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93.知らないことがいっぱいです。

 魔力制御訓練は順調だ。

 すごくきついとか、大変とか、疲れるとか、最初にすっごくハードルを上げていたせいで、エルさんの指導はすごく優しく感じた。

 体の中の魔力を意識し、動かすのは意外にすぐにできて、次はそれをどう使うのかっていう方向に行くと思ったけど、エルさんが私に言ったのは「魔力の隠蔽」だった。

 エルさんに教えてもらったけど、貴族だけでなく平民も、加護が使える程度の魔力を皆持っているんだって。ただ、その魔力量は貴族とは比べ物にならないほど低いのが普通らしい。でも、私にはまったく実感はないけど、私の魔力量は平民にしては結構豊富で、それは他の人間、特に貴族には知られない方が良いと言われた。

 目に見えない魔力量がどうやったらわかるんだろうって不思議でたまらないけど、貴族にはわかるらしいのだ。何だか怖いよ。


 今は特に魔力が不足しているので、貴族は自分が扱える魔力を増やすために、手っ取り早く魔力量が多い平民と契約することが多いようだ。ただ、それはとても対等なものとは言えなくて、中には身体を傷つけて逃げられないようにされたり、その、無理やり妾みたいにされたりもするって。

「君は受け入れられるか?」

 真面目に尋ねてくるエルさんには悪いけど、そんなの受け入れるはずがないじゃない!

 もしも、もしも仮に、好きな人が貴族だったら……そんな漫画や小説みたいなことがあるはずないけど、そんな場合は協力したいって思うかもしれないけど、家族と引き離されて、ただ魔力だけを取られ続ける生活を送りたい人間がいるとは思えない。

 私が即座に拒否すると、エルさんはだから隠蔽を覚えなさいって言った。

 自分の魔力を、ある一定以上は周りに感じさせない術。その術を行使するにも結構な魔力がいるみたいだけど、私なら大丈夫だろうって。

「君が王都に帰る前に、その魔術具を渡せると思う」

「まじゅちゅぐ?」

「魔術具、だ。術語で行使するより、魔術具を使った方がやりやすいはずだ」

 え……でも、それってお金がかかるんじゃないかな。そうでなくてもエルさんには世話や迷惑を掛けているのに、お金のかかる道具を作ってもらうのは申し訳ない。

 それよりも、術語で隠蔽できるならその方がいい。

「じゅちゅご、おぼえます」

 ……口が回らなくて、また噛んじゃった。

 焦るけど、エルさんは聞き流してくれるらしい。

「隠蔽には、複数の術語を合わせなければならない。それにはかなりの魔力を使うが……まあ、その点は君は大丈夫だろう」

 どのくらいの魔力がいるのかはわからないけど、エルさんがそう言うなら大丈夫だろう。

 私が期待を込めた目で見つめていると、エルさんは小さく息をついた。

「それと同時に、頑強な器も必要だ」

「うつわ……」

 がんきょうって……強いってことでしょう? 強い器って、強い体ってこと? 私、一応健康で生まれたんだけど……頑強ってほど強いか自信ないな。

 私は力こぶを作ってみる。当たり前だが、5歳の幼女が筋肉モリモリなわけがない。

(あ~あ、だったら、私は術で隠蔽することは無理そう……)

 落ち込んだ私の髪を、エルさんがクシャっと撫でた。

「君を《色の無い器》だと言ったのを覚えていないのか?」

「……えっと……」

 確か、そんなふうなことを言われたような気がするけど、それと今言っている頑強な器って共通しているの?

「私が言っているのは、物理的な身体の強さではない。心の内……神経の許容量のことを指している。おそらく……君は大丈夫だと思う」

「ほんとうにっ?」

「……だが、やはり子供の内は極力器を酷使するのは止めた方が良い。術語を使うのは諦めなさい」

「……はい」

 ここまでエルさんに言われ、それでも教えてほしいなんて我が儘なことを言えるはずがない。

 そもそも、こんなふうに時間を取って魔力のことを教えてもらうばかりか、魔術具まで作ってくれるというのだ。

 魔力に関して、エルさんに任せた方が間違いない。そうはっきり言えるほどには、私はエルさんを信用しているのだ。

 お代に関しては……とりあえず、出世払いとしてもらおう。


「エルさん、ご飯どうですか?」

 訓練が終わると、私は気になっていることを尋ねてみる。

「お腹いっぱいなりますか?」

 私のせいで食堂に来られないエルさんのため、シュルさんに配達人になってもらっている食事。さすがに三食は無理だけど、一食でも新しい味を試してくれていたら嬉しいと思ってる。

「……ああ、足りている」

 生真面目そうなエルさんは、食べていなかったらたぶん正直に言ってくれる。だから、今の言葉は彼がちゃんと私の差し入れを食べてくれているのだという証みたいな気がして、嬉しくてヘラっと笑ってしまった。

「ありがとうございます」

 私の我が儘でもあるし、迷惑かもしれないって思っていたけど、エルさんの空腹が満たされているのなら本望だ。

(ここにいるのもあと少しだし、最後まで美味しいものを食べてもらおう!)

 こぶしを握って決意していると、エルさんが呆れたように言った。

「私が施してもらっているのに、どうして君が礼を言う?」

「え……だって、食べてもらったから?」

 首を傾げると、エルさんが軽く額を小突く。彼らしくない親し気な仕草に固まってしまった私に気づいていないのか、エルさんはちらりとシュルさんを見た。

「私が側にいられないのだから。其方がきっちり面倒を見るように」

「……仰せのままに」

 シュルさん、口元がひくついてるよ。これって、笑うのを我慢しているのが丸わかりだけど、当のエルさんだけわかっていないみたい。

「……まあ、いい。では、リナ、また明日」

「はいっ、また!」

 私は張り切って大きく手を上げた。






「やあ、頑張ってくれているね」

 明日、王都に戻るという日の昼、グランベルさんが貴族院にやってきた。私たちのお迎え兼、これまでの総まとめをするためらしい。

 彼は自分の店の料理人、ダナムたちを労った後、出迎えた父さんの手を両手で掴んで大きく振った。

「ジャック、本当に君が一緒に来てくれてよかったよ!」

「グランベルさん」

「貴族院の上の方々からも好評を得ていると聞いている。いやぁ、これでうちの商会の名も上がるよ」

 グランベルさんは上機嫌だ。新しいメニューの方がとても好評みたいで、夏季休暇が終わった新年度からさっそく導入するメニューもあるみたい。

 その辺りのことは私は関与していないのでよくわからないけど、ここの食堂の料理人は、料理長を始めみんな頑張っているのを見ていたので、その成果が表れるのは私も嬉しい。

 隣の父さんの手を握り、にこにこ笑っていると、ふとグランベルさんと目が合った。

「え……」

 次の瞬間、私はグランベルさんに抱き上げられる。

「リナもよく頑張ってくれたな!」

「え? わ、私?」

「ほ~ら、高い高いっ」

 ちょ、ちょっと、私、そこまでお子さまじゃないんですけど! 文句を言おうにも、文字通り高い高いをされて、胃の中がグルグルして、何だか変なものが出てきそう……。

「と、父さん、リナがっ」

 さすが妹愛の強いケイン、私の様子にいち早く気づいてくれて、私は父さんの手でグランベルさんから助け出された。

「リナ、大丈夫か?」

「う……ん」

 もっと早く助けてよ、ケイン……。




 それからグランベルさんは料理長と父さん、そしてダナムを呼び出し、がらんとした食堂のホールでミニ会議を始めた。今日の夜、貴族院の偉い人への報告があるらしい。

 残ったみんなで夕食の下ごしらえを始め、私ももちろん手伝った。ここに来て、野菜の皮剥きはずいぶん早くなったと思う。

(洗浄の術語を教えてもらいたかったけど……普段の生活があんまり便利になり過ぎても駄目だよね)

 魔術を使えるのはすごく便利だけど、そうすると自分で考えて動くって言うことをしなくなるような気がするし。でも、エルさんにいろいろしてもらっているのは……あ。

(あのヘアピン……どうしただろう……)

 女生徒に一つ取られてしまい、残ったもう一つはそんなことがないように大切に、いつもスカートのポケットに入れている。私にとっては、初めて貰ったアクセサリー。対になっているのに、一つしかないのはすごく寂しい。

 でも、取られてしまったものは……たぶん、戻らないだろうな。今頃捨てられているか……ううん、エルさんファンのあの女の子なら、大切に持っている可能性の方が高い。大切にしてもらえるならいいけど……違う、あれは私のだって、大きな声で言いたいよ!

「……」

 私が溜め息をついた時、

「リナ」

 不意に呼ばれて振り向いた。

 そこに立っていたのはリアムだ。

「おしごとですか?」

 何かすることがあるのかと思って駆け寄ると、彼はちょっとと言いながら歩きだした。その手には麻袋が握られている。

(保管庫にでも行くのかな?)

 私は何の疑問も抱かず、彼の後について行った。




 てっきり厨房の奥の保管庫に行くと思ったのに、リアムは厨房から外に出てしまった。彼とこうして外で行動することはなかったので、私は少しだけ不安になる。リアムが私に何かするなんて思わないけど、嫌なこともあったので過敏に反応してしまうのかもしれない。

「あの……リアムさん?」

 私が恐る恐る声を掛けると、彼はなぜかむすっとした表情のまま持っていた麻袋を差し出してきた。

(ん?)

「……」

「……」

「……」

「え……と?」

「受け取れ」

 受け取れって、それ、何? リアムは軽々片手で持っているけど、私からすれば一抱えはありそうな大きさだ。いったいどういうことなのかと思いながらじっとリアムを見つめていると、彼は視線を合わせないままぼそりと言った。

「礼だ」

「れい?」

 ん? リアムの耳がほんのり赤いよ?

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