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69.高等貴族院に到着しました。

 父さんに抱っこされたまま、私は4人の男の人の前に行った。

 中の1人が私も見せてもらった滞在許可証を持っていて、そこには私と父さん以外の5人の拇印がすでに押されてある。当然、血を使っているので真っ赤なそれを見ると、やっぱり怖いっていう感情が沸き上がった。

「次は」

「私です」

 父さんは私を下ろし、男の人が差し出したナイフを受け取る。それで器用に左手の親指の薄皮を切ると、滲んできた血で拇印を押した。

 私が最後か……最後ってみんなに注目されているから余計に緊張する。

(指を切るのって、自分でしなくちゃいけないのかな……)

 ナイフを扱うことはできるけど、薄皮だけ切るなんてできるかな。私が父さんの持っているナイフをじっと見ていると、しゃがみ込んだ父さんが私の手を取った。

「痛くないようにするからな」

 どうやら、父さんが切ってくれるみたい。じっと見ていると怖いので、私は大きく顔を逸らして目を閉じた。そのすぐ後にちょっとチクってしたかと思うと、指が何かに押し当てられるのがわかる。

「終わったぞ」

 声を掛けられた私が振り向くと、ポワンと許可証が金色に光るのが見えた。

「わぁ……」

 すごい、何これっ? ファンタジーらしい光景に目を見張っている間に、門番らしき人たちが馬車が入れるほどに門を開けてくれる。

 すぐ側には馬が1頭いて、4人の中で年かさの人が身軽に乗った。

「ついて来るように」

 門を入ったらすぐに建物があると思ったけど、薄暗い視界にはそれらしきものは見えない。森とは違って整然と木々が並んでいるけど、建物はまだこの奥にあるみたい。

 私たちはゾロゾロと馬車に乗り込んだ。




「……綺麗だなぁ」

 馬車の窓から外を見ているケインが、呆気にとられたように呟いている。そのケインの言葉には私も同意だ。だって、見えている光景が私たちの身近にあるものとはまるで違うから。

 門からずっと続く木々はその背丈や葉の茂り方も揃っているみたいだし、馬車が走る地面は綺麗なレンガのような石が敷き詰められている。10メートルごとくらいに外灯っぽいものも見えて、この世界に電気やガスがあると思っていなかった私もかなり驚いた。

 それにしても……。

「着かないね」

 もう10分は馬車を走らせているというのに、一向に建物が見えない。それならもっと建物の近くに門を作ったらいいのに……そんなたわいもないことを考えていると、

「あっ!」

 ケインがまた声を上げたので、私も慌てて窓の外を見た。

「わぁ……」

 何、これ? 学校? 何となく私の頭の中にあった学校の校舎とはまるで違って、目の前に迫ってきている建物、これって、あれ、え~っと……あっ、そう、ルーブル美術館! あのヨーロッパの綺麗で荘厳な建物に似てる!

 幾つもの窓と、柱と、暗いからよく見えないけど、3、4階建て? うわっ、見たい! 明るい太陽の下で、貴族院の全景が見たいよ~っ。

 もちろん、ここには上空から見下ろすなんてことできるはずが……ん? エルさんやシュルさんのユニコーン、あれに乗ったら見えるんじゃない? ……でも夏季休暇なら家に帰っているのかもしれないし……諦めるしかないか。


 馬車は建物をぐるっと回って、奥の、ルーブル美術館もどきの建物とは別の、それでも結構大きな建物の前までやってきた。

 馬車が停まり、しばらくしてドアが開く。グランベルさんを先頭に外に出た私たちに、馬で先導してくれた男の人が言った。

「ここが貴族院の職員専用棟だ。今回15日間滞在だということで、こちらに部屋を用意してある。今日はもう遅いので、案内や説明は明日になるが……よいか?」

「はい。わざわざ案内していただき、ありがとうございます」

 グランベルさんが頭を下げていると、中から白髪のお爺さんが出てきた。

「彼はこの棟の管理人だ。中のことは彼に尋ねるように」

「はい」

 伝えることはそれだけだったのか、男の人はまた馬に乗って行ってしまう。

 残された私たちを代表して、グランベルさんがお爺さんに礼をした。右手を左胸に当てる、あれ。

「グレンベル商会のグランベルと申します。この度はわざわざ出迎えていただき、ありがとうございます」

「管理人のイシュメル・フォン・ハートだ、よろしく」

 あ、家名があるってことは、この人も貴族なんだ。見た目、優しそうなお爺ちゃんだけど……そう思いながら見ていると、彼の目が私を捉えた。

「幼子がいると聞いていたが……名前は?」

「リ、リナです」

 少し緊張してしまったのでちょっと声が裏返ってしまったけど、お爺ちゃんは楽し気に笑ってくれた。

「幼子がいるのだから、さあ、早く中に」




 案内されて入った建物の中は、温かみのある木の廊下と、大理石みたいに薄く模様がある石の壁と天井で、不思議と中は明るかった。電気が通っているのかと思ったけどそうではないようで、廊下の所々がほのかに光っている個所がある。そこから光が広範囲に広がっている感じだ。

(これって、どういうふうになってるんだろう……)

 私の家とは明らかに違う生活環境に興味がわくけど、今それを案内してくれているお爺ちゃんに聞くわけにはいかないし。

 辺りをキョロキョロ見ているのは私とケインだけで、父さんやグランベルさんたちはどこか緊張している様子だ。そのまま二階に上がりずっと奥へと歩いていて……幾つもある扉の一つの前でお爺ちゃんの足は止まった。

「4人部屋を2つ用意している。ここと、そちらだ」

「入っていいですか?」

 ケインが急くように言うと、お爺ちゃんはにっこり笑いながら頷いてくれる。ケインは示されたドアのうち一つを開いた。

「うわぁ……」

「お兄ちゃん?」

 私はケインの腰に抱きつきながら、そっと部屋の中を覗いてみる。

「ふぁ……」

(すごい……広い……)

 そこは、父さんの部屋とケインの部屋を合わせたくらいの広さ……たぶん、畳で15畳くらいはありそうな部屋に、シングルベッドが2台ずつ4台、置いてあった。

「この階の突き当りに、大浴場もある」

「お風呂!」

 嘘っ、この世界にもお風呂があるんだ!

 体を洗うのはもっぱら沐浴か、冬は沸かした湯をタライの中で浴びるくらいしかなかった私のテンションは最高潮だ。すごい、やっぱり、貴族の子供が通うような学校には、ちゃんとお風呂があるんだ。

「おふろ?」

 喜ぶ私とは対照的に、ケインは不思議そうに首を傾げている。どうやらケインの中に《お風呂》というものは存在していないらしい。……そっか、無理もないよね。うちは平民の中でもそこまで貧乏じゃないと思うけど、それでも大量のお湯を使うお風呂なんて家の中に作れるはずがない。

 一緒に森の中に行った時も、川で水浴びしていたくらいだし……裸でお湯を浴び、身体を洗うっていうのが想像できないみたい。

 お風呂って、すっごく気持ちいいんだよ! 私はその場で踊り出すほど喜んでしまった。


「はは、可愛いねぇ」

 しばらく有頂天で踊っていたけど、楽しげに笑う声にハッと我に返った……遅いけど。恥ずかしくなって慌ててケインの背中に隠れた私を見ていたお爺ちゃん……イシュメルさんは、グランベルさんを振り返った。

「食事はどうする? 今なら食堂に行けるが」

「行ってもよろしいんですか?」

「もちろん。今回は改善のために来てもらったと聞いているしね。お嬢ちゃん、お腹が空いてないかな?」

 ク~。

 尋ねられ、それまで忘れていた空腹を急に思い出したみたいにお腹が鳴ってしまう。う、恥ずかしい……私が俯くと、大きな手が頭を撫でてくれた。

「子供に我慢させられないからね、行こうか」

(……え?)

 どうしてか、イシュメルさんと手を繋いでいた。私は良いのかなと父さんを振り返ったけど、父さんも困ったような顔をしている。振りほどこうとしたらできそうなくらい軽く握られた手を見つめ、私はそのまま歩くことにした。

 イシュメルさんはここの管理人で、私たちが滞在する間一番世話になるだろう人だ。仲良くなっていた方が良いし、現に私はこの優しいお爺ちゃんに好感を持っている。

 せっかく私は今子供なんだし、無邪気を装ってちょっと聞いてみようかな。

「イシュメルさ……ま?」

 一瞬、《さん》て呼ぶのか、《様》って呼ぶのか迷ったせいで、少し声が不安に揺れた。すると、イシュメルさんは、

「私のことは《おじいさん》と呼んでいいよ。私は結婚していなくてね、お嬢ちゃんみたいな孫がいたら嬉しいしね」

 頭の片隅で、それはあまりにも馴れ馴れしいんじゃないかって思ったけど、どこか期待しているような表情を見てしまうと、呼べませんなんて言えないし。

「……イシュメル、おじいちゃん?」

 試しに言ってみると、あからさま過ぎるほど喜ばれた。……うん、私は子供、あまり難しいことは考えないようにしよう。


 割り切って、イシュメルさんと手を繋ぎながら歩く。そんな私たちの後ろに父さんたちがついてきた。

「おじいちゃん、今、ここにどのくらいいるんですか?」

 夏季休暇中なんだし、学生はほとんどいないんだろうって思うけど。

「学生は補習を受ける者と、研究をする者も含めて40人ほどは残っている。教師は15人ほどだな」

「そんなにいるの?」

 コールドウェル国の全領の貴族の子息、子女が通う学校。なので、全校生徒も相当な数だとは思うけど、それにしても50人以上いるなんて想像より多かった。

「みんな、食堂くる?」

「自身で料理人を雇っている者もいるが、そんな高位の者は帰郷しているしな。50人分は考えておいた方がよかろう」

「50人分……」

 誰かの茫然とした声に、私も内心「多いよ」と溜め息をついた。

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