83.好評のようで嬉しいです。
(……すごい光景……)
私はホールの一角にあるテーブルを見て、思わず口元が引き攣りそうになった。
だって、そこにはプラチナブロンドの髪に、水色の髪。それと、ピンクの髪にくすんだ金髪。……ね~、こんなにも色とりどりの髪があると、目がチカチカしちゃいそう。
でも、一番に席を立ちそうなロックさんが、おとなしく椅子に座っているところが面白い。まあ、ご飯は大勢で食べた方が美味しいものね。
テーブルに並べたのは、従来のメニューではなく、今日試食として出す予定だったトマトスープに、スクランブルエッグのトマトソースかけ。後は様々な具が入っているサンドイッチ。
4人の眼差しは、初めて見るだろうサンドイッチに向けられている。ただ、目を輝かせているシュルさん以外の3人は、あまり表情を変えてはいないみたい。見ただけでは受け入れられているのか、それとも忌避されているのかはわからないけど……私、子供だから、言葉で言われないとわかりませんってことで。
「あの、どうぞ」
「……これはどう食べるんだ?」
最初に質問してきたのは、ピンク頭のトラさんだった。彼が何のことを言っているのか、視線を見てわかった私は、好きに食べてくださいって言った。そもそも、これはあくまでも試食であって、食べ方まで指定するつもりは毛頭ない。とにかく、美味しく、楽しく食べてもらえるのが一番だ。
「これは、手でも食べられるパンです。トラさ……」
トラさんもどうぞと言おうとした私は、ハッとして口を噤む。今更だけど、私、いくら学生とはいえ貴族相手に馴れ馴れしかった?
エルさんとシュルさんは幼い時から知っているので、勝手に近しい存在だって思っているけど、トラさんとロックさんは考えたらさっき会ったばかりなんだよね。
「どうぞ、トラ……様」
一度しか聞いていないフルネームを思い出せないまま、それでも一応「様」をつけて言うと、なぜかトラさんは違うって首を振る。
「様はいらない」
「え、で、でも……」
それって、不敬なんじゃないかな。ま、まあ、エルさんやシュルさんを「様」付けしていないで呼んでいる時点で不敬も何もないんだけど。
「リナ」
でも、本当に良いんだろうかって迷っていると、エルさんが静かに声を掛けてきた。
「ここでは、身分差はない。それに、君はまだ子供だ。気を遣うことはない」
身分差はない、か。チラッと側にいる父さんを見上げると、苦笑しながらも頷いている。……うん、子供だもん、難しいことは考えないようにしよう。
「じゃあ、トラさん、どうぞ」
私の言葉に、トラさんは少しの迷いもなくハムとチーズのサンドイッチを手に取り、口にする。
(……表情、全然変わんない……)
驚いた表情もなく、かといって、不味そうな顔もしていないトラさんは、手で食べているというのにとても上品に見える。さすが貴族だなって感心していると、さっさと食べ終えた彼が私を見て言った。
「初めて食べる」
「どうでしたか?」
「これが食堂の新メニューになるのなら、私もここに通うことになるな」
……それって、美味しいってことでいいのかな。貴族らしい言い回しっていうか、直接的な味の表現をしてくれないことに判断が迷うとこだけど、とりあえず受け入れてくれたってことにしておこう。
トラさんを皮切りに、他の3人も食事を始める。シュルさんとロックさんは、男の子らしくバクバクと、でもやっぱりその食べ方は綺麗で、あっという間になくなっていく料理との差が何だかすごく違和感がある。でも、
「これ、すごく美味いな。このパンは初めて食べるし、中のソース……これ、癖になるな」
シュルさんはマヨネーズをとても気に入ってくれたみたい。
「食べても食べても満足できない。次を持ってきてくれ」
オマケみたいについてきたロックさんは、肉を挟んだサンドイッチを気にいったみたいで、ぺろりとたいらげておかわりを要求してくる。ま、まあ、それなりに量は作っているはずだけど……どれだけ食べるんだろう。
でも、たくさん食べてもらうのはやっぱり嬉しい。それは父さんも同じみたいで、自分で厨房の方へと走っていく。
(エルさんは……)
私が一番食べてほしかった人、エルさんはというと、他の3人とは違い、なかなかサンドイッチを口にしなかった。味を疑っているって感じじゃなくて……どこか、観察するような眼差し?
切り口とかをじっと見て、下品にならない程度に匂いも確認して。そして、優雅な仕草でようやく口にする。
「……」
私はじっとその様子を見ていた。す、すごく、緊張する。
「……リナ」
「うぁっ、はいっ」
「これは、不可思議なものだな」
「ふ……?」
エルさんが言ったことが、すぐには理解できなかった。だって味とか見た目を言うなら色味とか、甘いとか辛いとか、そんな表現になると思うんだけど……不可思議って言われる方が不思議なんだけど。
私がエルさんの言葉の意味を考えている間にも、エルさんは次々と他のサンドイッチにも手を伸ばし、一通り味わったかと思ったら、今度はスープを飲んて、一言。
「……不可思議だ」
いや、私が不思議でたまらないから!
もっとちゃんとした感想が欲しいけど、エルさんに面と向かって言えるはずがない。ただ、優雅でも止まらない手と、男の子らしい旺盛な食欲を見ていると、たぶん気に入ってくれたんだと思う。
でも、やっぱりちゃんとした言葉が欲しくなってきた。
「エルさん、美味しいですか?」
食事の手が落ち着いたところで、私は思い切って尋ねてみる。すると、エルさんは空になった皿にちらりと視線を向けた後、私を見て小さく頷いた。
「悪くはなかった」
それって、どっちなの?
私がエルさんたちのテーブルにかかりきりになっている間も、食堂には次々に学生や先生方が来ていた。もちろん、夏季休暇の間に残っている人たちだけなので人数的には少ないんだろうけど、そこかしこで楽しそうな声が聞こえてきたのは嬉しい。
今回は試食も兼ねているので、テーブルごとに料理人がついて感想や意見を聞いている。後でどんな結果か聞くのが楽しみ。
そして、エルさんたちの食事も終わった。
私はあらかじめ決められていたアンケートを取ることにする。
一番大切なのは味の感想。次に量、そして、これはこの学校だからあるんだろう項目、美しさ。貴族は美しいものが好きで、盛り付けにも気を遣うんだって料理長が言っていた。私だって、綺麗な盛り付けは大切だと思うけど、学校の食堂にそこまで高いレベルは期待しない。《佳奈》だったころなら違ったかもしれないな。
4人はそれぞれ、思いついたことや気になったことを言ってくれる。でも、聞く限りはずいぶん好意的だと感じた。
あ~、良かった。エルさんに食べてもらいたいって野望が叶って、私的には大満足! もちろん、この1回だけのつもりじゃないけど。
「それではな」
ロックさんが立ち上がり、なぜか振り向いて私の頭をグシャッと撫でた。
「うぇ?」
「……怪しい者かと思って、悪かった」
「い、いえ」
まさか、こんなところで謝罪してもらえるなんて思わなかった。あんな場所にいきなり現れた子供を不審に思うのは当然なのに……私は慌てて首を横に振る。
「ま、また、食べにきてください」
「ああ」
次に立ち上がったのはトラさんだ。
「美味しかったよ」
「ありがとうございます。料理人さんが、みんな、がんばったから」
厨房にいるみんなの頑張りを褒めてもらったようで嬉しくなると、トラさんは僅かに目元を緩める。
「君が一生懸命説明してくれたのも良かった」
「トラさん」
私、何もしていないのに……でも、そんなふうに言ってもらえるのはすごく嬉しい。
明日から、ううん、今日の夜からもっと頑張ってお手伝いしよう! 出来ることはあまりないけど、でも、トラさんにもっと美味しいって言ってもらいたいし。
「明日もいるの?」
「はい。私たち、15日間、ここにいるんです」
「そっか。じゃあ、また」
「はい、また」
まるで約束みたいな言葉に少し照れくさくなって俯くと、ロックさんと同じように髪を撫でてくれる。でも、ロックさんとは違い、クシャクシャになった髪を直してくれているような優しい手つきだ。
「……この髪……」
「え?」
「……いや、何でもない」
トラさんは軽く手を振って行った。……髪? 私の髪……やっぱりちょっと気になるのかもしれない。最近は、周りの人たちも慣れて何も言わなくなったけど、黒い色はこの世界でもちょっと珍しいもんね。でも、嫌われていないのならいっか。
「リナ」
そして、エルさんが私に声を掛けてくれる。その後ろに、まるで従者のようにシュルさんも立った。
エルさんはじっと私を見下ろしてくる。改めてこうして向かい合うと、彼の成長具合が良くわかるな。このままニョキニョキ背が伸びたら、私、見上げる首が痛くなるかも。
「エルさんに、サンドイッチ食べてもらって良かったです。エルさんに、ぜったい食べてもらいたかったから」
「なぜ?」
「だって、エルさん、うちのパン食べるとき、すごくうれしそうだから」
嬉しそうっていうのとは、ちょっと違うかもしれない。でも、何度かうちのパンを食べてもらった時、綺麗な人形のような顔が、少しだけ柔らかくなったような気がしたから。
人間っぽく見えるっていうのかな、その顔がとても綺麗だったから、私、また見たくて。
私の言葉が不本意だったのか、エルさんの眉間に皺が寄ったのが見える。でも、言い返すことはなくて、彼は私の頭に手を伸ばして……そのまま引っ込めた。あれ? 頭を撫でてくれると思ったのに、残念。
後ろでシュルさんが笑っているのが見えて、エルさんが氷のような冷たい流し目を向けていた。




