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70.規格外の食堂です。

 案内された食堂は、さっき見たルーブル美術館もどきの建物の二階にあった。

 そこに行くまで、所々で見回りをしているのか、門番の人と一緒の制服を着ている人たちとすれ違う。イシュメルさんに尋ねてみると、彼らは先生じゃなくて警備専門に雇っている人たちなんだって。

 通っている学生が王族や貴族ばかりだから、万が一誘拐とか、危害を加えられることがないようにって……子供の私にわかりやすいように説明してくれた。

 でも……いつ着くんだろう? けして私の足が短いからというわけじゃないと思うけど、さっきからずっと廊下を歩いているのになかなか着かない。

「おっきい……」

「うん」

 私の呟きにケインが同意してくれる。ケインも学校に通っているけど、当然ながら平民や商人が通う学校はここよりもずっと小さいみたい。

「硝子が割れているところもあって、冬は雪が降り込んでくるんだ。朝学校に行くと、そこの机に雪が溜まっていてさ」

 話だけ聞いていると貧乏自慢みたいだけど、この世界に馴染んでいるせいか、なんだか楽しそうだなっていう気持ちが沸き上がる。私が学校に通うまで後2年、すごく待ち遠しいよ。


「ここだよ」

 それからまたしばらく歩いて、ようやく食堂に着いたらしい。

 重厚な焦げ茶の大きな扉の前に立ったイシュメルさんは、楽し気に私を見下ろしてきた。

「開けてごらん」

「私?」

 こんなに重そうなドア、絶対に1人じゃ開けられないと思うけど……でも、せっかくだから一番乗りしたくて、私にとっては少し高めの位置にある取っ手を持った。その次に体重をのせようとして……あれ?

「うひゃっ」

 思った以上にドアは軽くて、私は勢いよく部屋の中へと入ってしまう。勢いがのってしまったのでそのままコケてしまうかと思ったけど、何とか踏ん張ることができてふぅっと息を吐いた。

「リナッ、大丈……」

 すぐにケインが後を追って入ってきたけど、言葉が途中で途切れてしまっている。どうしたんだろうと顔を上げた私も、次に目に入った光景に思わずポカンと口を開けた。

「すご……」

 目の前に広がるのは天井が高いホールだ。アーチ型になっている天井は美術館によくあるような絵画は書かれていないけど、白く輝いていてとても綺麗だった。並べられている机も、長テーブルとかじゃなくて、5,6人が座れるような丸テーブルが十分な余裕をもってなん十個も並べられている。もちろん、椅子だってパイプ椅子なんかじゃなかった。

 所々に高そうな美術品も並べられているし、ゴミ一つ落ちてない。食堂っていう名前が似合わないよ……さすが、貴族が通う学校だぁ。

「……絶対、汚したら怒られそうだな」

 隣で、ケインが茫然という。私もコクコク頷いた。




 圧倒されたのは私やケインだけじゃなくて、父さんやグランベルさんたちも一緒だったみたいで、誰もしばらく声が出てこない様子だった。

 そんな中でイシュメルさんは、口を開けたまま高い天井を見上げる私の頭を撫でてくれる。

「お腹が空いただろう、さあ、座ろうか」

「う、は、はい」

 食堂も、床は木でできていた。建物ができてどのくらい経っているのかはわからないけど、磨き込まれた濃い飴色の床はとても綺麗だ。この世界にはワックスなんかないよね……じゃあ、これって人の手で磨かれているのかな。

 今履いている靴で歩くのにも気が咎めながら、私たちはイシュメルさんが案内してくれたテーブルにつく。イシュメルさんもいるので合計8人、私たち家族とグランベルさんたちで分かれて座ったけど、あ、イシュメルさんは私の隣なんだ。

 すると、

「!」

 私たちが座ったのをまるでどこからか見ていたかのように、制服を着た若い男の人がやってきた。白いシャツに黒い上着、ズボンも黒くて、きっちりと着こなしているその人は、仕草が優雅で上品だ。

「今日のディナーを8人分頼む」

「かしこまりました」

 立ち去っていく男の人が向かう先は、少し先に見えたドアのない入口だ。どうやらセルフサービスじゃなくて、全部給仕をしてもらうスタイルみたい。少人数ならわかるけど、こんなにも大きな食堂に入るくらいの学生相手だったら、いっそのことバイキング料理とかにしたら楽だと思うけど。

 はぁ~、こんな食堂で出す料理ってどんなのだろう。私はワクワクして辺りを見回していた。 




「お待たせしました」

 それほど待つことなく、料理が次々に運ばれてきた。コース料理ってほどじゃないけど、パンにスープ、サラダに肉料理、デザートまで用意された。綺麗に盛り付けられた料理は見た目こそ豪華で、まさに貴族の料理って感じ。

「さあ、どうぞ」

 どうぞって言われても、まさか一番に手をつけることはできないよ。私とケインがじっとイシュメルさんを見ると、彼は苦笑しながらテーブルの上で両手を組んだ。

「神に感謝を」

 ごく短い挨拶の後、彼がスープを口にする。それを待ちかねたようにケインがスプーンを手にしてスープを飲んだ。それを横目で見ながら、私もスープを見下ろす。何の肉かはわからないけど、鶏肉っぽい肉に、色とりどりの野菜が入った、私たちもよく食べるポトフっぽいスープだ。

 もちろん、使っている素材は、私たちが口にしたこともないような高級なものなんだろうけど。

(いただきます)

 口の中でそう言い、スープを口にする。

「……」

(……微妙……)

 けして不味くはない。不味くはないけど……味を濃くするためか塩味が強いし、肉がちょっとパサついている。やっぱりここでも、野菜の煮汁は捨ててるんだろうな。

(ベーコンを入れたらまた違うと思うけど……)

 目の前に座っているケインも、スープを口にして首を傾げている。煮汁を捨てずにスープを作っているうちの方が美味しいでしょう?

 でも、この一食で決めつけるのは駄目だと思いながら、私はパンを手に取った。

「あ、ふわふわ」

 手に取った白パンは、私が良く知る柔らかくて甘い匂いがする。焼き立てじゃない状況で、ここまで柔らかかったら十分だよ。

「グランベル商会を入れるようになってから、パンが格段に美味しくなったと学生や教師の間でも評判だ」

「ありがとうございます」

 イシュメルさんの言葉に、隣のテーブルのグランベルさんが嬉しそうに頭を下げた。貴族に褒めてもらうのはやっぱり嬉しいよね。

(グランベルさんとこのパンも美味しいけど、父さんのパンが一番美味しいんだよ)

 私は内心そう言いながら、今度は肉料理へと手を伸ばしてみた。


 肉はステーキみたいだ。塩コショウだけかな、味付けはシンプルだけど、素材が良いからかすごく美味しい。私にはちょっと量が多くて半分食べたところでお腹がいっぱいになった。残りは、嬉々としたケインが食べてくれた。

 みんなの中で私が一番食べるのが遅くて、果物を食べたフォークを置いた時は周りはもう話を始めていた。

「どうだね、ここの食事は」

 イシュメルさんの問いに、グランベルさんが大きく頷く。

「大変美味しくいただきました。さすがに良い素材を使っていらっしゃるとわかります」

「これが不評なんて、信じられないです」

 続いて最年長、23歳のダナムが言う。うん、素材が良いのはよくわかる。お肉だって、シンプルな味付けだったのにすごく美味しかった。……でも。

「だが、学生は物足りないらしい。私は、パンがこれほど劇的に美味しくなっただけでも十分だと思うんだがな」

 グランベルさんのところが入るまで、ここでもやっぱりあの硬いパンだったんだ。少しだけ親近感がわくけど、それ以外が全然違うから比べようもないな。

 素材が良いんだから、調理方法次第ではかなり味は改善するはず。スープだって、今はうちの方が美味しいけど、そもそも材料が違うんだから、出汁を取ったりしたらすっごく美味しくなるのはわかり切ってる。

 私はチラッと父さんを見る。父さんは難しい顔をしながら、一口一口、噛み締めるように食べていた。




 食事が済むと、今日はもう休んで良いとイシュメルさんに言われて、宛てがわれた部屋に戻る。

 でも、私は眠るわけにはいかないのだ!

「お風呂!」

「おふろ? ああ、汚れを流す部屋か」

 そう、お風呂! せっかくあるんだから毎日入りたい!

「父さん、いこ!」

 私は父さんの手を引っ張って急かした。でも、お風呂の良さを知らない父さんは、ベッドに腰かけたまま首を傾げている。

「今日は疲れただろう? このまま寝た方が良いと思うが……」

「ダメ! せっかくお風呂あるのに、私入りたい! キレイにしたいもん!」

 そこは譲れないよ! 私が引く様子を見せないので、父さんも諦めて立ち上がってくれる。ケインはどっちでもいいみたいだけど、私たちが行くから一緒に来るみたい。

「お風呂~、お風呂~」

 鼻歌を歌いながら、スキップする勢いで言われた場所に向かう。大浴場って言っていたけど、どんな場所だろう? 銭湯みたいなところかな? それとも温泉みたいな感じ?

 どっちにしろ好きなので、どんな仕様でもどんと来い!

「あっ、ここ?」

 突き当りに、ドアが2つ並んである。

「……あ」

 この場合、どっちが女湯? 男女のマークがないので見分けがつかない。

「どうした? リナ」

 立ち竦む私の後ろから、父さんが手を伸ばして右側のドアノブを掴んだ時、

「痛っ」

 いきなり叫んで手を引いた。何があったのか全然わからなくて、私は父さんを見上げる。

「何?」

「ピリッて、手が痺れた。何だ?」

「ピリ?」

 何のことかわからないので、私も右側のドアノブに手を伸ばしてみた。

「リナッ」

 慌てた父さんに身体ごと後ろに引かれたけど……。

「……ピリ、ないよ?」

 私たちが顔を合わせているところに、なぜかさっき立ち去ったはずのイシュメルさんがやってきた。

「すまない、説明をしていなかったと思ってね」

 イシュメルさんの話では、このドアは性別の判定ができるようになっていて、不埒な輩が現れないように、違う性別のドアを開けようとすると痺れる仕様になってるんだって。

 うわ……ここもファンタジーだよ!

210万PVを超えました。

本当にありがとうございます。

今週末に、お礼の番外編が書ければなと、思っています。

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