74.ひょろっとさんと、ふくよかさんです。
料理長と父さんたちが真剣な顔で話し始めた。そこに私やケインは入れないので、他にお手伝いできることはないかと辺りを見回してみる。
ケインはともかく、私にできるのは野菜を洗ったり、使用済みの皿を洗ったりするくらいかな。じゃあ、あっちの見習いっぽい少年たちに尋ねてみよう。
私は厨房の奥の方に見える年少の一団に近づいた。
「こんにちは」
まずは、第一印象! 好感を持ってもらえれば、この後の貴族院での生活が居心地の良いものになりそうだもん。
「リナです。お手伝いすること、ないですか?」
「ケインです。俺、力仕事もできます!」
兄妹で積極的に声を掛けてみると、少年たちの中でも年嵩に見える子がおずおずと声を掛けてきた。
「あの、あなたたちは指導に来たお客さんで……」
「私、お手伝いだから。お客さんじゃないです」
「そうです。何でも言ってください」
父さんやダナムたちはちゃんとした料理人だけど、私たちはあくまでもオマケでついてきただけだし。むしろ、何か手伝っていないと落ち着かない。
「お皿、あらいますか?」
そろそろ、朝食を済ませた学生たちがいるはずだ。その皿洗いを手伝おうと申し出たが、目の前の少年はいやと首を振った。
「皿洗いは水の加護の者が担当していますから」
「水の?」
え? それってどういうこと? 貴族院では水道が通っていて、水の加護を持ってる人はその水量を増やすことができるとか?
言葉だけではよくわからなくて首を傾げていると、給仕の格好をした人が2つのトレイを下げてきた。
「頼む」
「はい」
それを受け取った者が、奥の洗い場のようなスペースに持っていって……。
「洗浄」
「!」
(な、何?)
目の前で、霧のようなものが汚れた器を包み込んだかと思うと、瞬きしている間に霧は消え、器の汚れも消えていた。
「……え?」
「水の加護です。今は2組しか器はありませんでしたが、大量に洗うことも可能なんです」
「こいつの水の加護は強力ですから」
す……ご。水の加護ってそんなことできるんだ。……え? じゃあ、私の持っている水の加護も、勉強したらこんなこともできるってこと? うわっ、すごく勉強の意欲が湧いてきた!
今まで私が使ってきた力は僅かなものばかりだったし、こんな派手な使い方なんて考えもしなかったよ。あ、そうか。こんな加護が使えるなら水道もいらないかも。
すごく珍しいものを見せてもらったけど、皿洗いが必要ないなら私は何ができるだろう?
「おいっ」
自分の無能さに唸っていると、料理人の1人がこちらに向かって何か持ってこいと言った。
「はいっ」
すぐに動き出した少年を見て、私もケインの手を掴んで慌てて後を追う。
「手伝います!」
「えっ、いやっ」
「早くいきましょ!」
材料の持ち運びなら私にもできるはずだ。何がどこにあるのか教えてもらういい機会だから、私は戸惑う少年を急かした。
「え、えと、食材はこの奥の保管庫にあって……」
少年が言うには、厨房の奥に食材の保管庫があるらしい。肉類、魚類、野菜類、そしてパン粉。数百人の学生と先生たちの食事を賄うためだから、その量もかなり多いと言っていた。
食材は三日に一度、王都から配達されるんだって。魚もあったのか……私、食べたことないんだけど。
「ここです」
幼児の私にも丁寧な口調で話してもらうことに申し訳なさを感じながらも、私は案内された保管庫を見上げて思わず口を開けてしまった。
「……おっき……」
25メートルプールがすっぽり入ってしまいそうな、天井も高い大きな倉庫。ドアが開いた途端、ひんやりとした冷気が肌を滑って、私はプルっと身を震わせる。
(工場とかの冷凍倉庫みたい……)
私にはわからないけど、ちゃんと種類別に整理されているみたいで、少年は迷うことなく足を進めて、片手に余るくらいの肉の塊を持ってきた。
「行きましょうか」
食材運びくらいはって思ってたけど……この倉庫の中で迷子になりそうだよ……。
お手伝いに挫折している私とは違い、父さんたちはさっそく新しいメニュー作りが始まったらしい。
もちろん、学園に残っている者の通常の食事も作らなければならないので、貴族院の料理人たちは二手に分けられた。料理長がメニュー作りにちゃっかり入っている。
「お兄ちゃん……私たち、どうする?」
「う~ん……邪魔はできないしなぁ」
皿洗いの必要はなく、慣れない保管庫での食材探しは過酷過ぎる。
(私がもっと大きかったら、器を下げたりするのを手伝うんだけど……)
さすがに、私みたいな幼児が堂々と食堂の中を歩き回れるはずがない。
「リナ」
「……っ、はいっ」
不意に父さんに呼ばれ、私は急いで駆け寄った。
「なに?」
「ケインと2人で、スープの作り方を教えてやってくれ」
「え……」
父さんの言葉に驚いた。まさか私に料理を教えろなんて言い出すと思わなかったから。
いつも私が思い付きで行動するたびに父さんに諭されていた。新しいメニューはそれだけで価値があるんだから、不用意に周りに言いふらしたりしないようにって。私だって、幼児が次々と新しい料理方法を考えるというのがおかしいという自覚もあったし、今回の貴族院では極力目立たないようにするつもりだった。
「父さん……」
いいのって気分で父さんを見上げると、大きな手で髪をクシャっと撫でられる。
「うちで作る一番簡単なものと同じでいい」
「あ……」
その言葉に私はすぐに納得した。「家で」という前置きがあったら、その調理方法は父さんが考えたものだって自然に思うはずだもんね。
どんな手伝いをしていいのかわからなかったから、父さんに指示されたことが嬉しい。
「じゃあ、スープ作る人、いますか?」
「俺だ」
私の言葉に前で出てきたのは、ひょろ長い身長に、ちょっと吊り目の、鮮やかな緑の髪をした青年だ。
「あ、僕も」
そしてもう1人、今度はふくよかな体形で垂れ目の、青い髪をした青年もやってきた。
どちらも鮮やかな髪の色だし、体系も目元も対照的でちょっと面白い。どちらも20代前半みたいだけど、スープ作りを任せられるなんてなかなか有能なのかもしれない。
私とケインは竈の前に案内された。
(……あれ?)
でも、見ると竈にはまだ火が入っていない。と、いうか、竈の中に薪も込められていなかった。火を焚く準備も今からかと思っていると、一緒に来た2人の青年の後をついてきた見習いの子数人が、寸胴鍋が置かれた3つの竈の前面に埋め込まれている石のようなものに触れた。
「わぁ……」
すると、寸胴鍋の底部分に接している所から、ホワンと炎のような赤い色が見える。
「……火?」
「ここの厨房の器具は、魔石の力を使ったものが多いんだよ」
ふくよかな体形の青年が、驚く私を微笑ましそうに見ながら説明してくれた。そっか、天火もそうだけど、ここってやっぱり不思議なことがいっぱいある。
もう、いちいち聞いてみたいけど、今はスープ作りを教えないと!
「あ、あの、火、まだです」
「え?」
「水の中、切った野菜、入れてください」
えって顔はされたけど、誰も文句とか言わないで私の言う通り野菜を切って鍋の中に入れていく。
私の隣にはふくよか……えっと。
「あの、お名前」
「ああ、ぼくはジャスパー。あいつは、リアム」
彼……ジャスパーは、その場にいた人たちの名前を教えてくれる。吊り目の、リアムは、勝手に自分の名前を言われた時にちらっとこっちを見たけど、今は知らないふりをすることにした。情報はこのふくよかさ……ジャスパーに尋ねることにしよう。
「スープは、どう作りますか?」
「スープはね……」
ジャスパーの説明を聞くと、スープの作り方はうちが前作っていた時と同じ、野菜を軟らかく煮て、その煮汁を捨ててから、改めて水を入れて……後は塩で味を調えているんだって。
そこにソーセージや肉も入ったりするみたいだけど、味付けは基本塩。う~ん、そればっかりじゃ飽きるよね。
(コンソメを作るのは面倒だけど、ブイヨンだったら簡単じゃないかなぁ。それがあると、いろんな味でアレンジできるはずだし)
塩だけじゃなく、トマトベースの味とか、牛乳を使ったシチューとか。お米を入れてリゾット風にもできるし、あ~、パスタはなかったんだっけ。
私は厨房の中を見渡す。ここにある道具や、もしなくても不思議な魔法を使えたら、絶対に美味しいものがいっぱい作れるよ。
(夜、父さんとも話してみよう)
今は、シンプルな塩味スープを作る。あーそこに胡椒とハーブも入れてみよう。
「あ、火、つけてください」
寸胴鍋の中にいっぱいの野菜が入り、私は火をつけてもらった。
「ソーセージかベーコン、ありますか?」
「あるよ。ベーコン、持ってきてくれ」
しばらくして、鍋の湯が沸騰してきた。
「わぁ、ちゃんと煮てる」
わかっているつもりだけど、やっぱり不思議なシステム。私は鍋の中より火の方が気になって、ジャスパーが笑うほどじっと見つめていた。
すると、しばらく経ってリアムが石に触れて火を消すと、寸胴を持ち上げてさっき皿を洗っていた洗い場へと持っていこうとする。あ、これっ、煮汁捨てようとしてる!
「待って!」
私が慌てて後を追うと、リアムはジロッと高い場所から見下ろしてきた。ちょ、ちょっとだけ怖いけど、ここはちゃんと言わないと!
「そのスープ、すてないでください。野菜のおいしさ、いっぱいです」
「……はぁ?」
のぉっ? その殺気を含んだ視線、何なの~っ?
私は反射的に引き返してジャスパーのたっぷりある横幅の体に隠れながらも、もう一回念を押す様に言った。
「すてないでくださいっ」




