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77.薬草園に行きましょう。

 それからが大変だった……私とケイン以外の人たちが、だけど。

 午前中に作ったいろんな味のスープを試食してさらに精度を上げたり、ホットドックにする具材をいろいろ試したり。

 それで明日のスープと昼ご飯を、今日決めたもので生徒や先生たちに試食してもらうことになった。

 私たちがここにいるのは15日間なので、どんどん進めていかないと間に合わないって料理長が決めたのだ。

 貴族院みたいなちゃんとしたところの料理長にしては、すごく革新的っていうか……うちの父さんに負けないくらい、新しいものへの好奇心が強いみたい。この分だったらきっと、新しいメニューも次々とできそう。

 だいたい、いくら身分の上の用心が必要といったって、長い間調味料の量や種類まで決められているっていう方が間違いだと思う。

 明日も頑張らないと!

 そう張り切った私は、夕食後お楽しみのお風呂に入り、上機嫌で出た。

「リナ」

 廊下には、案の定父さんが待ってくれている。私みたいな幼女が1人で得体のしれない場所……お風呂に入ることが心配でたまらないみたい。でも、私はせっかくのお風呂を我慢したくないし、ちゃんと用心している……つもり。

 昼間、様子を見にきたイシュメルさんに、父さんが私も一緒に男湯に入れないかって訴えていたけど、貴族院って男女の区別がかなりしっかりしているみたいで、例外は認められないって言われてヘコんでた。家族風呂があったら良かったんだけどね。

「さあ、早く寝るぞ」

「え~」

 ふわふわのベッドに寝るのは楽しいけど、こんなに早く寝ちゃうのはなんだか勿体ない気がするんだけど……。

「ほら」

 じとって父さんにおねだりの視線を向けたけど、気づいているのかいないのか、父さんにベッドに運ばれ、上から布団を被せられる。

「おやすみ、リナ」

 優しく髪を撫でられながら言われると、嫌でも瞼が下がってきた。子供のこの体は、気持ちとは裏腹にしっかり睡眠をとることを欲してるみたい。

「……やすみ、と……さ……」

 その後は、自分でもびっくりするくらい早く寝落ちしてしまった。






 翌日も快晴だ。

 私は張り切って身支度を整えたんだけど……。

「え……香草?」

 今日はどんなスープを作ろうか、それとも別のおかずをって考えていたのに、父さんから頼まれたのは香草を取りに行くっていうお使いだった。香草はその日に使う分だけ取ってくるらしい。

「じゃあ、ここに生えてるの?」

「薬草園があるらしい。そこに料理に使う香草もあると聞いた」

 む~ん。香草を取りに行くっていうお使いは地味過ぎるけど……私はあくまで補助でここにいるんだし……実際、料理を作れるわけじゃないし……。

「……わかった」

 渋々頷くと、父さんが一人の少年を呼んだ。ケインより少し年上くらいの、茶髪でソバカスのある少年だ。

「マシューです」

 ペコっと頭を下げてくれる彼は、にこにこと笑顔を絶やさない。

「リナです」

「ケインです、よろしく」

「じゃあ、行きましょう」

 マシューはザルを持ってさっさと歩き始める。私も慌ててケインの手を掴んだ。

「ケイン、リナをちゃんと見ていろよ」

「うん」


 薬草園は、職員専用棟の裏側にあるらしい。マシューの話を聞くと、どうやらそれは温室みたいに感じた。

 温室かぁ。薬草園っていうくらいだから、花はないのかな? この世界には花屋というものがないから、野に咲く花以外のものを見られたらって思うけど。

「ほら、あれだよ」

 道すがら、敬語は止めてほしいって言った。私たちの方が年下なんだし、私たちが敬語で話されるほど何かすごいことをしたわけじゃないし。マシューは少し迷ったみたいだけど、私が必殺幼女スマイルを向けると、わかったって頷いてくれた。

「わぁ……」

 マシューが指さした先には、私の想像していた温室とはちょっと違った建物があった。

 私のイメージだと、ガラス張りか透明なシートのようなものでできたのが温室なんだけど、目の前にあるのはレンガでできた四角い建物。……あれじゃ、陽の光が入らないんじゃないの?

 首を傾げる私とは違い、ケインは純粋に初めて見る薬草園に興奮している。

「ほらっ、リナッ、早く!」

「う、うん」

 ケインとしっかり手を繋いだまま、先を歩くマシューの後をついていく。 ん?

「どこから入るの?」

 見た範囲に入口がない。もしかしたらこの裏側にあるの?

「あ、それは、これ」

 そう言って、マシューはポケットからトランプくらいの白いカードを取りだした。それには何か複雑な模様が書かれているみたい。

「これを、この壁のどこでもいいから押し当てるんだ」

 言いながら、その通りカードを壁に押し当てると、その範囲から横1メートル、縦2メートルほどの穴がいきなり開いた。

「えぇっ?」

「すごい!」

 手品みたいな不思議な現象にびっくりしたけど、恐る恐る中に足を踏み入れた途端、また驚く光景が広がっていた。


「……」

 ここ、本当にさっき見た建物の中? そう思ってもしかたがないと思う。だって、そこは外なんだもん!

 私、変なこと言ってないよ? 本当にそこは……部屋の中なのに外! レンガの壁なんかなくて、外の光景が見えるし、陽の光だって十分入ってる。これって、あれ……あ、マジックミラー? 中からと外からじゃ違う光景が見えるって、あれ。

「これ、どうなってるんだ?」

 ケインもわけがわからないみたいで、マシューに詰め寄っている。でも、マシューの答えはすごく簡単なものだった。

「魔術だよ。俺も初めて入った時にびっくりした」

「まじゅつ……」

(じゃあ、これは加護というのとは違うってこと……?)

 貴族院だからこそ、こんな不思議な建物もあるんだ。

 私はぐるりと周りを見渡してみた。壁がないみたいに見えるから、一瞬どこまでが薬草園かなって思ったけど、生えている薬草を見たらなんとなくわかった。自然に生えているものと、人工的に植えられているものって違うもんね。


 取ってくるように頼まれた香草は、マシューが探してくれるみたい。その間、私とケインはこの中を見て回っても良いって言われた。さっそく、ケインはどこまでいけるかって走り出す。

「元気だなぁ」

「……ごめんなさい」

 うちのケインが、はしゃぎ過ぎてすみません。

 私が頭を下げると、マシューは笑って面白いよなって言ってくれる。そして、私にも自由にしていいからって重ねて言われて、私はふと思い当たってしまった。

(私とケインのお守りか……)

 私自身は邪魔をするつもりなんてないけど、いろんな器具がある厨房でウロチョロしているとやっぱり危ないって思われたのかもしれない。

 私の考えすぎならいいけど……でも……凄いな、この薬草園。全部生き生きとしてるし、いろんな香りもあるはずなのに、気分が悪くなるわけでもないし……あ!

「実!」

 少し先に、私の背丈くらいある小さな木があって、そこに赤い実が生っているのが見えた。あれも薬草?

 振り向くと、ケインもマシューもちょっと遠くにいる。わざわざ彼らを呼び戻すこともないかと思って、私は気になる赤い実を見に近づいてみた。

(……甘い……)

 近づくにつれ、ハチミツのような甘い匂いを感じる。あの実から香っているんだと不思議なくらい確信が持てて、私は味を想像して思わずにやけてしまった。食べたら……怒られちゃうかな。

 実は、私のほぼ目線の高さに生っていた。しかも、近づいてわかったけど、小さい実が葉の陰にいくつも見える。実の形は、まるでイチゴだ。

 本当に食べるつもりはないけど、もう少し……。

 私が実に顔を近づけた時、

「!」

 突然腕を掴まれ、そのまま後ろへと引っ張られてしまった。




「……え?」

 誰かに、腕を掴まれている。背に当たったのは、硬いけど、明らかに誰かの体だ。

 振り向いて確かめたいけど、あまりに突然のことに振り向くのが怖くて、私はただ茫然と目の前の赤い実を見つめるしかない。

「……あれは毒だ」

 耳に聞こえてきたのは、少しだけ低い甘い声。耳慣れない、でも、どこかで聞いたような話し方。

「触れただけで、手がかぶれてしまうぞ」

「さわった、だけで?」

「まったく……どうして君がここにいる?」

 呆れたような、それでいて心配そうな響きが確かにあるその言葉に、私は確信をもって振り向いた。

「エルさん!」

「……」

 そこにいたのは、記憶の中にあるよりもカッコよく成長した、それでいて綺麗なままのエルさんだ。

 久しぶりに見るその顔に、私は思わず抱きつく。身長差があるせいでエルさんにしがみつく格好になったけど、エルさんは引き剥がすことはなかった。

「……リナ」

「はい!」

 名前を呼んでもらった! 嬉しい! エルさんも、ちゃんと私のことを覚えていてくれたんだ!

「あのね、父さんと、ケインときたんです! ごはん、作りにきたの!」

 実際に作るのは父さんたちだけど、私の気持ちの上では料理補助としてここにきているつもりだ。

 あ、そうか。エルさんはここの貴族院に通っているんだっけ。あれ? でも、今学校に残っているのは補習の人だけじゃなかった? エルさんって……。

「エルさん、おちこまないで。がんばれば、だいじょーぶ!」

「……どういう意味だ?」

 綺麗なエルさんの顔に、不機嫌そうな皺が刻まれる。どうやら私の言葉が気にいらなかったみたいだけど、それじゃあどうしてエルさんは今ここにいるんだろう?

 って、言うか、あんなにも広い敷地内の、この薬草園っていうピンポイントの場所で再会できるなんて、まるで運命みたい。

 興奮した私が抱きついた手に力を籠めると、頭上から深い溜め息が聞こえてきた。

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