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84.できる仕事は限られています。

「……あんた達が来てくれて、本当に……助かった」

 夕食の後片付けが終わり、見習いの少年たちが明日の朝食の仕込みをしている中で、料理長が突然そう言って頭を下げた。

 グランベルさんが帰ってしまい、実質的に助っ人の中で代表者のような形になっている父さんは、厳つい顔に慌てたような色を浮かべて首を振った。

「お、俺、いや、私こそ、勉強になっています」

 調理の速さや、盛り付けなど、この先の仕事の参考になることも多いって父さん言ってた。もちろん、下町に住んでいる私たちと、貴族の子供たちが食べるものが同じようになるとは思わないけど、お互いに良い物を取り込んでいけばいいと私も思う。

 でも、やっぱりこの料理長さん、すごく勉強熱心な人だな。

 どんどん知識も吸収していくし……この分なら、私たちがいる間、彼自身が新しいメニューを考えることもありそう。




 厨房の良い雰囲気に、私の心もほっこりしていた……ん、だけど。

「リナ」

 お風呂を入り終えて部屋に戻ってきた私は、父さんに話があるって言われた。

 てっきり、明日の仕事のことだろうって思ってたんだけど、向かい合う父さんの顔がちょっと怖くて、滅多に向けられない厳しい眼差しに戸惑ってしまう。

「今日のことだが」

「今日のこと?」

「どうして、相談せずに彼のもとに行こうとした?」

 あ! そこまで言われて、私は初めて父さんが何を言おうとしているのかがわかった。

(私が、勝手にエルさんに会いに行ったから……)

 朝、薬草園でエルさんに再会したことを、私は父さんに伝えていなかった。別に隠すつもりじゃなくて、忙しそうな父さんにわざわざ言わなくてもいいかって思っていたから。

 その後、エルさんに新しい料理を食べてほしいってことだけに頭がいっぱいになって、それを父さんに相談することまで考えていなかった。

「貴族に囲まれて戻ってきたお前を見て、父さんがどんな気持ちだったかわかるか?」

 その中には、父さんも知っているエルさんとシュルさんもいたけど、ここは下町じゃなくて貴族の子供が通う学校で、何があるかわからないと心配になる父さんの気持ちが、今改めて考えると嫌でもわかってしまった。

「……ごめんなさい……」

 エルさんに会えて嬉しくて、浮かれていた私はここがどんな場所なのか本当の意味でわかっていなかったのかもしれない。

(あ~、もう、何心配かけてるんだろ……)

 ひどく落ち込んでしまうと、涙がせり上がってきた。私が泣くなんておかしいってわかっているのに、止めようと思うと反対にポロポロと涙が頬を伝う。

 すると、父さんが軽々と私を抱き上げてくれた。

「よし、わかってくれたんならいい」

「父さん……」

「ただ、これからは、何をするんでもちゃんと父さんに言うこと。父さんが知らないところでリナが危ない目に遭ったとしたら……悲しくて、自分自身が許せなくて、どうなってしまうかわからないと思う」

 私のことを深く愛してくれているとわかる言葉に、私は答える前に目の前の逞しい体に抱きつく。

「リナはまだ子供なんだから、そんなに働かなくてもいいんだからな? お前がいるだけで、父さんは仕事を頑張れるんだ」

 それって、まるで私、癒しグッズの1つみたいに聞こえるけど……まあ、5歳の子供にできることは少ないし、父さんのやる気が起こるだけでもいいと思っておこう。

「よし、寝るぞ」

「は~い。……あ、お兄ちゃん、もうねてる」

 私が父さんと話している間に、ケインはとっくに夢の中に旅立っていたようだ。結構頑張っているから、疲れているんだろうな。

 私は父さんに抱っこから解放してもらうと、ケインの掛け布団を直してやった。






 翌日。

 私は父さんとケインと一緒に厨房へ向かう。

「おはよう」

「おはようございます」

 厨房の料理人たちの方から声を掛けられ、私たちもそれに答えた。今日で3日目だけど、かなり打ち解けているよね。新メニュー開発という共通の目的があるせいか、協力体制が早くもできつつあるのが嬉しい。

 さっそく、ケインは見習いの少年たちのもとへ行き、彼らの仕事を手伝っている。野菜洗いや、皮剥きなど、やることがいっぱいあるって昨日も元気に言っていた。

 私にとっては、頼りになるけど極度の妹馬鹿って印象のケインだけど、普通にやればできる子なんだよね。ここでも結構重宝されているのが羨ましい……。

 だって、私、することないんだもん。

 ここにいる誰よりも体が小さいから、何をするにしても人の倍、下手をしたら3倍は時間が掛かってしまう。洗い場でも竈でも、身長が足りないせいで作業ができない。

 だったら、新メニューのアドバイスでもって思うけど、父さんは私が目立つことを嫌う。それが私のためだってことが良くわかるから、文句を言うこともできない。

 こうして考えると、本当に私って役立たずだ……。

 結局、私ができる仕事っていえば。


「おはようございますっ。ごはんはどうですか?」

 食堂にやってきた学生や先生相手の接客。まあ、接客って言っても、食事をのせた重いトレイを運ぶことはできないし、何より貴族相手の優雅な仕草っていうのも壊滅的なので、新メニューに関しての感想を聞く役割をすることになった。

 これでも一応、前は二十歳まで生きていたから、記憶力もまあまああるし。学生たちも、子供相手だったら取り繕うこともあまりなくて、結構素直な意見を聞かせてくれるんだよね。

 先生方はもっと顕著で、「頑張ってるね」って頭を撫でてくれたりするのがちょっと恥ずかしいけど。

「このソース、初めて食べる」

 目の前の少年は、サンドイッチを不思議そうに見ている。マヨネーズ、気に入ったのかな。

「……この料理人、私の屋敷に連れていきたい」

「え?」

「院の食堂で料理人をするよりも、貴族のお抱えになった方がいいだろう?」

 おおっと、引き抜きってこと? それだけ気に入ってくれたのは嬉しいけど、ちょっと話が飛躍し過ぎ。もしも、料理人が行ってもいいよっていうのなら利害関係が一致してるけど、無理矢理は絶対ダメだよ!

「このソース、マヨネーズっていうんですけど、レシピがベルトナールのギルドにとーろくしてありますよ」

「レシピが? 本当か?」

「はい」

 私はにっこり笑い、そこでレシピを購入して、お屋敷の料理人に作ってもらったらいいよって告げた。少年はその気になったらしく、さっそく家に連絡をするって言っている。

 良かった、これでここの料理人が減ることはなくなったよ。




 昨日の夕食に来なかった学生たちは、初めて見るメニューに興味津々だったり、驚いたりしている。中には、手で食べるスタイルのサンドイッチに眉を顰める女生徒もいたけど、おおむね好評みたい。

 今夜は、揚げ物を出すって言っていた。トンカツや、唐揚げ、魚のフライ。これもきっと、喜んでもらえると思う。

 新しい味に驚く顔が早く見たいなと思って笑っていた私は、

「リナ」

 不意に名前を呼ばれた。

 その声にはもちろん、聞き覚えがある。

「シュルさん」

 よおって手を上げているのは思った通り、シュルさんだ。でも、シュルさんに笑いかける前に、その隣にいた人物を見て私は声を上げた。

「エルさんっ?」

 相変わらず綺麗な、人形のように表情のないエルさん。でも、まさか朝から彼が食堂に来てくれるなんて思わなかった。美少年=低血圧なイメージがあるせいか、朝食は抜く派だろうって勝手に考えていたから。

 もちろん、朝ご飯はちゃんと食べた方が良いんだけど、エルさんがそういうことをちゃんと考えているとしたらびっくりだ。

「おはようございます!」

 朝からエルさんの顔を見られるのはやっぱり嬉しいので、私の挨拶の声も1オクターブ高い。

「……」

「?」

「……」

 エルさん、挨拶は大事だと思います! 私は期待を込めた眼差しでじっと見上げる。すると、エルさんはふっと小さく溜め息をついた。

「……おはよう」

「おはようございます!」

 朝から、挨拶だけでテンションが凄く上がったよ。にこにこと満面の笑みでもう一度そう言うと、エルさんは一瞬だけシュルさんに視線を向けた。それに頷いたシュルさんが、なぜか厨房の方へと向かってる?

 飲み物は給仕のお兄さんがテーブルまで運んでくれるはずなんだけど……。


 彼の行動の意味がわからなくて首を傾げていると、すぐにシュルさんは戻ってきた。そして、今度は彼が、エルさんに向かって軽く頷いてみせる。

「リナ」

 どんな合図なんだと2人の顔を交互に見ていた私は、エルさんに名前を呼ばれて動きを止めた。

「はい」

「ついて来るように」

「え?」

 短く言って、そのまま歩きだすエルさんに、私は呆気にとられてしまう。ついて来いって言うけど、私、勝手な事したらまた父さんに叱られちゃうんだけど。

「ジャックには許可を貰った。ほら」

 そんな私の心をまるで読んだかのようにそう言うと、シュルさんが優しく肩を押す。身長差があり過ぎるせいでエスコートとは言えないけど、思った以上に優しい仕草に私はつい2、3歩、歩いてしまった。

「と、父さん、いいって?」

「ああ。またちゃんとここに送ってくるから」

 いったい、どんな用事なんだろう。シュルさんに尋ねても、用があるのはエルさんの方だからって言う。普通に話すなら食堂でもいいと思うんだけど、それを言えば「まあまあ」って濁された。

 食堂の外に出ると、とっくに先に行っていると思っていたエルさんが立ち止まっていた。目を丸くする私と、堪えきれないように含み笑いを漏らすシュルさんを交互に見たエルさんは、僅かに眉間に皺を寄せて再び歩き始めた。

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