91.秘密の連絡手段、ゲットしました。
完成したオニオングラタンスープは大好評だった。
チーズの香ばしさに加えて、たっぷりスープを吸ったパンも食べ応えがあって、ただのスープとしてではなく、料理の一品にもなるって料理長に褒められた。
それに、使っている材料も少ないし、工程も簡単だから、料理人にとってはお得なレシピになったみたい。
最初の一皿はケインに火の加護を使ってもらったけど、オーブンを使えば一度に何皿も完成するし。
さっそく、今日の夕食のメニューに入れてみるって。
ずらっと並んだスープ皿。私は最後にパセリに似た香草のみじん切りをのせる係だ。
仕事って言う仕事じゃないけど、昨日のことを知った父さんは私が1人でホールに出ることを心配して、結局本当にお手伝いって感じのことをしたんだけど……。
(何だか、私1人だけ楽をしている感じが凄くするんだけど……)
忙しなくホールと厨房を行き来する給仕のお兄さんたちを見ていると、後片付けを手伝うだけでも違うんじゃないかなって思う。でも、これ以上変な騒ぎになって、父さんに心配かけるわけにはいかないもんね……。
それに、夏季休暇の今は食堂に食べにくる人は少ない。このくらいなら大丈夫ってみんなが言ってくれるので、お言葉に甘えておとなしくしているのが一番かもしれない。
(せめて、少しでも……)
唯一の仕事が終わると、私は自分で仕事を探して積極的に動くことにした。幸い、元気だけは有り余っている。魔法で綺麗にする食器はともかく、床や作業台の上など、汚れたところを綺麗にしたり、調味料を片付けたりした。
あっちにいったり、こっちにいったり。
小さな私がちょこまか動くのは迷惑かもしれないけど、一方でちょっとした癒しにもなっているらしく、そこかしこから声が掛かる。
「冷たいもの飲むか?」
「果物切ったぞ、食べないか?」
「抱っこしてやろうか」
最後のはちょっと違うけど、ずいぶん仲良くなった料理人さんたちの優しさに、私も魔力に対する不安が少し薄れた。
そして、夕飯の片付けも終わり、明日の仕込みを終えたころ。
「リナ」
「あ」
厨房に顔を覗かせたのはシュルさんだ。貴族のシュルさんが厨房にやってきたことに料理人のみんなはびっくりしたり恐縮したりしているけど、当の本人は興味深そうにあたりを見回している。
下町に来た時も、忌避した様子はまったく見せなかったし、シュルさんは普通の貴族と少し違うみたい。
「こんばんは。ご飯、食べましたか?」
私はホールに出ないので、エルさんたちが来たのかどうかわからない。すると、シュルさんはああと頷いた。
「ここの食事、本当に美味しくなったからね。特に食に興味のないあいつも、最近はきちんと食べている」
でも、食堂に来ることは止めたらしい。またあの女生徒たちのようなことがあったらいけないからって。それって、私のせいだよね……。せっかくなら温かいものを温かいうちにここで食べてもらいたいのに……私が落ち込んで俯くと、シュルさんがクシャっと髪を撫でた。
「少しいいかい?」
「えっと……」
私はチラッと父さんを振り返る。すると、父さんは足早に近づいてきた。
「私も一緒でお願いします」
「……わかった。じゃあ、こちらに」
シュルさんはホールの隅に私たちを連れていった。
「まだ改良するらしいけど、とりあえず、これ」
そう言って差し出した彼の手には、プラチナのようなチェーンに透明な涙型の石がついたペンダントだ。石はエルさんの目の色と同じアイスブルーで、1円玉くらいの大きさだろうか。今の私がつけると、少し大きいかなってくらい。
「これ……」
「連絡手段」
「……これ?」
ペンダントに見えるけど、違う使い方ってこと?
私が首を傾げると、シュルさんはペンダントを私の首に掛けてくれながら言った。
「これに魔力を注いでごらん」
「……」
「あいつに流れのことは教わっただろう?」
あ、体の中を流れるってあれだ。ついこの間のことなので、その感覚はちゃんと覚えている。私はペンダントを握りしめると、シュルさんに言われた通りそこへ熱を送るイメージを浮かべた。
(血液みたいに、体の中を通って……)
私にとっては魔力というより、熱をペンダントに送る。すると、アイスブルーだった色が薄い水色に変化してきた。
「わ……」
そして、それは黄色になり、薄赤くなって、最後に虹色になった。
【リナ】
「!」
い、今の、何っ? ペンダントの色の変化にびっくりしていたけど、突然聞こえてきた声にはもっとびっくりした。
「えっ? 何だっ?」
隣にいる父さんも驚いているので、聞こえているのは私だけじゃないみたい。普通に聞く声よりも、少しだけくぐもった感じだけど、誰の声かなんてすぐにわかる。
「エルさん? どこ?」
私が慌てて辺りを見回すと、シュルさんがプッと噴き出した。
目の前で笑われても、私はどこから聞こえてくるのかわからないエルさんの声に意識が集中している。
【シュルヴェステル、リナに説明するように】
エルさんの声が、少し低くなった? すると、シュルさんがふっと真面目な顔になった。
「その首飾りは、一つの魔石を二つに割ったものでできているんだ。君の魔力を通すと、もう片方を持っている相手に声が届く」
「へぇ……」
「貴族だと他にも連絡手段はあるんだが、リナは平民だからな。魔力が多いリナには楽な方法らしい」
周りに聞かれないよう、シュルさんは声を落として説明してくれた。
話したいと思った時に魔力を通すと石が虹色に変化し、その時相手の石も虹色に変化するんだって。それが話があるって合図にもなるみたい。あ、こっちが受けて話す時も、ちゃんと魔力を通さないと駄目らしい。
携帯電話のペンダント版、かな? 魔力を通すっていうのがよくわからないけど、これでいつでもエルさんに連絡ができるのは嬉しい。
「……エルさん?」
聞こえているのかなって思って声を掛けてみると、
【例の教育は毎朝、今日と同じ時間に同じ場所だ】
普通の会話と同じ間隔で返事がある。すごい、本当に携帯電話みたい。
【……他にも、何かあったら呼ぶように】
「はいっ」
張り切って返事をすると、すっと石の色が元のアイスブルーに戻った。
「リナがあんまり嬉しそうだから照れたのかもな」
どうやら、向こうから通信を切ってしまったらしい。少し残念だけど、いつでも連絡が取れる手段ができたっていうのはすごく安心できる。
私はペンダントを握りしめ、シュルさんに言った。
「エルさんに、ありがとうっていってくださいっ」
「ああ、伝えておく」
じゃあと立ち去っていくシュルさんを見送って、私はペンダントを服の中にしまった。ヘアピンの時のように、誰かに見つかって取られてしまわないようにするためだ。
「リナ……」
父さんが心配そうに私を見る。エルさんがさっそく私のためにこれを作ってくれたことに、困ったような、嬉しいような顔をしているのがわかった。
「私、ちゃんとれんしゅうするから」
「……ああ、頑張れ」
翌朝。
私は前日と同じ時間に早起きをした。着替えたり顔を洗ったりしていると、同じように起き出した父さんが一緒に行こうかって言ってくる。
父さんが一緒に来てくれたらもちろん心強いけど、私とは比べ物にならないほど毎日忙しい父さんに、それでなくても負担を掛けたくない。それに、薬草園ならもう何回も行っているので1人で大丈夫だ。
「父さん、もう少しねてて」
「リナ……」
魔力制御の訓練1日目。どうなるんだろうって不安もあるし、私にできるんだろうかって心配もある。でも、ここまで付き合ってくれるエルさんのためにも頑張らなければ。
「駄目だ」
「父さん?」
「俺にはリナの魔力がどのくらいかわからないし、それを制御する方法なんて思いつかない。……彼に頼るしかないっていうのも、頭ではわかっている。だからこそ、父さんができることはしてやりたい」
薬草園まで送ることなど、時間も手間もかからない。それよりも、途中でまた誰かに絡まれてしまう可能性の方が心配だ。
父さんにそこまで言われて、私もその気持ちが嬉しくて、ついてきてもらうことにした。私もまだ少し、あの時のことを考えると怖いから。
私は父さんが支度をするのを見ながら、身につけているペンダントの石を握り、昨日のように魔力を流してみる。石が虹色に変化したところで、少し緊張しながら言った。
「……エルさん、今からいきます」
【わかった。気をつけてくるように】
間を置かず聞こえた返事に、エルさんも早起きしてくれたことを実感する。私のためにここまでしてくれるエルさんに、食事以外のことって何かできないかな。
薬草園の前には、またシュルさんが立っていた。
「おはようございます、シュルさん」
「おはよう、リナ」
そっか。エルさんが来てくれるってことは、いつも一緒にいるシュルさんも来てるんだ。シュルさんにも早起きさせて悪いな……。
私がじっと見上げていると彼はふっと目を細め、父さんへと視線を移した。
「リナは確かに預かる。終わり次第、私が食堂に送り届ける」
「だが……」
「魔力制御はあまり見せるものではない」
暗に、父さんは同席させないって言ってるシュルさんに、父さんは苦い顔をしながらも頷いた。自分よりも年少の相手だけど、相手は貴族だから平民のこちらは立場は下なんだよね……。
「私たちを信じてほしい」
だけど、シュルさんは高圧的なだけではない、穏やかな苦笑で父さんに言っている。私はそこに誠意を感じるし、父さんも同じように思ったのか、一度私を見てから頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「確かに」
「いってくるね」
父さんに手を振ると、私はシュルさんに背中を押されて開かれた薬草園の中に入った。
いつも誤字脱字の連絡、ありがとうございます。とても助かっています。
そして、感想も、すべて読ませていただいています。返事は書けていませんが、どのご意見もありがたく、楽しんでもらえていることには嬉しく思っています。
今後も、どうぞよろしくお願いします。




