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85.秘密のお話をしました。

 エルさんが向かった先は、昨日初めて足を踏み入れた薬草園だった。

 当たり前のように、あのカードみたいなものを取り出すエルさん。でも、マシューが持っていたのは白いカードだったけど、今エルさんが取り出したのは赤色だった。

 私の視線に、シュルさんが答えてくれる。

「あれはあいつ専用のカードだよ」

「エルさんの?」

「薬草採集に毎日のように来ていた時、いちいちカードを渡すのが面倒だと言って、先生が作ってくれたらしい」

 へえ~。面倒だって思われるほど通い詰めたエルさんもすごいけど、面倒だからってカードを作った先生も変わってる。いったいどんな先生なんだろうって考えている間にも、カードで入口を開けたエルさんの後に続くよう、シュルさんに背を押された。

「わぁ……」

 2回目の薬草園は、やっぱり緑と光に溢れた不思議な世界で、私は無意識のうちに深く深呼吸した。森林浴は身体にいいもんね。

(……ここに通っていたエルさんも……)

 森林浴していたのかなって思ったけど、たぶん違う。きっと、嬉々として薬草を取るためだけに通っていたんだろうな。でも、その方がエルさんのイメージに合うな……って、失礼なことを考えてしまった。

 それにしても、昨日もだけど、ここには他に人影はない。昨日はたまたま、私たちが素材を取りに来ただけで、本来は滅多に人が訪ねてこない場所なのかもしれない。


「リナ」

 ぼんやりと辺りを見回していた私は、名前を呼ばれて慌てて視線を向ける。思いがけなく、エルさんが側にいてびっくりした。

「エルさん?」

「……これを」

 そう言いながら、エルさんは右手を差し出す。白い手は意外にも骨ばっていて大きく、男の人だなって思った。

 いやいやいや、今はエルさんの手の評価は置いておいて、あの手のひらにあるのは……ヘアピン? パッチンって止めるタイプじゃなくて、髪をはさむ細長いタイプだ。本体はシルバーだけど、小さな石が3個、飾りに付けられている。

 石はアイスブルー……エルさんの目の色と同じだ。

「あの……」

 差し出されているけど、もしかしてこれ、私にってこと? エルさんが何も言わないから、私もどうしていいのかわからない。普通に、ありがとうって受け取っていいのか、それとももっと別な意味があるのか。相手がエルさんだけに、普通に考えたらいけないのかなって思っちゃう。

 私がなかなか動かないからか、エルさんの眉間の皺が増えた。お、怒ってるの? で、でも、どうしたらいいの?

 何も言わないエルさんと、動けない私。すると、ここにいたもう1人が、エルさんの手のひらからヘアピンを取ってしまった。

「あ……」

 思わず声を上げて見ていると、ヘアピンを取ったシュルさんが私に向き合い、三つ編みをしている両サイドの髪にそれを付けてくれる。うわ……生まれ変わって初めてかもしれない、こんなオシャレするの。

 エルさんが持っている時はすごく綺麗だったけど、私がつけて変に見えないかな。何だか妙に恥ずかしくなって、私は俯いた。


「良く似合ってる」

 すぐに褒めてくれたのはシュルさんだ。

「リナの黒い髪によく映えてるな」

「ほ、ほんと?」

「ああ。作った甲斐があっただろう、エーベルハルド」

「……」

 エルさんは何も言わないけど、まるで確かめるように私をじっと見下ろした後、僅かに頷いたのが見えた。一応は、納得してくれたってこと?

 エルさんからヘアピンを貰ったのは嬉しいけど、でも、どうしてこれをくれたんだろう? それも、朝わざわざ食堂にまで来て、その上他の人に見られないように薬草園まで来て。

 その行動の意味がわからなくて私はじっとエルさんを見上げた。

「……」

「……エルさん」

「……あの魔石を忘れたと言っただろう」

「ませき?」

 突然何? 話の意味が見えなくて、私は首を傾げてしまう。

「あの魔石は、君の魔力の揺らぎを私に教えてくれるものだ。だが、君はそれを持ってこなかった。貴族院という、魔力持ちばかりの中で、己がどんなに危うい立場なのか自覚が足りないと思う」

 自覚……魔力を持っている人がいる中で、私、どんな自覚が必要なわけ?

 話が見えなくて、私は首を傾げたままだ。すると、そんな私を見てエルさんは深い溜め息をついた。

「貴族にとって、魔力は一番見えやすい力だ。その力は、あればあるほど良い。己になければ、ある者から奪うだけだ」

「子供には難しいだろう、エーベルハルド。リナ、貴族は己の権力を維持するために魔力を必要としている。強い魔力を持つ者ほど、強い権力を持つんだ。ここまでわかるかい?」

 堅苦しいエルさんの話とは違い、シュルさんの言葉はわかりやすい。私が頷くと、シュルさんは良しと言って話を続けた。


「だが、今の貴族は強い魔力を持つ者は少ないんだ。神の加護が少ないとか、近親婚が多くて血が濃くなったからとか、まあ、いろいろな原因はあるだろうが、今、コールドウェル国内の上位の貴族の中でも、強い魔力を持っている者はあまりいない。……そうなると、どうなると思う?」

 どうなる? 偉い貴族でも魔力が少ないなら、もしも下位の貴族が強い魔力を持ったら……下克上とかできるってこと?

「えっと……えらくない人が、えらい人と入れかわれる?」

「ああ、そうだ。貴族の力は魔力の力と言っていい。それこそ、王が入れ替わることだって……」

「シュルヴェステル」

 エルさんが低い声でシュルさんの言葉を止めた。さすがに王様が入れ替わるとか、誰も聞いていないっていっても言っちゃいけないんじゃないの?

「まあ、それは言い過ぎかもしれないが、強い魔力を持つ者が高い地位を得ることができる。もちろん、魔力を奪うことはできないが、その人物を囲い込むことは可能だ。強い貴族こそ、それができるんだよ」

「平民が貴族になれることはない。だが、貴族は平民をどうとでも利用できる。君はその危機感を持った方が良い」

 エルさんもシュルさんも、肝心なところは言葉を濁したけど、何となくわかった気がした。2人は私をただの5歳児だって思ってるだろうけど、それプラス、20年の知識がある。貴族が平民を利用する……特に女だったら、愛人とかって方法もあるだろうし。

 5歳の私にそんなよこしまな考えを持つ貴族が現れるとは思わないけど、それくらい用心しろってことだろう。自分たちだって貴族なのに、こんなふうに教えてくれる2人の優しさが嬉しかった。


「私、気をつけます。帰ったら、あの石、いつも持つようにする」

 私が誓うように伝えると、エルさんは軽く頷く。

「そうするように。まあ、今渡した髪留めで、もしも君の魔力に揺れがあった場合は私が感じ取れる。今は夏季休暇で生徒の数は少ないが……万が一のためだ」

 このヘアピンは、あの石と同じ機能があるんだ。それを、わざわざ身に付けてもおかしくない物に加工してくれたエルさん。それも、昨日の今日だよ? 私のために貴重な時間を割いてくれたんだ。

「ありがとう、エルさん」

「……」

「でも……」

 どうして、私のためにそこまでしてくれるの? エルさんにとって、私は何の利用価値もない、ただの平民の子供なのに……。気になってしかたがないけど、なぜかそれをエルさんに聞けなかった。

「……」

「……」

「何だ」

 私が言葉を止めたことで、エルさんが怪訝そうに聞き返してくる。でも、私は首を横に振る。エルさんもそれ以上は何も言わなかった。




 あの後、シュルさんはちゃんと食堂まで私を送ってくれた。シュルさんだけじゃなくエルさんも一緒で、結局朝食のサンドイッチもちゃんと食べて行った。顔には出さないけど、かなり気に入ってくれたみたい。

 私はしっかり夕食のアピールもした。絶対に美味しいものが出るから、夕食もちゃんと来てほしいって。エルさんははっきりした答えを返してくれなかったけど、シュルさんが頷いてくれたので、きっと2人一緒に来てくれるはずだ。

「リナ、何の用だったんだ?」

 2人を見送って厨房に行くと、父さんがすぐにやってきた。私は髪につけているヘアピンを見せる。

「これくれたの」

「……それを?」

 父さんは難しい顔をしている。どうしてエルさんが髪飾りを私にくれたのかわからないからだろう。でも、他の人がいる前で、魔力がどうとかって話、できないし。

 飾りで付けている石も高そうに見えるもんね。……ん? 実際に高かったら……どうしよう。

(ここを出る時に返したらいいかな……)

 エルさんの目の色と同じだからずっと持っていたいけど。

「……今度、父さんからも礼を言おう」

「うん」

 父さんは、返すようにとは言わなかった。向こうからくれたものを返すのも失礼だと思っているからかもしれない。また夜に叱られるかもしれないけど、今は気持ちを切り替えてお手伝いに集中することにした。




 今日の夜のメニューは、予定通り揚げ物メインだ。

 トンカツにチキンカツ、唐揚げに、魚のフライ。それを好みで注文を受けて出す。食べ盛りの少年が多いせいか、やっぱりトンカツは大人気だ。

 父さんは料理長に、フライと天ぷらの作り方を教えた。贅沢品の油もたっぷりあるから、きっと定番の一品になるだろう。

「この肉、美味いな」

「うん」

 私とケインは、味見係という重大な任務を担った。ここは本当に肉の質も良いし、種類もたくさんある。後は……ソースかな。今はマヨネーズとトマトソースのアレンジ版があるけど、タルタルソースも美味しいし、ウスターソースみたいなのもあってもいいかも。

 でも、作り方……知らないんだよなぁ。こんな時、料理をあまりしていなかった前世を悔んじゃうよ……ふぅ。

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