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89.私の魔力量はどのくらいでしょうか。

 どうしてここに、エルさんたち以外の人がいるの?

 私の中で、今回のことは当然第三者には秘密だと思っていたので、見知らぬ人物の登場に不安と戸惑いが沸き上がる。

 私は問うようにエルさんを見る。すると、彼はいつもと変わらない口調で言った。

「この方は魔法師のベアトリス・フォン・ベサニー様だ。貴族院で魔法を教えてくださっている」

「まほー、し?」

 やっぱり、この学校の先生だというのは当たりだった。でも、どうしてその人がこの場にいるのかわからない。

 私の不安を感じ取ったのか、父さんが前に出て視線を遮ってくれる。そして、私以上にわけのわからないままこの場にきた父さんが言った。

「リナの魔力を調べるということですが、その結果、リナをどうするつもりですか」

「……どうするつもり、とは?」

「リナはお、私の娘です。平民で、下町で暮らしていきます。平均以上の魔力があっても、私たちにとっては持て余すだけです」

 私にどれだけの魔力があるかはわからない。でも、仮にとても多かったら? このまま普通の暮らしを続けることはできる? 変に貴族と関わるようになるとか……そんな想像をして、改めて自分の立ち位置がぐらつき始めた気がして、私は父さんの服を強く掴んだ。


「こちらに」

 父さんの言葉には答えないまま、エルさんが私を見ながら促してきた。

「わ、たし……」

「リナ」

「……っ」

 重ねて呼ばれ、私はふらっと足を踏み出した。父さんが私のことを庇って言ってくれるのは嬉しいし、私だって目に見える形で自分の魔力量を知りたくはない。でも、ここまで来てエルさんの言葉を無視することもできなかった。

「リナッ」

 父さんが焦ったように私を呼ぶ。私は父さんを一度振り返って、それからゆっくりエルさんの前に進み出た。エルさんは私を見下ろして、そっと手を伸ばしてくる。手を取られた時、エルさんの手が少し冷たく感じた。

「魔力を動かすように」

「う、うごかすって、わかりません」

 今まで何度か加護を使ったことはあるけど、あれは術語を口にしたからできたことだと思う。だから、魔力を動かすようにと言われても、どうしていいのかわからなかった。

 すると、エルさんは少し驚いたように目を瞬かせる。

「……わからないのか?」

「……はい」

 ご、ごめんなさい。でも、本当にわかんないんだもん。

 エルさんはしばらく黙っていたが、今度は両手で、私の両手をそれぞれ掴んだ。

「こちらに、熱を伝えられるか?」

 そう言いながら、繋いだ右手を軽く動かされた。熱を動かす……実際に熱が体の中にあるっていうのはわからないけど……血液が体の中を巡る感じでいいの、かな。

 私は右手にたくさん血を流すことをイメージする。すると、気のせいか右手が温かくなったように感じた。その温かさを、繋がれているエルさんに伝えるようにイメージすると、

「……きた」

 エルさんが小さく呟いた。


 血液をイメージする私の考えは悪くなかったみたいで、それから間もなく魔力っていうか、熱を動かすことができるようになった。自分の生み出したものをエルさんに伝え、今度はエルさんから熱が伝わってくる。エルさんの魔力はとても温かくて、体の中を伝わるその感覚はちょっとくすぐったい。

「気分は悪くないのか?」

「はい」

 むしろ、気持ちが良いというか、気持ちがゆったりする。

「エーベルハルド様、もうよろしいかと」

 不意に声が聞こえ、私は大きく肩を揺らした。そっか、魔力を動かすことに夢中になっていて、ここにエルさん以外の人がいるって忘れてた。も、もちろん、父さんのことはちゃんと忘れていなかったよ?

「……それでは、ベアトリス先生、お願いします」

「ええ」

 エルさんの手が離れ、私の目の前には魅惑ボディのお姉さま、ベアトリス先生が立った。

「リナ」

「は、はい」

 き、緊張してきた。どんなことをするんだろう? エルさんみたいに、魔力の伝え合いをするの?

 緊張している私を、綺麗な紫の目が見下ろしてくる。そして、ベアトリス先生は私と手を繋ぐわけでもなく、どこからか取り出した黒い小さな丸いガラス玉を取り出し、私に握るように言ってきた。

 言われた通りギュッと握ると、今度は手をひろげてくれと言う。手のひらに丸いガラス玉をのせた形で手をひろげてみせた。

「クヌート」

「!」

 ベアトリス先生の手に、見覚えのある光る棒が握られている。その棒の先をガラス玉にポンっとあてると、まるで虹のようにいろんな色が混ざった明るくて温かな光が溢れる。これって、確か私の洗礼式の時も、同じような光を見たような……。

「……なるほどね。本当に7神の加護を持っているのね」

 7神? って、何だっけ? あの時初めて会ったエルさんが言っていた言葉を思い出そうとするけど、思い出す前にベアトリス先生は光る棒を下ろしてしまう。

「じゃあ、次はこれ」

 そして、次に渡されたのはテニスボールくらいのガラス玉……もうこれ、水晶玉だよね、すごく綺麗。

「これに魔力を込めてみて」

「こ、これに?」

「そう。さっきエーベルハルド様に魔力を伝えたでしょう? あれと同じようにしたらいいわ」

 こともなげに言うけど、あれはエルさん相手だからできたと思うんだけど……。チラッとエルさんを見たけど、彼は黙ってこっちを見ているだけだ。手助けは期待できないみたいで、私は戸惑いながらも差し出された水晶玉を両手で抱えた。

(これに魔力……熱を込めればいいの?)

 体の中に蠢く血を、ゆっくりこの水晶玉に送るようにイメージする。結構大きいのでかなり時間が掛かるか、途中で魔力が尽きる可能性もあると思うんだけど。

 でも、そんなことを考え始めて間もなく、

「……あ」

 抱えた水晶玉が、パリンと割れてしまった。


「……」

「……」

 エルさんも、ベアトリス先生も、無言で割れて落ちた破片を見つめている。

 ま、不味いよ、これ。魔力を調べる物なんだから、絶対に高い物に間違いないだろうし、弁償しろって言われても無理だから!

 私は自分が犯してしまった失敗に、心臓が止まりそうになった。

「ふふ」

 そんな沈黙を破ったのは、軽やかな笑い声だ。

「まさか、これが割れるなんてね」

 そう言ったベアトリス先生は、呆然と立ち尽くす私の頭を優しく撫でてくれる。

「気分は悪くない?」

「は、はい、あの、ごめんなさい」

 弁償、しなくちゃいけませんか? 縋るように見上げれば、

「あ~ん、可愛い~」

 艶めかしい声を出したベアトリス先生に抱きしめられてしまった。豊満な胸に、むふっ、窒息しそうだってば!

 意図せずベアトリス先生とワチャワチャしていると、

「先生」

 エルさんが冷静に声を掛けてきた。

「あなたが懸念した結果になったわね、エーベルハルド様」

「……そんなにも?」

「ええ。いつまで隠せるのか難しいところね」

 私はベアトリス先生に抱きしめられた格好のまま、頭上で交わされる会話に不安になる。エルさんが懸念した結果って、いったい私、どうなるの?

 ベアトリス先生との会話を終えたエルさんは、私を振り返ってじっと見てくる。その目の中にどんな色があるのか。

「リナ」

 エルさんが私の名前を呼んだ時、私はこくんと唾を飲み込んだ。

 



 エルさんはほんの少しだけ言い淀んだけど、すぐにいつもの口調に戻った。

「君の魔力はかなり多い」

「おおい?」

「7神の加護がある者は、もともと魔力量が多いとされている。だが、近年のコールドウェル国に7神の加護を持つ者は極僅かだ。魔力量が豊富な貴族さえそうなのに、平民の君がここまでの魔力を持っているとは……」

 そう言ってエルさんはふっと息をつくけど、私にはそれがどんな意味を持つかなんてわからない。

 近年国で魔力量の多い人が少ないって言っても、まったくいないわけじゃないし。たまたま、本当にたまたま、平民の私の魔力がちょっと多いとしても、それで貴族が騒ぐなんて……。

 そもそも、魔力をいっぱい持っているって、人に知られなかったらいいんじゃないの? 貴族だって、平民の中にそんな人間がいるって思いたくないだろうし。

「エルさん、ないしょにしてください」

「……」

「私、水のかごしか、使いません」

 魔法には興味があるけど、それでも今の生活を捨てるなんて考えられない。お願いしますって頭を下げた私に、エルさんはまた溜め息をついた。

「魔力は、このコールドウェル国にとって必要不可欠な力だ。魔力が多ければ多いほど、より強い力を持つことができる。リナ、君は、いや、平民は知らないだろうが、この国の生きとし生けるものにはすべて魔力がある。言い換えれば、魔力がなければ淘汰される」

 淡々と、エルさんは告げる。私や父さんがその意味を理解しているのかどうか、時折視線を向けてくるけど、それに応えることができるはずがない。

「作物が豊富に実るのも、その土地に魔力が豊富だからだ。その土地に魔力を満たすのは治める領主や貴族たちだが、近年強い魔力持ちがいないせいか、貴族の中には新たな魔力をどう手に入れるかを皆大きな課題としている」

 魔力で土地が豊かになる? そんなことが本当にあるの? 作物がよく育つのは太陽の光と水、それと土地の栄養……ん? その栄養っていうのが、魔力?

 私の中にある生まれ変わる前の常識、リナとして下町で培ってきた常識。そのどちらにも今エルさんが言っていたことはまったくないから、すんなり理解はできない。

「リナ」

「……」

「このままでは、君はいつしか貴族に取り込まれてしまう」

 その瞬間、それまで固まったように動かなかった父さんが、私を強く抱きしめて抱えあげる。絶対に私を離さないという意思がその手の強さから伝わってきて、私も頼もしいその腕にしがみ付いた。

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