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92.魔力制御訓練です。

「シュルさん」

 薬草園に入っても、すぐにエルさんの姿が見えるわけじゃない。私は隣を歩くシュルさんを見上げた。

「いつも、ありがとうございます」

「ん? どうしたんだ?」

 シュルさんは楽し気に私を見下ろしてくる。彼にとっては唐突な礼の言葉かもしれないけど、ずっと気になっていたんだもん。

 もちろん、エルさんにすごく迷惑を掛けているのは自覚しているけど、ずっと彼と一緒のシュルさんにも申し分けなさとありがたさを感じているのだ。

「私は何もしていないけどね」

「でも、こうしていっしょにいてくれるでしょう?」

「それくらいで?」

 それくらいなんてとても言えないくらい、私にとっては大きいことなんだけど……この辺は認識の相違かもしれない。私はへらっと笑って頷いてみせた。




 エルさんはいつもの休憩所にいた。

 椅子に座り、腕を組んで目を閉じている様子は、その眉間の皺を見てもとてもリラックスしているとは言えないけど……私が声を掛ける前に、気配を感じたのか目を開いた。

 私は慌てて駆け寄り、エルさんに向かって頭を下げる。

「おはようございます。今日はよろしくおねがいします、えーべる、はるど、さま」

 う……昨日の夜から練習したんだけど、どうしても慣れなくてエルさんの名前を言う時、つかえちゃったよ。

 エーベルハルド様、エーベルハルド様……。うん、次はちゃんと言えると良いけど。

 私が内心で固く決意していると、目の前のエルさんの眉間に皺が刻まれた。

「……何だ、それは」

「え?」

「……その呼び方だ」

 やっぱり、ちゃんと言えなかったから怒ってる……。

「ご、ごめんなさい。エルさ、えーべる、はるどさま、きぞくなのに、私、かってによんじゃってて……それって、ダメなことでしょう?」

 これから一生懸命練習するからって訴えると、エルさんはなぜか深い溜め息をついた。

「……今までの呼び方で良い」

「で、でも」

「幼子に不敬などと言わない」

 本当に、良いのかな。私がシュルさんに視線を向けると、彼は笑いながら頷いている。

「リナの呼び方を気に入っているんだよ、こいつは」

「シュルヴェステル」

「はいはい、申し訳ありません」

 シュルさんは時々エルさんに対してすごく砕けた感じで声を掛けるけど、2人ってどういう関係なんだろう? もう少し仲良くなったら教えてくれるかな。……でも、貴族のエルさんたちとこれ以上親しくなることってできるのかなぁ。




「私以外の者には気をつけるように」

 私のエルさんの呼び方は本人に却下されたので、これは不敬じゃないんだって開き直ることにした。もちろん、エルさん以外の貴族が同じ考えではないともわかっているつもりなので、そんなに念を押さなくても大丈夫です。

 そして、ようやく今日の目的、私の魔力制御訓練の1日目だ。

「おねがいしますっ」

 深く頭を下げると、エルさんは頷いて私の手を取った。

「魔力の流し方は覚えているな?」

「はい」

 これはもう慣れたと思う。私はエルさんと繋いだ手に熱を込め、押し出す様に動かしてみると、エルさんは確認するように何度か頷いた。

「昨日よりも揺れは少ない。だいぶ落ち着いたようだ」

 確かに、昨日は何を言われるのかドキドキしていたし、初対面……正確には、お風呂で会ってから2回目だったけどベアトリス先生に引き合わされて、緊張が増していた自覚がある。

 私の心境に魔力が引きずられるっていう感覚がまだよくわからないけど、エルさんが納得しているみたいだから良しとしよう。

「私の魔力を流してみるぞ」

「エルさんの?」

「驚くかもしれないが……」

 そう言ったかと思うと、私の手を握るエルさんの手から、じわりと温かいものが流れてくる感覚がした。

 自分の体の中を、自分のものではない何かが渦巻いている感じ、かな? 少しこそばゆい気もするけど、嫌な感じはしなかった。

「どうだ?」

「ゾワゾワ、します」

「ゾワゾワ?」

 私の言葉を繰り返すエルさん。何だか似合わなくて面白い。

「気分は悪くないのか?」

「ないです」

 私が言いきると、エルさんは感心したように頷いた。

「君は、《色の無い器》だな」

「いろのない、うつわ?」

「極稀に、他者の魔力に反発しない者がいると聞く。魔力の授受や譲渡が容易い者だ。……だが、そうなるとかなり厄介だな。君の価値が上がってしまう」

 エルさんは納得しているけど、それだけじゃ私にはよくわからない。ただ、厄介だというくらい、私の持っている魔力は変なのかもしれないと思うと、無邪気に魔法が使えるって喜んでばかりじゃいられないって不安になった。


 それからもエルさんは、私と手を繋いだまま魔力の交換を続ける。早さとか、量とか、少しずつ変えて、そのたびに手元の紙に何か書き込むのが見えた。貴重なはずの紙をメモとして使っていることにも驚くけど、書かれている文字……ほとんど読めない自分に愕然とした。

 これでもケインから少し教えてもらって、普通の5歳児よりも文字は覚えているし、書けるって自信を持っていたくらいなのに……。

「どうした?」

 私がじっとエルさんの手元を見て落ち込んでいると、エルさんが目ざとく尋ねてくれる。正直に言うのは恥ずかしいけど、ここでごまかす必要もないと思った。

「字……よめないから」

「……ああ、これか。専門用語も書いているし、まだ幼い君には読めなくて当たり前だ」

「せんもんよーご……」

 そっか、専門用語なんだ。まあ、医者とか弁護士とか、専門用語を使う職業はいっぱいあるし、それだったら私がわからないのも当然かもしれない。でも、エルさんもまだ学生なんだけど、専門用語って何の専門なんだろう?

「文字を読みたいのか?」

「はい」

「どうして?」

「だって、よめたらたくさん本もよめるでしょう? いろんなことをべんきょーできるし」

「……平民は、そこまで学ばずとも良いのではないか?」

 平民に学は必要ないって言われているみたいで、ちょっとだけ寂しく感じる。確かに、この世界の平民の進学率は低いし、勉強よりも生活することを優先する人は多いだろう。でも、《佳奈》の記憶がある私にとって勉強は身近なものだし、病弱で学校に行くことが困難だったせいか、できるなら上の学校に行ってたくさん勉強したい。

 それが叶えられるかどうかはわからないけど、夢だけは捨てたくないし、始めから無駄だとか、必要ないって割り切りたくもなかった。


 ほのかに明るかった空に、眩しい朝日が昇った。

 時間にして1時間くらい、エルさんに魔力の流し方を繰り返し教えてもらった。

「今日はここまでだ」

 ちょっとだけ、1個か2個、術語を教えてもらえるかなって思ってたけど、なかったので少し残念。でも、まだもう少しここにいられるから、もっといろんなことを教えてもらえると思うと、私って本当に恵まれているなぁと感じる。

「今日は魔力をよく動かしたから、今夜は早く休むようにしなさい」

「はい」

「体調に異変があったら、すぐに連絡してくるように」

「はい、わかりました」

「首飾りに流す魔力はそれほど多くなくていい。その調整にも慣れなさい」

 なんだか、エルさんって……うん、クールなイメージとは違って、すごく面倒見のいい人みたい。一つ一つ細かく注意してくれて、それがまるで過保護なお兄さん……っていうより、お母さんみたいで、思わず笑ってしまうのを慌てて隠す。

 すると、そんな私の変化を敏感に感じ取って、エルさんは僅かに目を細めた。

「リナ」

 エルさんが私の名前を呼んでくれるのが嬉しい。私っていう存在を認めて、受け入れてもらえているようで、私は感謝を込めて頭を下げた。

「今日は、ありがとうございました」




 エルさんの魔力制御訓練が始まっても、私の日常にそれほど変化はなかった。

 訓練自体が早朝なので、厨房に行くことは今までと変わりがなく、そのおかげで私とエルさんのことに気づいている人はいない。

 あ、一応父さんが料理長さんには言ったらしい。もちろん、私の魔力とかの話は内緒で、事情があって貴族と少しだけ関りがあるって感じで。貴族院に勤めているので料理長もその辺は察しが良いみたいで、それでも何かあったら相談してくれって言ったみたい。何だか、仲間だって言われてるみたいで嬉しいな。もちろん、私自身は戦力じゃないだろうけど。

「リナッ」

 給仕のお兄さんが、厨房に顔を覗かせながら私を呼んだ。さっき、エルさんに連絡したばかりなのに、もう来てくれたんだ。

「は~い」

 あ、今日エルさんに会って、私、1つお願いしたことがあった。

「おまちどうさま、シュルさん」

「わざわざすまない」

「ううん」

 そう言って、私はシュルさんにバスケットを差し出した。バスケットと言っても蓋のない、竹で編んだ籠なんだけど。……持ってくれているのはケインだし。

 あの女生徒たちとの問題で、エルさんから食堂に行かないって言われた時から考えていた。料理人もいるってシュルさんは言ったけど、美味しくて新しい料理を、せめて部屋で食べてほしかった。

 だから、お持ち帰り用に料理長に籠を用意してもらい、その中に手で食べられるサンドイッチやホットドックを入れた。スープは蓋付きの深皿に。1人を贔屓していいのかって思わなくもないけど、やっぱり私にとってエルさんは特別だし、彼が食堂に来られないのは私のせいだもん。

 できるなら、温かい料理も食べてほしい。それは、私たちがここを去ってからになる。そうなると、エルさんが食べる姿を見ることはできないんだな。

(……寂しい)

「おねがいします、シュルさん」

 配達人になってくれるシュルさんに礼を言い、私は籠に綺麗な布を掛けた。

(どうか、エルさんが美味しく食べてくれますように)

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