67.結局、丸め込まれたようです。
「リナッ、一緒に貴族院に行こう!」
「へぁ?」
間抜けな声が出たのはしかたがないだろう。
昼過ぎにグランベルさんの店に連れ立って向かった父さんとケインは、陽も落ちるころに戻ってきた。そして、帰るなりこう言ったのだ、驚かないはずがない。
私はぽかんとみっともなく口を開けてケインを見つめたが、しばらくしてノロノロと今度は後ろに立つ父さんを見上げる。父さんの顔は……う~ん、困ってる。でも、悲壮な感じはしないってことは、無理難題を押し付けられたってわけじゃないってこと?
どっちにしろ、ケインの話だけじゃわからない。それは母さんも同じで、一緒に2人を迎えた母さんは少しだけ怖い顔をして言った。
「ちゃんと話を聞きたいわ、ジャック」
「あ、ああ」
父さんが助けを求めるように私を見たけど、何もわからない私が助けには入れないよ。
まだ閉店準備の途中だったので、家族総出で片付ける。
これだけ人数がいると片付けもあっという間に終わって、そのままみんなで二階に上がった。夕飯の準備をしなくちゃいけないんだけど、母さんはそれよりも先に話が聞きたいみたい。
「……それで?」
テーブルに着くと、さっそく母さんが切り出す。いつもは堂々と頼りがいのある父さんも、母さんに見据えられたら大きな体が少し小さくなったように見えた。
「……グランベルさんに、ケインが誘われたんだ。貴族院の食堂は設備も充実していて、珍しい食材も扱っている。そういう場所に平民が足を踏み入れる機会なんてないに等しいのに、今回は見習いまで同伴することが許されているってな」
その見習いが、ケインてこと? でも、ケインはまだ学校に行っていて、父さんの手伝いをしているくらいなんだけど。
「ケインは職人見習いじゃないわよ? どうして誘われたの?」
母さんの鋭い突っ込みに、父さんはますます身体を縮こませた。
「……子供たちを褒められて、その中で、リナが考えるものをケインがよく作っているって言ってしまって……それなら、子供の柔軟な発想で、新しいメニューが作れるんじゃないかって……」
どうしてそうなるのか、その場にいなかった私たちにはわからない。それでも、単純な父さんが老獪な商人のグランベルさんに丸め込まれたんだろうなってことはわかった。
(グランベルさんは私のこと、気づいているみたいだし……)
白パンにマヨネーズ。他にも登録してあるレシピが、私が作ったとは思わなくても、何かしらヒントを出しているんじゃないかって。
今なら、3歳の時の私が少しやり過ぎたかもってわかる。普通の幼児が手伝いだけじゃなくて、自分が考えたものを作ろうなんて思うはずがない。でも、それは今になってわかることで、あの当時は少しでも美味しいパンをって思っていただけで……不可抗力だもん。
「ジャック、リナは5歳なのよ? 確かにうちの手伝いはよくしてくれるけど、よそ様の、それも貴族の学校に行かせるなんて……」
うんうん、私もそう思う。料理人って、父さんもそうだけど結構ガタイが良い人が多い。そんな中で私が混じると、遊びに行っている子供そのものだよ。グランベルさんがいいよって言ったって、貴族院の担当の人が絶対嫌がるよ。
私は素直にそう思ったけど、
「リナのことだから、また突拍子もないことをして問題を起こしそうだもの」
……母さんの意見も、まあ、わかるけど……。私だって今はちゃんと……。
「それが、向こうの希望でもあるらしい」
「え?」
母さんが驚いたように声を上げた。もちろん、私も驚いている。
「俺のパンを買いに来た時、接客したリナを相当気に入ったらしい。滅多に平民を入れることがない貴族院に招待したいと言っているらしいんだ」
「それって……断ることなんてできないじゃない……」
茫然と呟く母さんの顔は、どことなく顔色が悪いように見えた。母さんがどうしてそんな顔色になるのか、私の貴族院行きを受け入れるようなことを言ったのか、その時の私はよくわからなかった。
「当たり前だろう。貴族の招待を平民が断れるはずがない」
私の疑問は、翌日市場に会いに行ったラムレイさんがあっさり解いてくれた。
「ことわっちゃ、ダメ?」
「そもそも、断るって考えること自体おかしい」
へぇ、そこまで貴族は権力があるんだ。わかっていたつもりだけど、私の想像以上のものなんだ。
私がうんうんと感心していると、ラムレイさんは差し入れのベーコンバーガーを食べながらじっと私を見ている。
ん? 私が首を傾げると、ラムレイさんは呆れたような深い溜め息をついた。
「少しは危機感を持て」
「ききかん?」
「貴族がお前に価値を見出したんだぞ? それも、5歳の子供だ、何か思惑があるかもしれないとは思わないのか?」
思惑って言われても、頭に思い浮かぶことは全然ない。確かに、子供の私をわざわざ貴族院に呼ぶのも変わってるなって思うけど、それで危機を感じるかと言われると……微妙なところだ。
私自身、わざわざ自分から貴族と関わりたくないとは思っていたし、何だか怖いなって漠然と思ってはいた。でも、いざ自分が渦中に巻き込まれた今、そこまでの恐怖を感じているかと言えば微妙なところだ。むしろ、自分の周りには絶対にないものを見ることができる期待と興味の方が強いかもしれない。
それも、《佳奈》としての日本人の記憶があるせいなんだろうか。
「……」
「……いたっ」
私の顔を見ていたラムレイさんに額を小突かれる。痛くないけど、どうしてそんなことをするんだと口を尖らせた。
「暢気すぎるぞ」
「のんき?」
それには異議がある。私だっていろいろ考えているのだ。それに、考えたってもうしかたがないし。呼ばれて断れないなら、行くしかないじゃない?
「……まぁ、せいぜい気をつけろ」
「はい。それから? 気をつけること、ありますか?」
「……言っても無駄な気がする」
「え~」
結局、ラムレイさんはポツポツとアドバイスをしてくれる。それらの意味の半分以上はよくわからなかったけど、ありがたいアドバイスとして聞いておく。
「……とにかく、父親の側から離れるな。それと、魔力も極力使わないように」
最後には諦めたような口調で言われ、私は素直に頷いた。
貴族院の夏休暇までに準備をしなければならないので、父さんは店を閉めた後グランベルさんのところに通うようになった。
本当に私とケインも一緒に行くのかなと思ったけど、何回目かの打ち合わせの後に、父さんは一枚の書類を持って帰った。字が読めない私の代わりに、父さんが読んでくれる。
「これは滞在許可証だ。俺と、ケイン、リナの名前が書かれてある。これに血判を押して、貴族院に入る時に提出して初めて中に入れるそうだ」
けっぱん……って、血判? 自分の血が必要ってこと?
「そこまできちんとしているのね」
母さんが不安げに書類を見つめる。
「貴族院は森の迷宮の中にあるからな」
森の迷宮……か。確か、サンタさんもそんなことを言ってたっけ。森の迷宮が貴族院のこととは思わなかったけど、血の登録とかちょっと怖い。
「リナ」
父さんはもう私を連れて行くって決めている。もちろん、私の安全が第一で、絶対に側から離さないって母さんにもグランベルさんにも言っていて、私も父さんがいてくれるなら大丈夫だって思ってる。でも、母さんはまだ納得できないみたい。まあ、5歳の子供を自分の手が届かない場所にやるなんて嫌だろうな。
「だいじょうぶ。父さんもお兄ちゃんもいっしょだもん」
私たちがいない間、店は母さんとベリンダの2人で切り盛りすることになった。白パンはグランベルさんの店から仕入れ、その他のパンは置かないらしい。
私は父さんとケインが一緒で寂しくないけど、母さんは15日間も1人きりなんだよね。……寂しいだろうな。
私は出発の日まで、母さんにベッタリくっつくことにした。それだけじゃなく、母さんの動きをよく見て、名目だけの見習いじゃなく、ちゃんと父さんの手伝いができるよう勉強する。
「手はこう……そうよ」
小さなナイフを使って、食材を切ることも教えてもらった。手が小さく、力がないので、今までは手で千切るのがせいぜいだったけど、見習いでついて行くなら最低限できるようになりなさいって言われた。
いろいろ考えることはしていたけど、基本父さんやケインに作ってもらっていた私は、ままならない自分の手に時に苛立ちながらも頑張った。教えてくれる母さんのためにも、私を守るって意気込んでいる父さんやケインのためにも、自分でもできることはしておかなくちゃ。
貴族院に行くまでまだ季節一つ分あるなって思ってたけど、時間が過ぎるのは思ったよりも早くって……。
「……ジャック、リナとケインを守ってね」
旅立ちの当日、母さんは涙を堪えた顔で父さんに言う。
「ああ」
父さんは強く母さんを抱きしめてキスをする。さすがに今日は甘い雰囲気じゃないので、私も照れて視線を逸らすことはない。
「ケイン、リナを守ってね」
そして、今度はケインを抱きしめて言う。
「うん、任せて」
ケインは学校を休んでの参加だ。私たちの中で、貴族院に行くのを一番楽しみにしているケインは、目をキラキラさせて母さんと約束をしている。
「リナ」
最後に、母さんに抱きしめられた。甘い、大好きな母さんの匂いに包まれるととても安心する。
「……とにかく、おとなしくしなさい」
……ちょっと、私だけ意味が違うような気がするんだけど……でも、私はちゃんと頷く。
私の一番の目的は、ちゃんとこの家に帰ってくること。そのためにも、貴族院では極力目立たないようにしなくっちゃ。
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