココと呼ばれた《お姫様》は、要求される度に、自分が愛らしく写るようにポーズを決める。
「さすがココちゃん、今回の【姫騎士アニエラ】のコス、無茶苦茶似合ってるな」
自分を取り巻く輪の中から、そんな声も聞こえた。
当然だ。このコスには六か月分のバイト代と、親のコネを注ぎ込んだのだから。
白を基調としたミニ・スカートとフリルをあしらったチューブトップ。絶対領域を計算し尽くしたニーソックス。精緻な刺繍など、細部まで再現した。
何より資金を張り込んだのは、やはり鎧だ。
篭手、胸当てなどの金属部分は、ライオンボードなど使わず、本物の金属を使用している。アルミ合金にニッケルを混ぜた金属で、チタンのように硬く、それでいて軽く、しかも比較的安価という夢のような素材だ。この素材は作られたばかりでまだ実用段階に入ったばかりだが、企業の重役などに顔が広い父親のコネをフルに活用して作ってもらった一品だ。
細身の剣も、同様の素材で作られている。刃も研いでこそいないが、金属を使ったことで、他のコスプレ用素材とは比較にならないほどのリアリティがある。やはりこだわりは必要だ。
とはいえ、金属だから重いことには違いない。しかし『おしゃれは我慢』ということを彼は知っている。
「顔も可愛いし、身体もちっちゃくて華奢だし、コレで男の子なんだから、信じられないよな」
そう、このココと呼ばれたコスプレイヤー、何を隠そう、男の子なのだ。
本名、夜宮光太郎。17歳男性。高校生。
趣味はコスプレ。しかも女装がメインである。
幼少の頃より「女の子よりも可愛い」と言われ育ってきた彼は、いまやネットでは「月宮ココ」というレイヤーネームで爆発的な人気を誇るコスプレイヤーだ。
今日は池袋で行われているコスプレイベントに参加し、今はアマチュアカメラマン達からの撮影に応じているところだ。
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「ココ、あんた相変わらず、えげつないくらい可愛いわよね。男のくせに」
一通りの撮影を終え移動しようとしたとき、背後から声をかけられた。
振り向くと、コス界ではこれまた飛ぶ鳥を落とす勢いで有名になりつつある美少女レイヤーがいた。
「ひなこさん、こんにちはです。あ、今日は『ブリジッタ』のコスじゃないですか。奇遇ですね」
ひなこと呼ばれた少女が変装しているのは、ココの扮する『姫騎士アニエラ』と同じゲームに登場するキャラクターで、アニエラの妹という設定だ。
「ほんと偶然よね。あ、別にあんたのツイート見て、併せにしたとかじゃないからね?」
「わかってますよ。でもブリジッタって、ひなこさんに似合ってますね」
ブリジッタは青色のふんわりしたドレスに、紫色のウェーブがかったロングヘア、そしてツリ目というデザイン設定だ。ひなこもツリ目がちな目をしているので、相性はいい。メイクで変にいじる必要がないからだ。
「そ、そう?……ありがと」
顔を赤らめて、照れながらも礼を言うひなこ。
それを見て光太郎は思う。
(悪い人じゃないと思うんだけどなぁ)
ひなこは最近、テレビや週刊誌などにも取り上げられるほどの人気レイヤーになった。しかしその一方で、悪い噂がつきまとう。
だがその評判と、以前から光太郎が知っているひなことでは大きなギャップがある。
「すみませーん、お二人一緒に撮らせてもらっていいですか?」
またカメラマンから撮影の依頼だ。今度は光太郎とひなこ、二人同時にだ。
「はーい。あ、でも……」
光太郎はレイヤーの習性で、笑顔でカメコに応じた。しかし光太郎はともかく、ひなこはいまをときめくアイドルレイヤーの一人だ。ひなこクラスのレイヤーともなれば、タイムスケジュールが組まれ、専用の場を設けられることも多い。突然の撮影に応じるだろうか。
「どうぞどうぞ。ポーズはこんな感じでいいですか?」
どうやら光太郎の杞憂だったらしく、ひなこは笑顔で応じた。
光太郎の隣に並びたち、両手でスカートを持ち上げる。
(おお、お姫様っぽいポーズ。さすがひなこさん。参考にさせてもらおう)
感心しながらも、光太郎も剣を構えて可憐に、そして凛々しく見えるようにポージング。
何度かポーズを変えたとき、光太郎の視界に何か違和感が映った。
(なんだろう?)
ポーズを続けながら首を巡らす。
「ちょっと、撮影に集中しなさいよ」
違和感の正体を探っていると、ひなこから小声で窘められた。
確かにカメラマンが撮影しているときに、よそ見をしていては失礼だ。
(……?……っ! そうだ、それだ!)
光太郎は気付いた。
違和感の正体。それは、少し離れて撮影しているコスプレイヤーだった。
光太郎たちと同じく、合わせで撮影している集団の中の一人だ。
背が高く、ひょろっとした人物。
ドクロの仮面を被っているためわかりにくいが、体型から判断すると男だろう。
ドクロ面にボロボロのTシャツ。擦り切れたダメージジーンズにナイフ。光太郎はうろ覚えではあるが、このキャラクターは、たしかにこんなデザインだったな、と思い出した。
キャラデザに忠実ではあるが、しかしコスのクオリティが低い。ドクロの面は以前ネットで販売しているのを見た市販のものだし、Tシャツやジーンズも、一般の衣類を申し訳程度に加工しただけ、という印象だ。ナイフに関してはまるで本物のようにキラリと光っているが、デザインが少し違う気がする。あれではまるで、量販店に売っている果物ナイフだ。
しかし、一番怪訝しいのはドクロ面の男本人の様子だ。
カメラマンが撮影しているにも関わらず、ドクロ面の男はじっとこっちを向いている。
まるで狙いすますように。
撮影が終わったのか、その集団は三々五々ばらけて行った。
あのドクロ面の男は、こちらに向かってくる。
嫌な予感がする。
光太郎たちを撮影しているカメラマンの後ろまで接近してきた。
彼が発する雰囲気は、強いて言うならば、黒いモヤだ。
オーラというものがあるならば、いま光太郎が感じている、この目に見えないどす黒いモヤがそうなのかもしれない。
「ココ、どうしたの?」
さすがに不審に思ったのか、ひなこが光太郎を見た。
光太郎の訝しげな視線を追って、ドクロ面の男を彼女の視線が捉えた。
「……え、なに?」
ひなこと、ドクロ面の男の視線が交差した。
その瞬間、男が叫ぶ。
「ひなこぉぉぉぉぉぉぉ!」
叫ぶと同時に、ひなこに向かって飛びかかった。その右手には輝くナイフ。
コスプレ用の安全な素材で作ったナイフならば、あんな風に輝かない。もし輝くとすれば、光太郎のように金属を使用している可能性が高い。
そして誰かに飛びかかろうとする人物が使う金属製のナイフとくれば、十中八九、殺傷力のある本物のナイフだろう。
そう思った瞬間、光太郎は飛び出していた。
「きゃっ⁉︎」
ひなこの悲鳴。光太郎に突き飛ばされたからだ。
ひなこを突き飛ばしたため、光太郎はひなこが立っていた場所に位置することになる。
当然、男の突進を受けて、男と光太郎は絡み合うように倒れる。
ピリッ。
脳に鋭い光が奔ったように感じた。次いで腹部に鈍い痛み。
「あ、ああああ……」
立ち上がった男は、一瞬呆然とした後、光太郎を見て、己の右手に握っている───真っ赤に染まった───物をみて、呻き声を上げた。
「ち、違う……ぼ、僕はひなこに罰を与えようと……ひ、ひなこが悪いんだ。僕たちを裏切って枕営業なんかするから……」
光太郎はドクロ男の言葉から、なんとなく事情を察した。
彼は恐らくひなこの熱狂的なファンで、ひなこが今の地位を築く為に枕営業をしたという噂を鵜呑みにしたのだろう。そういう噂は以前からあった。しかし人気が出てくれば、やっかみからそのような根も葉もない噂が流されるのは世の常だと言える。
馬鹿馬鹿しいとは思うが、何にせよひなこに害が及ばずに済んで良かった。光太郎はそう思ってひなこを見た。
ひなこは……光太郎を見ている。真っ青な顔をして。
「ココ、あんた、それ……」
震える手で、光太郎を指差すひなこ。
彼女の指は、光太郎の腹部を指していた。
「……?」
視線を下げ、自身の腹部を見る。
腹部では、白い衣装が紅く染まっていた。
「え……?」
(まさか僕、刺されたのか?)
意識した瞬間、腹部から鈍い、だが強烈な痛みが襲ってきた。
「あ、ぐぅ……」
声にならない呻き声を上げる光太郎。
「きゃあああああ!」
それを見たひなこは、悲鳴を上げた。
金切り声にビクッと反応したドクロ男は、足を縺れさせながらその場から逃げ出した。
鮮血が勢いよく広がって、血の池を作っていく。
「うそ、だろ……?」
一秒ずつ、自分の身体から生命力が抜けていくのを実感する。
「誰か、救急車!救急車よんで!」
ひなこが光太郎にしがみつき、周囲に助けを求める。
その声を聞きながら、光太郎の意識は闇へと溶けていった。
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「……ん? どこだ、ここ?」
気がつくと、見知らぬ場所に立っていた。
周囲を見回すと、石造りの床と天井、それらを支える無数の太い柱が見える。まるで古代ギリシャの神殿のような建物だ。
いつの間に、こんな場所にきたのだろうか?
光太郎は首をかしげた。
「ねぇ、ちょっとアナタ」
自分の状況を不思議がる光太郎に、どこからか声がかけられた。
「ここよ。ここ。もっと首を上に向けなさい」
光太郎の正面には、階段があった。階段とはいっても幅がとてつもなく広く、また一段ごとの高さも高いため、どちらかといえば幾層にも重なった壇といったところか。
そこを順に目で追って、言われたとおり上方を見上げる。
壇の最上段には、これまた石造りの背もたれがついた大きな椅子があり、そこには一人の美女が坐っていた。とても尊大な態度で。
縦ロールの赤い髪と、豊満な肢体を包む、露出の多い扇情的なドレス。それだけでも十分色気があるが、なにより神々しいばかりの色香が、彼女を只者ではないと感じさせた。
「やっと気付いた?はじめまして、私は愛を司る女神、アフロディーテよ。いきなりだけど、あなた死んだわ。それでここにいるの」
「……はぁ」
気の抜けた返事しか出来ない光太郎だったが、それは致し方ない。
初対面の人間に対して女神を名乗り、お前は死んだのだと告げるものに、どう対応すればよいのか判らなかったのだ。
「ま、普通そんな反応よね。いいわ、想定内。まぁ時間がないからさっさと説明するわ。さっきも言ったけど、あなたは死にました。普通ならばそこで終わり。記憶も意識もまっさらになって、別の人間として、赤ん坊からまた人生を始めてもらいます」
なんだかやる気の感じられない、気だるそうな自称女神の言葉を聞きながら、光太郎は思った。
(あ、これは夢だ)
そう思うのが一番しっくりくる。なにせ異国情緒あふれる場所で、外国人の女が日本語でわけのわからない説明をするのだから。
(初めて夢の中で夢って感じられたよ)
妙な感動を覚えたが、夢の中の出来事だと思うと、俄然目の前の人物の言葉を受け入れられるようになった。
「ただ、あなたの場合は違います。これから、そのままのあなたの身体と記憶をもって、今まで生きていた世界とはまた別の世界で、人生を再び送ってもらいます」
(あ、これ、アレだ)
ここまで聞いて、ピンと来た。
異世界転生だ。
アニメや漫画、小説などでよくあるアレだ。まさか自分に異世界転生のチャンスが回ってくるとは。さすが夢。
「あの……質問いいですか?」
おずおずと挙手し、発言の許可を求める光太郎。
「なに?」
つまらなさそうに答える女神アフロディーテ。
「えっと、なんで僕なんですか?」
「別に、特に意味なんてないわ。善行を積んで死んだ人間の内、約1000万人に一人の確率で異世界に転生させるシステムになってるの。どこかの神が定めた現象だから、あなた達にしてみればこれは、いわば自然現象ね。だから意味なんて求めるだけ無駄だわ。これは自然現象だもの。落雷にあった人間は、たまたまそこにいただけであって、ソレ以上の理由はないでしょ? それと同じよ」
「なるほど。もう一ついいですか?」
「面倒くさいわね。まぁいいわ。あとひとつだけよ」
「ありがとうございます。もしかして、異世界に転生するときに、何かチートな能力とかもらえたりします?」
「……ないわ。ていうか、あげない」
「はい?」
「あんたにはあげないって言ったの」
忌々しそうに吐き捨てるアフロディーテ。
「な、何でですか?」
口の端が引きつりそうになりながら、光太郎は尋ねた。思えばこのアフロディーテ、女神というわりには、最初から光太郎への態度がぞんざいだった。女神らしさの欠片もない。
「あんたには、その容姿があるでしょ? その可憐さ美しさ、十分チート級よ。それだけあったら何の不自由もなく暮らしていけるわよ。良かったわね」
投げやりな態度を隠そうともせず、女神は光太郎にそうのたまった。
「え〜。なにそれ、ひどくない?」
「ぼやいたってだめよ。それに、もう質問も受け付けないわ」
けんもほろろである。
「もう、アフロディーテったら。だめよ、そんな意地悪しちゃ」
突然、再びどこからか声が聞こえた。と思ったら、一つ瞬きした後に、別の一人の美女がアフロディーテの隣に立っていた。
紫色の髪は長くふわふわで、顔には柔和な笑みを浮かべている。彼女は長い藤紫色のドレスをひらひらさせながら、光太郎のもとへと降りてきた。
「この子が、今回の転生者ね? ごめんなさいね、アフロディーテったら、自分より美しいと感じる人間がいたら、意地悪してしまうの。昔はこうじゃなかったのに、どうしちゃったのかしら?」
手を頬に添え、小首を可愛らしくかしげる紫色の美女。
どうしちゃったのかしら? と言われても、答えるすべを光太郎は持たない。
その代わり、この新しい人物が誰なのか尋ねることにした。
「あの、あなたは?」
「私? 私はエウメニデス。慈愛を司る女神です」
「エウメニデス、何しに来たの?」
アフロディーテは鬱陶しそうにエウメニデスに尋ねた。
「今回は貴女の持ち回りだって聞いたから。それで、転生者の子が絶世の美貌をもっているって聞いたら、ろくな事にはならないだろうって思って。それでね、こうしてフォローに来たのよ」
髪型だけではなく、雰囲気もふわふわした感じの女神だ。
この女神なら、色々答えてくれるかもしれない。光太郎はそう思って、質問する。
「あの、さっき持ち回りって聞こえたんですけど……」
「ああ、それはね、この転生というシステムを作った神が滅んでしまったので、転生者への説明と送り出し、それに関する様々なフォローを、私達神々が交代制で受け持っているの。それで今回はアフロディーテの番だったのだけれど、予想通りの展開になっていたわね」
「五月蝿いわね。いいじゃないの、私が担当するんだから、私がどうしようと勝手でしょ」
「そうはいかないわ。転生者には生前の業や徳に応じて、特典となる能力や品々を授けるというのが神々の取り決めでしょう? 貴女が恣意的にこの取り決めを捻じ曲げると、貴女の神格だけではなく、私達神々の信仰まで貶めることになるのよ?」
「ふん」
と鼻を鳴らし、そっぽを向く女神のアフロディーテ。
「ならばわかったわ。一つ、私からこの子に転生者としての特典を与えるわ。それでいいでしょ、エウメニデス?」
光太郎を指差しながら、エウメニデスに確認するアフロディーテ。それを聞いてほんわか笑顔を浮かべたエウメニデスは、「ええ、それでいいわよ」と了承した。
「では始めるわ───有限の生を持つ人の子よ、旅立ちの時は来た。愛の神アフロディーテが加護を受け、次なる生を謳歌するがよい」
アフロディーテがいつの間に右手に持った大きな杖を一振りすると、光太郎が立っている場所を中心として、何重もの光芒が描き出された。それらは毎秒ごとに輝きを増し、やがて光太郎の視界を光で埋め尽くした。
そして、夜宮光太郎は地球での生を終え、異世界へと転生した。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
「面白やん?」とか「あかん、続きが気になるわ」と思われたら、
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