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88.知りたくないこともあるんです。

 私、どうなるんだろう……。

 さっきから同じことばかり考えて、頭の中がパンクしちゃいそう。でも、ここで全部放り出して逃げることなんてできないよ……。

 私は隣に座っている父さんを見上げる。コック服のまま、太い腕を組んで黙り込んでいる父さんはすごく怖い。その威圧をまともに受けているはずの向かいに座っているエルさんは、まったく表情を変えていないけど。

「……お断りします」

 しばらくして、唸るように言った父さんに、エルさんは淡々と聞き返してきた。

「なぜ?」

「リナは、平民です。水の加護だけを受けている、普通の子なんです。わざわざ貴族様に魔力の鑑定をしていただくことはありません」


 あれから、私はエルさんたちと一緒に食堂に戻った。恥ずかしいけどちょっと足が震えていて、シュルさんに抱き上げられて現れた私を見て驚いた給仕のお兄さんが、急いで父さんを呼びに行ってくれた。

 昼食の時間はとうに過ぎていて、ホールの中に他の学生の姿がなかったのが本当に幸運でしかない。

「リナッ?」

 勝手に薬草園に行ってから、父さんは私がまた変な行動を起こさないかすごく気にしていたところで、いきなりシュルさんに抱っこされている私を見てかなりびっくりしていた。厨房にいた父さんは、私があの女生徒たちに連れ出されたことを知らなかったから、余計にどうしてって思ったんだろう。

 それで、エルさんが話があるって言って、ホールの一番端の席を陣取って、さっき薬草園で言われた私の魔力を測りたいってことを父さんに伝えたんだけど……。

 父さんは断った。かなりきっぱり断ったことに、私の方がびっくりした。だって、エルさんは何度かうちの店にきたし、1歳の洗礼式の時は神殿長に絡まれそうになったのを助けてくれたし。変な話、エルさんが貴族とわかっても好感を持っているから、断るにしても悩むんじゃないかなって思ってた。

 でも、父さんは私と貴族が、それがたとえエルさんでも深く関わることは嫌みたい。私だって、今の生活が壊れることはしたくない。

 生まれ変わって、魔法が使えるって知った時は嬉しかった。テレビで見ていた魔女っ娘なんだって浮かれていた時もあるけど、それはあくまで人と同じくらいというのが前提で、わざわざ魔力量を測らなければならないくらい自分の魔力が多いなんて考えてもみなかった。

「……ごめんなさい」

 父さんが駄目って言って、私も怖くて。だから、助けてくれたエルさんの申し出を断るのは悪いと思うけど、私は頭を下げて父さんと同じ気持ちだって伝えた。

「さっきは、助けてくれてありがとうございました。でも、私……」

「リナ」

「……っ」

 エルさんの声は淡々としていて、そこに怒りも苛立ちも感じない。でも、それが怖いと思った。

「私がここに来たのは、魔力量を調べると告げるためだ」

「だ、だから、それ……」

「許可を貰う必要はない」

「!」

 それは、この上もなく貴族らしい言葉で、一瞬で私たちとエルさんの関係が決まった気がした。そっか……エルさんは父さんに許可を貰う必要なんてないんだ。そうするから、伝えただけ。

 私は隣に座る父さんの組んだ手に、白くなるほど力が込められたのが見えた。




 保護者には伝えたからと、エルさんは明日の早朝、薬草園に来るように言って食堂から去って行った。

 私はただ茫然とその背を見送ることしかできなくて、ようやく我に返った時にはもう、夕食の準備が始まっていた。

「リナ、手伝いはできるか?」

 父さんに聞かれ、私は頷いた。本当のことを言えば、魔力のことも気になるけど、あの女生徒たちのことも頭から離れなくて、また同じようなことが起こるんじゃないかってビクビクしてしまった。

 相手は貴族なんだから、私みたいな子供を相手にするわけがないって思いたいけど、一度あったことは二度あるかもしれないし。

 だから、父さんに言って厨房の中で手伝いをした。出来ることは限られているけど、ここだったら私の味方ばかりだから安心だ。

 夜は何もなくて、エルさんたちも来なくて、後片付けが終わると私たちは早々に部屋に戻ることになった。


 すごく疲れちゃったから、お風呂も入らずに眠りたい。でも、湯船につかることができるのはここにいる間だけなので、私は気力を振り絞ってお風呂に入った。

「あら」

 珍しく、そこには先客がいた。三十前後の、ナイスバディなお姉さまだ。

「あなた、今食堂に来ている子?」

「は、はい」

 ここにいるということは、この学校の職員の1人だ。例外的に平民もいるだろうけど、学生も教師もほとんど貴族だって聞いているので、この女の人も貴族である可能性が高い。だって、肌もよく手入れがされているようにピカピカだし、髪だって綺麗に結い上げてるし。髪! キレイな明るい紫色なんて初めて見た気がする。目の色も……あ、同じ紫色だ。

(でも、貴族の女の人が1人でお風呂に入る?)

 イメージとしては、お付の人が何人もいそうだけど……。

「1人で湯浴みできるの? 偉いわねぇ」

 な、なんか、すごく小さい子認定されてるみたい。

 失礼なことをしちゃう前に、パパっと身体を洗って出よう。

 私は頭を下げて身体を洗おうとしたけど……。

「背中は手が届かないでしょう? ほら、洗ってあげるから前に来て」

 ……ここで断れないのは私のせいじゃないと思う。ビクビクしながら、でも、湯から出てきたことによって見えた魅惑のボディを直視しないよう、身体を丸めるように彼女の前に座った。

「ふふ、綺麗な肌ねぇ」

 細い指が、優しく背中を撫でる。

「……傷も、黒子も、痣もないわね」

「そ、そうですか?」

(こ、困る……)

 身分もそうだけど、年齢も違い過ぎて、どんな話をしていいのかわからない。私は相手から話しかけられることに、一生懸命答えた。




「……で、何があった?」

 綺麗なお姉さんとの入浴を終え、何だかすごく疲れた気分で部屋に戻った私の目の前には、眉間に深い皺を湛えた父さんが立っていた。エルさんたちが帰ってからそのことには何も言わなかったけど、やっぱり……聞いてくるよね。

 覚悟はしていたけど、どこから話せばいいのかちょっと迷う。あの女生徒たちのことを言ったら、絶対に父さん心配するだろうし。私も思い出したくないけど……。

「リナ」

「……」

「リナ、父さんはちゃんと知っておきたいんだ。どうして彼があんなことを言い出したのか、お前に何があったのか」

 私を心配してくれる父さんの言葉が胸に響く。

「リナ」

「……あした」

「ん?」

「あした、父さんもいっしょにきて」

 今の私にとって、思い出したくないあの女生徒たちのことより、明日のことの方が大事だ。魔力をどうやって測るのか、測った後、どうなるのか。絶対に、私だけでは受け止められないと思う。

「おねがい……」

 だから、一番私のことを思ってくれる父さんに、一緒にいてほしい。どんなショックなことがあったとしても、父さんが一緒なら安心だって無条件に信じられるから。

 私が言葉を濁していると思ったのか、父さんは怖い顔をなかなか止めなかった。でも、私がそれ以上何も言わないと、ようやく諦めたように深い溜め息をつく。

「……料理長のところに行ってくる」

「父さん」

「早く寝なさい」

 そう言って、父さんはまだ厨房にいるだろう料理長のところへ行った。明日遅れることを伝えるためだろう。

(……ごめんなさい……)

 肝心なことを何も言わないのに、父さんは私を守るためにちゃんと行動してくれる。父さんがいるなら、きっと大丈夫。

(魔力量なんて……絶対、平均くらいしかないはずだもん)






 翌朝。

 まだ夜が明ける前に起こされた私は、眠い目をこすりながらベッドから出た。

「おはよ……」

「おはよう。目、覚めないか?」

 トントンと背中を叩かれながら言われるけど、そのリズム……かえって眠たくなっちゃう。だいたい、早朝にって言われてるけど、はっきりした時間は言ってなかったはずだ。もう来てるとか……?

「ほら」

 再度促されて、私はようやくベッドから下りた。ふと見ると、ケインはまだスヤスヤと眠っている。父さんはもう着替えていて、私の服もちゃんと用意してくれていた。見かけによらず、父さんは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのだ。

 服を着替え、髪も整える。今日は、あのヘアピンはしなかった。でも、大事にエプロンのポケットに入れる。取られちゃったヘアピンはどうなったかな……。

「行くか」

「うん」

 父さんと手を繋いで、もう歩き慣れた薬草園への道を行く。父さんは薬草園に行くのが初めてなので、物珍しそうに辺りを見ている。

「この辺り、きちんと手入れをされているが緑が多いな」

「やくそうえんも、すごいんだよ」

「それは楽しみだな」

 ちょっとだけ、父さんが笑ってくれた。この後への不安から、起きた時から雰囲気が張りつめていたから、少しでも気が紛れたのなら良かった。


「あ」

 薬草園の前まで来た時、そこにはシュルさんが立っていた。

「やあ、おはよう」

 何だか、その場にそぐわない陽気な挨拶に、私と父さんは戸惑いながらも言葉を返す。すると、シュルさんはエルさんが持っていたカードを取り出し、預かったからと言って扉を開けてくれた。

「……」

 隣の父さんが、驚いたように息をのむのがわかる。私だって、初めて見た時はすごく驚いたもん。

「こちらにどうぞ」

 前を歩くシュルさんの後を、私と父さんが続いて歩く。私の手を握る父さんの力が痛いほど強い。

 やがて、あの休憩所が見えてきた。そこにはエルさんと……。

「え……」

「おはよう」

 にこやかに声を掛けてくれたのは、夕べお風呂で会った綺麗な紫色の髪をしたナイスバディのお姉さんだった。

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