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80.新しいメニュー、決定です。

 食パンの金型は1つしかなかったけど、生地作りは十二分に人手があったから、予想外に食パンを作ることができた。さすが本職のパン係の料理人たちは、何度か父さんの動きや火加減を見て、途中からは父さんに変わって天火(てんび)の担当をしていた。

「うわぁ……」

 サンドイッチの中身は、最初に作ったハムとチーズと葉物の他、スクランブルエッグ、味付けした肉の照り焼きと葉物、そしてジャムを挟んだ甘いものもある。

 切り方も、いろいろ試行錯誤した。普通に長方形に切ったもの、四角に切ったもの、三角にもしたし、それぞれ大きさも変えてみた。

 こうしてみると、具材の色鮮やかさとセンスのいい盛り付けで、一気に普通の軽食がワンランク上のものに変化した気がする。本当にここの人たちの探求心はすごい……。

 時刻はとうに昼を過ぎていて、食堂の中にはほとんど人影はない……と、思っていたけど。


「どんなものがあるのかな」

 にこにこしながら現れたのは、職員専用棟の管理人、イシュメルさんだ。その後ろには、数人の男女が続いている。イシュメルさんと同じくらいの初老の人や、二十代くらいの若い男の人、中年の女性もいる。

 突然現れた学生ではない人たちに驚いたのは私だけじゃなかったみたい。父さんも戸惑った表情をしていたけど、料理長がにやっと挑戦的な笑みを浮かべて言った。

「先生方に試食をお願いした。準備を」

 その声に合わせた見習いの少年たちが、食堂の一角にサンドイッチを並べ始める。

「ほぉ」

「美しいですわね」

「これは……何だ?」

 それぞれが、初めて見るらしいサンドイッチに興味津々のようだ。

 もったいぶった料理長がテーブルの前に立った。

「こちらは、新しいパンを使った料理、サンド、です。具材をいろいろと変えられるので、様々な味を楽しめると思います。手軽に食べられますし、お嫌でなければそのまま手でも食べられます」

「まあ、カトラリーを使わずに食べられますの?」

 中年の女性が驚いたように呟くのが聞こえる。そっか、貴族は手で物を食べたりしないよね。じゃあ、屋台で食べ歩きとかもしないのかな……ちょっと可哀想かも。屋台の食べ物って意外と美味しいのに。


「では、さっそく」

 好奇心旺盛なのか、一番に手を伸ばしたのはイシュメルさんだ。彼が選んだのはスクランブルエッグを挟んだ四角いサンドイッチだった。

「……」

 まるで不思議な研究対象でも見るような目つきで手にしたサンドイッチを観察した後、ゆっくり口に入れる。目を閉じ、じっくり味わうイシュメルさんを、他の先生方も料理人たちも、じっと見つめていた。

 やがて、口の中のものを飲み込んだらしい彼は、目を開けてにっこりと笑う。

「これは美味い。パンなのに、見事に一つの料理となっている。ふむ……興味深いな」

 そう言いながら他のものに手を伸ばすイシュメルさんに、我に返った他の先生方もサンドイッチに手を伸ばしだした。

「これは……っ」

「なるほど、食べやすい。これはパーティーに出しても良いのでは?」

「甘いお料理のパンなど、初めて食べます」

 思わずと言ったようにこぼれ出る感想だけじゃなく、その表情を見たらどれだけ受け入れられたのかなんて一目瞭然だ。今回は女性もいるし、ホットドックよりも受け入れられやすかったのかもしれない。

 和やかに、それでいて一向に手を止めない彼らを、昼食をずいぶん過ぎて食堂にやってきていた学生の3人組が驚いたように見ている。

「ああ、君たち。幸運だよ、新しいメニューの試食をしないかね」

 イシュメルさんがそう言って誘い、近づいてきた好奇心旺盛な学生たちは、目新しいサンドイッチに目を丸くし、その味に興奮していた。

 かなり大量に作ったはずなのに、軽食のはずのサンドイッチはどんどん消費されていってる。

「これも、メニュー決定だな」

 頷いた料理長は、試食している彼らに向かい、他にどんな具材があったらいいかを尋ねている。

 その熱心さに私は感心したけど、見習い含めた料理人たちは余らないサンドイッチを、涎を垂らさんばかりに見ているのがおかしかった。




「どうして教えてくれなかった?」

 夕食の下ごしらえを終え、少しの休憩時間の時にグランベルさんが父さんに言った。怒っているようには見えなかったけど、少し責めるような響きがあったように感じた。

 父さんもそれには気づいたはずだけど、表面上は苦笑を浮かべたまますみませんと言った。

「まだ自信がなくて……」

「自信がない? あれほど完璧なパンを作ったのに?」

「グランベルさん……」

 さすが、パン職人でもあるグランベルさんは、食パンの完成度に気づいてるみたい。すごいなと感心する私と、どう言い訳をしようか内心焦っているだろう父さんと。

 グランベルさんは無防備な私にターゲットを変えた。

「リナ、あれは誰が考えた物だ?」

 ちょっと、どうしてそこで私に聞いてくるかな。まあ、父さんはパン職人としての腕はいいけど、結構頑固だから新しいものを考えるのは難しいって……そんなふうに考えていたりして。

 もちろん、本当のことを言うはずがないでしょ。

「父さんです。すごいでしょ?」

 にこっと笑うと、私を見下ろすグランベルさんは深い溜め息をつく。誰が考えたなんて、あんまり関係ないと思う。こうやって、完成形を作り出したのは父さんだもん。

「……まあ、いい。これはレシピはどうしてる?」

 切り替えたらしいグランベルさんが、矛先を変えて父さんを攻めている。

 父さんが上手く逃げられることを祈りながら、私は調理台に並べられている焼き上がった食パンへと視線を向けた。夕食にもサンドイッチを出すらしい。

(……エルさん、食べに来るかな)

 薬草園で、久しぶりに再会したエルさん。せっかく会えたのだから、うちの、父さんの作ったパンを食べさせてあげたい。

 でも、あのエルさんが食堂に食べに来るっていう姿……う~ん、想像できない。

 確か、貴族でも上位の人たちは、自分たち専用の料理人を雇っているって聞いたような気がする。エルさんは……どうなんだろ?




 夕食のサンドイッチがどんどん作られている。

 昼間食べた学生から噂が広がったのか、夕食の時間になるとどんどん学生たちが集まってきた。

「ほらっ、急げっ」

 厨房の中では料理長の怒声が響いている。夕食なのでサンドイッチだけじゃなく、通常のディナーも準備されているし、あ、スープは新しいマトトのスープだ。

 制服をきっちりと着た給仕の人たちも、忙しそうにホールと厨房を行ったり来たりしている。

「マトトのスープとサンドを2セット!」

「ディナーを1セット!」

「サンドを3セット追加だ!」

 叫ぶように注文を言い、それを受け取ると途端にすました表情でホールに向かっている。……凄い、プロだね、お兄さんたち。

「ケインッ、パンを切ってくれ!」

「はいっ」

「ケイン、追加だ!」

 父さんと並んで食パンの扱いに慣れているケインは重宝されているが、本人はかなりヘトヘトに疲れているみたい。でも、弱音は吐かないで働いている。

 私はと言えば。

「リナッ」

「はいっ」

 料理長が、私の頭を一撫でして行ってしまった。

「リナ!」

「は~い!」

 今度は父さんに呼ばれて、速足に向かうとやっぱり頭を撫でられた。

(……ん?)


 この2人だけじゃなく、他の料理人たちも私を呼んでは頭を撫でる。これって……どういう意味?

 ちゃんとしたお手伝いじゃなくて、まるで癒しアイテムのような立ち位置……? ま、まあ、こんなに殺伐とした忙しさの中で、幼女の私にできることなんてないんだけど……ちょっとどうかとも思う。

 あ、そんなことより!

 せっかくサンドイッチを作れたんだから、エルさんにも食べてもらいたい。シュルさんは……一緒にいるのかな。それだったら2人分……男の子だから、1人2人分は食べるかも。

(食堂……来ないかなぁ……)

 ちょっとだけ、人付き合いが得意そうじゃなく見えるので、許されるなら部屋に配達でもしてあげたいけど、どこにいるのかもわかんないし……あ!

 私は思いついて、急いで父さんのもとに行った。

「父さん、ちょっとイシュメルさんのとこ行っていい?」

「1人でか?」

 娘命の父さんが、心配そうに聞き返す。

「うん。お兄ちゃん、いそがしいし、大丈夫!」

 もちろん、ケインが一緒にいてくれたら心強いけど、今日のケインはすごく必要とされているから邪魔したくない。それに、職員専用棟は一直線だから間違わないはずだし、万が一迷子になっても夕食時だから誰かいるだろうし。

「リナ」

「すぐ帰ってくるから!」

 私はそう言って厨房を出る。裏口から出ようと思ったけど、暗いと怖いのでホールを横切ってもいいかどうか料理長に聞いてみた。

「……まあ、いいだろう」

 忙しいせいか、あまり考えずに許可をくれたので、私はホールを横切ることにした。


 出来るだけ目立たないように壁沿いを急いで歩く。

(みんな、美味しそうに食べてる……)

 夏季休暇中のせいで生徒の数も少ないと聞いた通り、ホールのほぼ真ん中あたりに席は固まっている。多分……20人くらいはいるかな。

 下町の、ケインの友達みたいに騒ぎながら食べている人はいないけど、表情が感想を物語っている。みんな喜んでいるみたいで嬉しい。

(ハンバーグとか、揚げ物とか、きっと喜ぶだろうな)

 ここでなら、油もたっぷり使えるはずだ。明日は揚げ物を作るように父さんに言ってもらおうかな。

 明日の予定を考えながら、私は大きな扉を開く。

「……」

 廊下には人影はない。

 私は職員専用棟に向かって走ることにした。

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